【絵本の紹介】「かわ」【346冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

日本の「絵巻物」は、現代の絵本の原型であるとも言われています。

横長の紙をくるくると広げていくとどこまでも展開されていく絵巻物は、今見ても楽しいものです。

 

福音館書店の「こどものとも」をきっかけとして多くの横長絵本が世に出ましたが、あれも絵巻物のスタイルが元になっているようです。

今回はそんな「横に絵を見て行く」楽しみが顕著な科学絵本「かわ」を紹介します。

作・絵:加古里子

出版社:福音館書店

発行日:1966年9月1日

 

「だるまちゃん」「からすのパンやさん」といったシリーズが人気の加古さんですが、一方で非常に多くの科学絵本を手掛けられたことでも知られています。

 

≫絵本の紹介「だるまちゃんとてんぐちゃん」

≫絵本の紹介「だるまちゃんとかみなりちゃん」

≫絵本の紹介「だるまちゃんとうさぎちゃん」

≫絵本の紹介「からすのパンやさん」

 

加古さんが絵本の道に入られたのは「こどものとも」編集長の松居直さんの薦めによります。

松居さんは当時ダム建設をテーマにした絵本を、人間的な共感をもって描ける作家を探していました。

 

化学会社で勤務し、工学に造詣の深い加古さんは、学生時代にはセツルメントの子ども会で自作の紙芝居などを上演していた経験もあり、まさにこの仕事に適任であると思われたのです。

そして加古さんは会社勤めも続けながら「だむのおじさんたち」で絵本作家デビュー。

その後も二足の草鞋を履きながら次々と絵本を発表していきます。

 

加古さんの科学絵本は単に知識を並べただけの冷たい本ではありません。

全ての作品には「人間」が柱として据えられ、血の通った興味と理解を得ることができます。

そして幼い読者の主体的な学びを起動させるために様々な工夫を凝らしています。

 

そのために最も基本的で重要なのが「読む楽しみ」がそこにあることです。

この「かわ」はまさにそんな絵本で、表紙絵の大きな町の地図に記された地図記号を、裏表紙の表で確認することができます。

さらに読み進めていくとわかるのですが、絵本に描かれている町の図とこの地図は合致しているので、何度も何度も内容と表紙・裏表紙を見比べて楽しめるようになってるんですね。

スタートは高い山。

降り積もった雪が溶け、雨が降って、水が流れ出します。

 

その水の流れは川となり、自然の中で曲がりくねりながらふもとに降りて行きます。

人々は川の近くに集まり、生活し、仕事をします。

水を使った発電、農業、浄水場。

要所要所に登場する人々も生き生きと描かれ、そこには確かに温もりや息づかいを感じることができます。

やがて川は大きな都会に流れ出します。

川幅は広くなり、船の姿が見えます。

 

最終的には一面の水平線が広がります。

川のゴールは海なのです。

しかし、その海の先にも果てしない世界は広がっています。

そのことを予感させ、読者の想像力を刺激し、物語は幕を閉じます。

 

★      ★      ★

 

私の息子も長い絵巻物を描いてやるととても喜びます。

私自身も子どもの頃、何かでもらった人間の体の中を旅する(口から入って消化器官を通って肛門から出る)絵巻を今でも覚えています。

 

「かわ」では自然豊かな山奥の描写から始まり、都市の港までの水の旅が描かれているわけですが、クライマックス付近では多くの工場から流れ出る汚水やごみや煙などで川が汚れて行く様子も見られます。

しかし加古さんはそれが「悪い」という描き方はしません。

ただ事実だけを描き、それをどう感じるかは読者ひとりひとりの感性に委ねます。

 

これは他のすべての加古さん作品にもあてはまるスタンスです。

それほどまでに読者である子どもたちの「主体性」「精神の自由」を尊重するのは、加古さん自身の戦争体験が影響していると思われます。

 

