子どもの行動は大人の(無意識の領域の)鏡ということ

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

新しい生活が始まる4月。

真新しいランドセルの新一年生が道を歩くのを見ながら、来年はうちの息子も小学生か……と思うと同時に、「ほんとにこのままで大丈夫なのかな」と考えてしまいます。

実は最近、以前にもまして手を焼いているのです。

そういう時期なのか性格なのか、息子はちょっとしたことでカッとなることが多くなりました。

「ちょっとしたこと」というのは本当にちょっとしたことで、例えばご飯のおかずが気に入らないとか、作っていたピタゴラ装置がうまく作動しなかったとか、そんなレベルの話です。

 

さらに、カッとなると手が出るようになりました。

グーパンチ、噛みつく、引っ掻く。

ま、これくらいはしたいようにさせておくのですが、一番恐ろしい技はこっちが寝ているところへのジャンピングニードロップ。

当たり所が悪ければシャレにならないダメージを受けます。

 

どうしてこんなに乱暴になったのかはわかりません。

あるいは、自然な成長かもしれません。

ただ、一般的には子どもはそういう時期を迎えたとしても、周囲の同じ年ごろの子どもたちとの喧嘩やふざけ合いの中で、手加減というものを覚えていくのでしょう。

親以外の大人から叱られる経験を通して、ある種の世渡りを学んでいくのでしょう。

 

しかし、何度も書いている通り、息子は保育園にも幼稚園にも通わず、他の子どもと遊ぶ機会もありません。

兄弟さえいません。

そして我が家の方針として、極力叱らない・何事も強制しない育て方をしてきました。

 

今の息子の我の強さ、罪悪感の無さ、抑制されることへの拒否感の強さは、むしろ当然なのかもしれません。

 

もちろん私としてはこのままで良しとは思っていません。

私が体力と精神力を削りつつ目指しているのは、息子の円満な人格形成です。

 

脅したり、痛めつけたり、押さえつけたり、エサで釣ったりといった、現在当たり前のように行われている「教育」に依らずして、「自由な精神を持つ人間」の成長を助けるのが、私の願いです。

 

とは言うものの、いつまでたっても情緒の未熟な息子を相手にしていると、自信がなくなってきます。

実はとんでもない間違った道を選んでしまったのではないかと不安になります。

 

ずっと続けてきた大量の絵本の読み聞かせによって、息子の言語能力は非常に発達してはいます。

「老廃物」とかを初見で読めるくらいの国語力はあります。

これだけ言葉がわかるなら、諄々と理を説けば納得させられるだろうと思うんですが、そうはなりません。

息子が感情を爆発させている時は、どれだけ言葉を尽くしたところで効果がありません。

 

色んな絵本や児童書を読んではいても、感動する話などには無頓着だし、道徳心が芽生える気配もありません。

とにかく今の息子には「楽しいかつまらないか」以外の基準がないように見えます。

 

妻などはとっくに忍耐の限界に達し、すぐに怒ってしまうようになっています。

私も、やはり叱るところは叱らないと駄目なのかな、と悩んだりしていました。

 

そんな時は色々な本を読みます(なるべくスケールの大きい内容のを)。

また、このブログで自分が書いたものを読み返したりします。

偉そうなこと書いてるな、と今の自分が恥ずかしくなったりします。

 

そうやって気持ちをリセットします。

そして最近の自分を振り返ってみれば、無自覚のうちに、余裕がなくなっていたことに思い至ります。

結局のところ、私は息子をコントロールできないことに苛立っていたのです。

思い通りに動いてくれないことに不満を抱いていたのです。

そんな風にコントロールされない人間を育てようとしていながら、です。

 

子どもの教育において最も大切なのは個人の成長を「信じて待つ」ことです。

未来の時代の人間への畏敬の念を持って子どもに接することです。

 

まだ息子は5歳なのです。

他の5歳は……と比べてしまっても、そんなことに意味はありません。

控えめに言っても一般的でない育て方をしている息子が、一般的な5歳と同じになるわけがないのです。

そして本来、人間はそれくらいひとりひとり違うものなのです。

 

