【絵本の紹介】「3びきのぶたたち」【341冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

知れば知るほど奥が深い絵本の世界。

これだけ読み続けてもまだ「絵本とはこういうもの」だと確立することはできません。

そこが絵本の魅力でもあるし可能性でもある。

 

このブログを始めた当初は、「絵本とは原則的に子どものためのもの」だというのが私の見方でした。

それは絵本史的に見ても事実です。

もちろん大人が読んでも面白い絵本はいくらでもありますが、やはり基本的には子どもに向けたメディアです。

 

従って、いかに絵本が自由度の高い芸術であると言っても、例えば極端に偏った思想や過激な表現などは控えざるを得ません(R指定という手はあるけど)。

しかしそれが作品としての「不自由さ」であるとは言えないと思います。

絵本は根本的に様々な「余剰物」を削る作業の中で洗練されていく芸術です。

一見すると「制約」があるように感じられる中で、作者の感性と技術によって驚くほど自由な世界を描き出すことができるのです。

 

今回は現代絵本作家の中で突出した天才性を放つデイヴィッド・ウィーズナーさんによる前衛的絵本「3びきのぶたたち」を取り上げましょう。

作・絵:デイヴィッド・ウィーズナー

訳:江國香織

出版社:BL出版

発行日:2002年10月15日

 

アメリカ絵本界の最高賞コールデコット賞受賞作品。

年に一冊しか選ばれないこの栄誉ある賞を、ウィーズナーさんは3度も受賞しています(次点作品もあります)。

同賞を3度というのはおそらく最多で、他にはマーシャ・ブラウンさんくらいだったように思います。

 

≫絵本の紹介「セクター7」

≫絵本の紹介「かようびのよる」

≫絵本の紹介「漂流物」

 

きちんとデフォルメされていながら写実的な表紙の3びきのぶた。

もちろんこれはかの有名な「三びきのこぶた」のおはなしだと思うでしょう?

私もそう思いました。

 

≫絵本の紹介「三びきのこぶた」

 

ウィーズナーさんの精緻なイラストによる名作童話というだけでも面白そうだけど、そこはあのウィーズナーさんだから、どこか普通と違ったところがあるんだろう……と思いきや、そんな生易しいレベルの「違い」ではありませんでした。

 

お話はいたってオーソドックスに始まっているように見えますが、妙なことに絵柄が表紙絵と違います。

よりデフォルメされています。

そして、テキストも絵も、変に急ぎ足。

第一場面ですでに1ぴきめのぶたが「わらのいえ」を建てて、それを狼が見下ろしているという。

 

狼は原作通りに行動し、中に入れてくれと話しかけ、ぶたが断ると息を吹きかけて藁の家を吹き飛ばそうとするのですが、ここのテキストと絵も何だかちぐはぐな印象を受けます。

これが通常の昔話絵本なら失敗作の部類に入りますが、ここから物語は読者の予想を遥かに超え、ぶっ飛んだ展開に突入していきます。

 

ここまでの場面は枠内で描かれていたのですが、狼が息を吹きかけると、ぶたはなんとその枠から外へ飛び出してしまいます。

漫画で言えば「コマの外」へ出てしまうわけです。

セリフはフキダシで「ひゃあ! おはなしのそとまで ふきとばされちゃった!」、イラストも表紙の写実的な造形に変化。

 

テキスト上では狼は「こぶたをたべてしまいました」となっているのに、ぶたは物語世界から消滅しているため、画面上では狼が困惑の表情を浮かべています。

立体的な次元へ移動したぶたは、続いて兄弟たちを連れ出し、狼がいた二次元の世界で紙飛行機を折り、飛び立ちます。

文章で説明しても何だかよくわからないところが、「絵本でしかできない表現」であることを如実に示していますよね。

 

ぶたたちは今度は「マザーグース」の世界を発見し、入り込んでみます。

ここではデフォルメはさらに強まり、ほとんど違うキャラクターになってしまいます。

余談ですが、マザーグースは海外絵本(特に古典)にはよく登場しますが、我々にはなじみが薄いために、一瞬「?」となってしまうこともしばしば。

ぶたたちが再び外の次元へ出るとき、ヴァイオリンを弾いていた猫も一緒についてきます。

 