子どもの「精神的自由」は、戦時下においては最も邪魔なものです。

学校では自分でものを考えない人間、奴隷的精神の人間を「教育」します。

一度は時代に乗せられて軍人を志向した加古さんは、戦争が終わってから手のひらを返した大人たちに深く失望し、自身を恥じたと言います。

 

だからこそ、加古さんは子どもに何らかの思想を植え付ける行為、善悪を決めつける行為を自粛するのでしょう。

そして加古さんの絵本を読む子どもたちは、そうしたことを理解はできずともちゃんと感じ取っています。

子どもたちが加古さん絵本を支持し続けるのには、そういう隠れた理由も存在していると思います。

子どもは本能的に「自分の人生をコントロールしようとする大人たち」から逃げ出すからです。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆

表紙と内容行ったり来たり度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「かわ

■これまでに紹介した絵本のまとめはこちら→「00冊分の絵本の紹介記事一覧

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【絵本の紹介】「ひげのサムエルのおはなし」【345冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

そろそろまた大好きなあのシリーズを取り上げたくなりました。

ご存知「ピーターラビットの絵本」より「ひげのサムエルのおはなし」を紹介します。

作・絵:ビアトリクス・ポター

訳:石井桃子

出版社:福音館書店

発行日:1974年2月28日

 

美しい自然と精緻な動物たちの水彩画。

ユーモラスでファンタジックでありながら少しも甘くない厳然たるリアリティに貫かれた世界。

 

世界中の子どもたち(そして私のような大人たち)を虜にし続けるウルトラロングセラー「ピーターラビット」。

後進の絵本作家たちに多大な影響を与えたビアトリクス・ポターさんの描き出した物語です。

 

一体何人の作家が「こんな絵本を描きたい」と筆をとったことでしょう。

しかしながら、いまだに「こんな絵本」を再現できたと言える作家は現れていません。

 

ポターさんの突出した想像力はもはや「才能」という言葉では追いつかない、異次元の能力と言っていいでしょう。

それは実際に動物と会話ができるほどの力であったと考えられます。

そうでなければ、こんな絵本が描けるでしょうか。

 

≫絵本の紹介「ピーターラビットのおはなし」

≫絵本の紹介「パイがふたつあったおはなし」

≫絵本の紹介「ベンジャミン・バニーのおはなし」

 

さて、シリーズ通して度々登場する「食べられエピソード」ですが、この「ひげのサムエルのおはなし」ではそれが特に強烈に描かれています。

この世界の動物たちは人間と同じように立って、話して、服を着て、商売をして生活しているのですが、一方では常に捕食される(あるいは皮を剥がれるといった)危険に晒されており、その一定の緊張感こそが、この作品を極上のファンタジーたらしめています。

 

考えてみればこれは子どもの目から見る世界そのものであると言えます。

子どもは大人たちと同様に人間でありながら、決して大人とは同列に扱われない無力な存在です。

彼らは本能的に大人に蹂躙される恐怖を抱いています。

だからこそ、子どもたちは「ピーターラビット」の世界に全身で共感することができるのです。

 

前置きが長くなりました(というか、ほとんど言いたいことは語ってしまいました)が、手早く本編を読みましょう。

何しろ74pもある長編です。

 

今回の主人公は「こねこのトム」。

シリーズ通して何度か登場する「タビタ・トウィチット」というねこの奥さんの息子です。

タビタさんには他に「モペット」「ミトン」という可愛らしい名前の娘もいますが、三人そろってわんぱく盛りで、まるっきり言うことを聞かないもので、タビタさんはいつも振り回されています。

今日も今日とて、パンを焼く間子どもたちを押入れに閉じ込めておこうとするのですが、そろって姿を隠してしまいます。

 

タビタさん家はずいぶんと古くて広いお屋敷のようで、探すのも大変です。

そこへ現れたのは、「パイがふたつあったおはなし」で登場した「リビー」さん。

相変わらずおしゃれさん。

タビタさんとはいとこ同士です。

 

リビーさんはタビタさんに協力して、広い屋敷内をくまなく捜索します。

モペットとミトンは見つかりましたが、トムが見つかりません。

おまけに、モペットとミトンの証言から、この家のどこかに棲みついているらしい巨大なねずみが不穏な動きを見せていることが判明します。

「麺棒」「バター」「ねり粉」……ざわざわするワードの数々。

タビタさんとリビーさんは屋根裏の床下から妙な音がするのを確認し、「だいくのジョン」(犬)に救援を求めることにします。

 

さて、こねこのトムに何が起こっていたかと言いますと、彼は煙突を上って外へ行こうとして脇道に入り、屋根裏の床下に出てしまったのでした。

そこにいたのは巨大なねずみの「ひげのサムエル」と彼の細君「アナ・マライア」。

トムはあっという間に凶暴な二匹の手にかかり、縛り上げられてしまいます。

 

サムエルはマライアに「わしに、ねこまきだんごをつくってくれや」と恐ろしいセリフを吐きます。

なんとこのねずみたちは子猫を食べるのです。

一体どんな本に「ねずみに食べられる猫」の物語が登場するでしょう。

泣いて抵抗するトムを完全に無視して「ねこまきだんご」の準備を進めるサムエル夫妻。

ねり粉の量やひものことで口喧嘩をしつつ、着々とトムをだんごにしていきます。

トムを「食用」としてしか見ていない態度に寒気がします。

 

もはや絶体絶命というところで、大工のジョンさんが駆けつけ、のこぎりで天井の床を切り開きます。

サムエルたちは仕方なくトムを諦め、屋敷から脱出します。

 

九死に一生を得たトムですが、成長してからもこの体験はトラウマとして残り、ねずみを怖がるようになってしまいます。

無理もありませんね。

 

★      ★      ★

 

前述の通りかなり長いお話で、なおかつちょっと難しい表現も多く、小さな子には理解が追い付かない部分もあるでしょう。

例えばねずみたちの暗躍を知って驚愕するタビタたちとか、ひげのサムエルとアナ・マライアの会話とか、そうしたシーンに詳細な説明的テキストはありません。

これはポターさんの特質のひとつでもありますが、彼女の文章は丁寧でありながらある部分では非常に寡黙で抑制的なのです。

 

ゆえに、単純に絵と文だけから物語の全容が知れるわけではなく、読者は想像力を働かせなければなりません。

だから幼い子ども向けとは言えないのですが、個人的な経験を挙げれば、私は息子が4歳ごろにこれを読み聞かせました。

これまでも他の「ピーターラビット」シリーズの長いお話を聞いていたので、これも行けるかなと思ったのです。

 

やっぱり息子は最後まで集中して聞いていました。

内容をすべて理解したわけではないでしょうが、ここに描かれている物語がある意味で自分に近しい世界であることを、どこかで感じ取ったのかもしれません。

爾来、「ひげのサムエルのおはなし」は定期的にリクエストされる一冊になりました。

 

このシリーズが独特な点のひとつに、語り手であるポターさんの存在があります。

彼女は第三者的視点で物語を語りますが、同時にこのファンタジー世界の住人でもあります。

私などはつい作者の存在を忘れて朗読していたりするのですが、ふとした瞬間にポターさんはその存在感を露わにします。

 

この「ひげのサムエルのおはなし」では、大工のジョンが「ポターさんの手おしぐるま」を作り、クライマックスではサムエル夫妻がその手押し車を勝手に使って引っ越しをし、それをポターさん自身が目撃するという、なんとも不思議な描写がなされています。

 

その影響か、息子の描く絵の中には稀に「ポターさん」というキャラクターが登場します。

時代も国も越えて、子どもにそんな親近感と信頼感を抱かせることのできる絵本作家はポターさんを除いて存在せず、それもまたこのシリーズを唯一無二の作品にしている点だと思います。

 

推奨年齢:6歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆☆

食べ物を粗末にしない度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「ひげのサムエルのおはなし

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【絵本の紹介】「かぼちゃひこうせんぷっくらこ」【344冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