次にぶたたちが飛び込んだのはモノクロの民話世界。

金色の薔薇を守る竜と、それを手に入れようとする王子。

ぶたたちは退治される運命にある竜を物語の外へ救い出します。

その後3びきは新しい仲間と共に元の世界へ帰還します。

そこには当然狼が待ち構えているのですが、竜が扉から頭を出すとテキストごと狼はひっくり返ってしまいます。

竜や猫のタッチも物語世界に合わせて変化していることに注目。

 

最後はテキストまで自分たちで勝手に構成し、ハッピーエンド。

 

★      ★      ★

 

冒頭の昔話は「当然知ってる」ことを前提にして、真面目に役をこなす狼をどこか滑稽に描いています。

それじゃあ いきをすって いきをはき、いえをふきとばすしかあるまいな」という冗長なテキストや、息を吐く狼のシリアスな表情や。

 

つまりこれはいわゆるメタフィクションなのですが、それを絵本に持ち込んだところに作者と編集者の勇気と実験精神が光ります。

人気の昔話をこうした形でパロディ化することについては、必ずしも好意的に迎えられるとは限らないし、批判も覚悟の上だったと思います。

下手をすると「タイトル詐欺」扱いされるかもしれません。

 

記事の最初に触れた絵本ゆえの難しさはこういうところにあります。

「子どもが読む」ことを念頭に置いた場合、メタ的な表現はどうしても敬遠されます。

良否以前に、幼い子どもの認知力では混乱を避けられないからです。

 

事実、私の息子にこれを読んだ時(3歳ごろだったかな)も、反応は「なんだこりゃ」でした。

ぶたがアップで「おや……そこにいるのはだれ?」と問いかけるシーンでも、それが読者である自分自身に向けられたものであることに、子どもはなかなか気づけません。

「画面の外」に見えない何かがいるのだという捉え方をします。

 

単に理解できないだけでなく、幼い子どもは見知った物語を改編されることを嫌う傾向があります。

「繰り返し読み」を好むのは、何度も同じ物語に没入することである種の安心感を得るためでもあります。

しかし、この「3びきのぶたたち」のような作品は「自分の認知力の外」へ向かうことを読者に要請し、「物語に没入すること」を止揚します。

 

しかしそれでもなおこの作品がコールデコット賞に輝いたことは、アメリカ絵本界の懐の深さを示していると言えそうです。

それに、実は「三びきのこぶた」のパロディは今作をもって嚆矢とするわけではなく、ジョン・シェスカさんの「三びきのコブタのほんとうの話」やユージーン・トリビザスさんの「3びきのかわいいオオカミ」などのひねりの効いた作品がすでに先行しており、「3びきのぶたたち」はそれらの系譜に連なる絵本とも言えます。

 

ですから、年齢さえ考慮すれば、こうした実験的作品もじゅうぶんに受け入れられる要素はあるのです。

メタフィクションも小学生くらいになれば理解可能です(漫画にはいっぱいあるし)。

ですからこうした絵本が次々に登場すれば、それは絵本読者の年齢層の多様化にも繋がるかもしれませんね。

 

息子も6歳になった今ではすっかりこの絵本がお気に入りですし。

 

推奨年齢:小学校中学年〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆☆

竜の物語の続きが気になる度:☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「3びきのぶたたち

■これまでに紹介した絵本のまとめはこちら→「00冊分の絵本の紹介記事一覧

■えほにずむでは、このブログで紹介した以外にも、たくさんのよい絵本を取り扱っております。ぜひ、HPも併せてご覧ください。

絵本の買取依頼もお待ちしております。

 

〒578−0981

大阪府東大阪市島之内2−12−43

URL:http://ehonizm.com/

E-Mail:book@ehonizm.com

【絵本の紹介】「まあちゃんのながいかみ」【340冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

「果てしなく自由な空想は子どもの特権」と言われると、特に抵抗なく首肯してしまいそうですが、実際のところは少し違うと思います。

全ての子どもが柔軟で伸びやかな空想力を発揮できるかというと、そうでもありません。

空想力は適切に育てないと伸びない種類の能力です。

そのための最適な時期が子ども時代であるということです。

 

普通に考えて、人生経験も知識も不足している子どもには、空想に用いる「手持ち材料」が大人に比べて足りないわけです。

その限定的な「枠」から一歩外へ出してやるには、大人の導きが必要です。

 