ハロウィン近しということで、かぼちゃの登場する絵本を持ってきました。

北欧の児童文学作家と童画家による「かぼちゃひこうせんぷっくらこ」です。

作:レンナート・ヘルシング

絵:スベン・オットー

訳:奥田継夫・木村由利子

出版社:アリス館

発行日:1976年10月10日

 

二匹のかわいいクマが巨大なかぼちゃ型飛行船に乗って遊覧している表紙絵。

楽しそうな作品で、読んでみると実際に楽しいんですけど、くまくんたちの会話に差し込まれる哲学的・詩的な表現がやけに心にひっかかって、咀嚼しきれない不思議な読後感を残します。

派手ではないけど、忘れることのできない、独特な作品。

 

二匹のクマは「おおぐま」「こぐま」というそのまんまなネーミングのキャラクター。

しかし読み進めるうち、そういう呼び名にも意味が込められていることに気づきます。

 

二匹は親子や兄弟ではなく「ともだち」で、一緒に住んでいるルームメイト的関係。

ある時、こぐまくんの食事の中に何かの種が紛れ込みます。

 

うえてみようよ。こぐまくん

あめがふっているのに?

あめも また たのし、かささせば……

おおきなくまは きんのかさ ちいさなくまは ぎんのかさ

 

こんな洒落た会話を交わしつつ、二匹は種を庭に埋めます。

やがて種は芽を出し、どんどん大きくなって、かぼちゃを実らせます。

かぼちゃはさらに巨大化していき、家を圧迫し始めます。

二匹はかぼちゃをくり抜き、窓を開け、かぼちゃの中に引っ越します。

やがて嵐の夜にかぼちゃは海に吹き飛ばされ、船になります。

ぼくたち、うみぐまだ。おおくまくん

こんなときは つりにかぎるぞ。こぐまくん

二匹は魚を釣り、船上生活を楽しみます。

冬が来て雪が降ると、

このままいくと、ぼくら、しろくまになるぞ

ゆき また たのし、ひをたけば……

 

火をくべると、暖まった空気によってかぼちゃは空に浮かびます。

おう。こんどは そらくまだな。こぐまくん

そんなくま、どこにもいないよ。おおくまくん

えほんのなかに いるじゃない?

おおくまくん。ぼくたち、そらをとんでいると、”おもった” から、ぼくたち、ほんとうに いるんだね

おもうこと また たのし、か! こぐまくん

 

かぼちゃひこうせんは「ぷっくらこぉ ゆったりこ」と空を飛んでいきます。

 

★      ★      ★

 

この絵本を特別な印象にしているのは、やっぱり文章の軽妙さ・不思議さでしょう。

幼い子には難解に思われるかもしれない言い回しが多用されますが、子どもにとって重要なのは「意味」以前に「響き」です。

繰り返される「……もまた たのし」という言葉の、本当に楽しくなってくるリズムの良さ。

 

どんどん大きくなって、船や飛行船になるかぼちゃ。

伸びやかな空想の世界は絵本にはよくあるところのものですが、最終シーンにおける二匹の会話は、ちょっと普通の絵本ではありません。

 

このくまたちは「絵本の中」にいるのであり、それゆえに「うみぐま」にも「そらくま」にもなれる自由さを持っているのだということ、そしてその自由さはまさにこの絵本を読んでいる読者の「思考」の中にこそ存在しているのだということを、二匹の会話は示唆しているのです。

 

ぼくたち、そらをとんでいると、”おもった” から、ぼくたち、ほんとうに いるんだね」というデカルト的なこぐまくんのセリフは、「空想絵本」としてあっさり読み込もうとする大人の鈍った思考に鋭い一撃を打ち込みます。

 

この不思議な絵本の舞台は「心」であり、その世界は「詩」と「哲学的思考」によって無限に広がっていくのです。

 

推奨年齢:6歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

二匹の精神的豊かさ度:☆☆☆☆☆

 

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