私もよく息子と「空想ごっこ」をやります。

そんな時、私の方から目先を変えてやると、それをきっかけにして息子がどんどん先へ進んでいくことがあります。

「こんなのもある、こんなやり方もある」……「枠の外」へ飛び出し、走り出した子どもの表情は輝いて見えます。

もうそうなれば、大人の出る幕はありません。

 

今回紹介するのはどこまでも伸びる空想(と髪の毛)が楽しすぎる絵本「まあちゃんのながいかみ」です。

作・絵:たかどのほうこ

出版社:福音館書店

発行日:1989年9月1日(こどものとも年中向き)

 

庭らしきところでテーブルと椅子を出し、クッキーとジュースを並べ、女の子3人が語らっています。

優雅な女子会。

主人公「まあちゃん」は、タイトルに反して短いおかっぱ頭。

友人の「はあちゃん」「みいちゃん」はロングヘアを自慢します。

 

それに対抗して、まあちゃんは「あたしなんかね、もっと ずっと のばすんだから」と言い出します。

ずっとずっとずっとずっと、ずうーっとよ!

その長いことといったら……。

はしのうえから おさげを たらして さかなが つれるくらいなのよ

ギネスブックもびっくり。

 

さらにおさげはロープにもなり、牛を捕まえることもできます。

髪の毛にくるまって寝袋のように眠ることもできます。

家じゅうの洗濯ものを一度に干すことだってできるのです。

この時まあちゃんが読んでいるのは名作「どろんこハリー」。

 

友達二人はまあちゃんの空想に対し、否定するわけではなく、「そんなに ながかったら あらうのが たいへんじゃない?」「どうやって とかすのよ、そんなかみ」と、リアルな疑問を投げかけます。

 

しかし、乗ってるまあちゃんは嬉し気に疑問に答えて行きます。

最後に「ひきずっちゃって こまらない?」というもっともな質問に、まあちゃんは「パーマにしとくの」。

すると、まあちゃんの髪は巨大な森になって、小鳥やりすや虫たちが集まってくるのです。

 

このとんでもない空想に、はあちゃんとみいちゃんはそろって「それって たしかに とってもいい……」と納得し、「まあちゃんの かみ、 はやく のびるといいね」と応援するのでした。

 

★      ★      ★

 

この絵本では、現実のまあちゃんたちのやり取りがモノクロで描かれ、空想世界が鮮やかな色彩で彩られています。

子どもにとっての空想世界が、現実以上に活き活きとした実感を持って存在していることが伝わります。

 

負けん気の強いまあちゃんも可愛らしいですが、私ははあちゃんとみいちゃんの態度が素敵に感じます。

子どもは意外と冷静なツッコミをするものですが、空想そのものを否定することはしません。

まあちゃんの突き抜けた空想が「いいな」と感じたら、素直に共感することができるのです。

 

3人のやり取りに示されているように、空想とは何でもありのカオスではありません。

自分自身を含めて、ちゃんと「納得感」を与えなければならないのです。

「納得感」と「実現可能性」は必ずしもイコールではないのです。

 

私の息子も、最近になっていよいよ私の予想の範疇を超えた想像力を垣間見せることが出てきました。

たぶん、あと少ししたら私の方がついて行くのに必死になり、そしてあっという間に置いて行かれるのでしょう。

その時を楽しみにしています。

 

推奨年齢:3歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆

いい友達度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「まあちゃんのながいかみ

■これまでに紹介した絵本のまとめはこちら→「00冊分の絵本の紹介記事一覧

■えほにずむでは、このブログで紹介した以外にも、たくさんのよい絵本を取り扱っております。ぜひ、HPも併せてご覧ください。

絵本の買取依頼もお待ちしております。

 

〒578−0981

大阪府東大阪市島之内2−12−43

URL:http://ehonizm.com/

E-Mail:book@ehonizm.com

「それって子どもを幸せにするの?」

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

もうすぐ10月ですね。

そしてどうやら消費税は10%に増税されるらしいですね。

 

これ、我々庶民にとって物凄い打撃だと思うんですけど、なんかフワフワしてますね。

他人事みたい。

この前8%に上がる時だって割と大騒ぎしたのに、今回はなんか(表面的には)静かです。

どういうことなんでしょう。

古本屋という商売は基本的に価格設定が自由で、当店も消費税は一応価格に含まれる計算で絵本の値段を付けております。

もちろんそれは8%設定ですが、かと言って10月になったとたんに全商品を10%設定に値上げするのかと言えば、そんなことはしません。

面倒すぎるから。

 

ただ、今後は古本といえど値上がりは避けられないでしょうし、これから入荷する絵本に関しては多少価格設定を考えなければならないとは思います。

嫌なことです。

誰だって増税は嫌なことだと思うのですが、「でも仕方がない」というのが大半の国民の意見なのでしょうか。

本当に仕方がないのでしょうか。

 

本来、税金はその共同体に暮らす人々の生活をより良くするために使われるべきものです。

そうでなければ、誰も自分の稼ぎから少なくない額を収めたりしません。

 

けれど、実際に税金が何に使われているかを把握するのはなかなか難しい。

私もちょっと内閣官房のHPを見たりして確認しようとしたんですけど、よくわかりません。

ああいうのは庶民の知識でも理解できるように明示すべき種類の事柄だと思うのですけど、よくわからないのです。

つまり現実問題として私は「何に使われているかよくわからないお金」をせっせと収めていることになります。

私だけでしょうかね。

 

ただの愚痴になるのかもしれませんが、この機に少し思うところを綴っておきます。

 

消費税に限らず、私が関心があるのは、個々の政策の是非ではなく(そんなのよくわかんないし)、全体としてこの国がどの程度「子どもを守り育てる」ことに真剣であるかどうか、です。

物凄く簡単に言えば「それって子どもを幸せにするの?」ということです。

 

その意味において、消費増税は確実に子育て世代の生活を圧迫するでしょう。

増税分の使い道は少子化対策にも充てるそうですが、そもそも子どもを産まない最大の理由は収入が少ないことですから、何をしてるのかよくわかりません。

 

消費税が5%から8%に増税された時も政府は「全額を社会保障の充実に充てる」と公約してましたが、結果としてこの数年間で社会保障が充実したとか、生活が豊かになったという実感は私には皆無です。

私が子育てを始めたのはすでに8%になってからですが、消費増税によって子育て環境が改善された、子どもを産みたくなったという話は寡聞にして知りません。

そこから考えると、消費税が10%になることで育児を巡る環境はさらに悪化するような気がします。

 

繰り返しますが、私が問題にしているのは「政策の是非」ではありません。

「事実」として、子どもたちがどう扱われているかです。

 

OECD(経済協力開発機構)の調査によると、日本の教育への公的支援の割合は2018年時で34か国中最下位でした。

日本は「育児に良い国」ランキングでは先進国中最低クラスです。

 

「子どもを産みたくない」という若者の感性は非常に現実的で正しいと言えるのです。

かくもこの国で子どもを産み育てることはハードな行為となっているのです。

 

そしてその結果として、「育児」=「苦痛」「酷使」「不安」「犠牲」というマイナスイメージが膨らみます。

それはそのまま子どもそのものへのマイナスイメージへと繋がります。

非協力なパートナー、育児休暇をろくに取れない会社、電車やバスでの子連れの人に対する冷視。

 

そりゃあ、産みたくないでしょ。

この状況で「子どもを産もう」と決意した人は、それだけで表彰に値する勇者だと思います。

私も勇者。

 

結論を言いますと、この国は子どもに興味がないということです。

全然ない。

寂しいですね。

 

ま、昔の自分を省みれば、偉そうに他人の批判はできませんが。

ともかく、現実は上記の通りです。

かと言って打ちのめされている時間は我々にはありません。

我々の手には子どもの生命が預けられているのですから。

 

国が当てにできない以上、できることは個人的な範囲に限られます。

私の場合、子どもと精一杯遊んであげること、そして絵本をどんな時でも面倒がらずに読んであげること、主にこれだけを心掛けてきました。

 

結果はどうなるでしょうか。

どうなるでしょうね。

 

願わくは、息子の世代が築く社会が、子どもたちにとって幸せなものでありますように。

 

 

■これまでに紹介した絵本のまとめはこちら→「00冊分の絵本の紹介記事一覧

■えほにずむでは、このブログで紹介した以外にも、たくさんのよい絵本を取り扱っております。ぜひ、HPも併せてご覧ください。

絵本の買取依頼もお待ちしております。

 

〒578−0981

大阪府東大阪市島之内2−12−43

URL:http://ehonizm.com/

E-Mail:book@ehonizm.com