私が息子に色々と諭す時、実のところそこには息子をどうにか思い通りに動かしたい、コントロールしたい、世間一般の枠に収まって欲しいという念が入り込んでいたように思います。

あるいは息子は、その念を察知して反発していたのかもしれません(子どもは自分の人生をコントロールしようとする大人に対して極めて敏感です)。

 

そして先日、息子がカッとなった時に、私が本当に心から「息子をどうにかしたい」などと思わずにごく自然に声をかけると、スッと息子が平静に戻ったのです。

 

たまたまかもしれませんけどね。

 

 

■これまでに紹介した絵本のまとめはこちら→「00冊分の絵本の紹介記事一覧

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【絵本の紹介】「ねむりひめ」【311冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

新年度が始まりました。

気持ちも新たに仕事や子育てに取り組んでいきたいと思っています。

 

今回は誰もが知っているグリム童話から、フェリクス・ホフマンさんによる「ねむりひめ」を取り上げましょう。

原作:グリム童話

絵:フェリクス・ホフマン

訳:瀬田貞二

出版社:福音館書店

発行日:1963年10月1日

 

ホフマンさんはスイス生まれでドイツの美術学校を卒業、版画・壁画・ステンドグラス制作などでも高く評価されている方です。

絵本作品としてはグリム童話原作の作品を数多く手がけ、そのどれもが素晴らしい完成度を誇っています。

 

このブログでは以前に「おおかみと七ひきのこやぎ」「ながいかみのラプンツェル」を紹介しました。

 

≫絵本の紹介「おおかみと七ひきのこやぎ」

≫絵本の紹介「ながいかみのラプンツェル」

 

上記の記事中でも触れていますが、絵の美麗さは当然ながら、ホフマンさんの絵本作家としての優れた才能は構図の妙にあります。

各カットのアングル・テキストの配分・余白に至るまで一分の隙もなく計算され尽くしているのです。

 

特にこの「ねむりひめ」は作者の最高傑作と言ってもよく、翻訳の瀬田貞二先生はその著書「絵本論」で、この作品をほとんど手放しで激賞しています。

 

推奨年齢は4歳からと設定されてますが、テキストは結構多め。

子どもを望む王と妃の間についに女の子が生まれます。

喜んだ王はたくさんの人々を招いてお祝いをしようと計画します。

 

ところが都合により国に13人いる「うらないおんな」のうち一人だけは招待されませんでした。

お祝いの席で、招かれた占い女たちは姫に「よいこころ」「うつくしさ」といった運を授けます。

ところがそこへ、一人だけ招かれなかった占い女が姿を現し、姫に呪いをかけます。

それは姫が15になったら、「つむ」に刺されて死ぬという恐ろしいもの。

 

誰もがぎょっとする中、まだ贈り物をしていなかった占い女が、呪いを軽くします。

姫は死ぬのではなく、100年の間眠りにつくことになると言うのです。

 

その後、王は愛する娘を守るため、国じゅうのつむを燃やしてしまいます。

姫は美しく利口に成長し、15の年を迎えます。

 

ある日、王と妃が留守中に、姫は城にある古い塔の一室で、麻糸を紡いでいるおばあさんに会います。

興味を持って手を伸ばしたとたん、姫はつむに刺されて眠り込んでしまいます。

 

この眠りは城じゅうに広がり、帰ってきた王と妃を含め、城内のすべての人々がそのままの姿勢で眠ってしまいます。

城の外壁には茨が生い茂り、誰も中に入れなくなります。

いつしか姫は「ねむりひめ」と呼ばれるようになります。

色々な国の王子が噂を聞いて姫を助け出そうとしますが、すべて失敗します。

 

長い年月が過ぎ、一人の王子がねむりひめの噂を知り、彼女に会いにやってきます。

ちょうどその日が姫が呪われてから100年目に当たるため、王子は何の苦労もなく城内に入ることができ、眠っている姫を発見します。

王子が姫にキスをすると姫は目を覚まし、止まっていた時間が再び動き始めます。

姫と王子は結婚し、いつまでも幸せに暮らします。

 

★      ★      ★

 

前述した「絵本論」で、瀬田先生はこの作品を各場面ごとに実に詳細に分析・解説しています。

おそらくこれを超える「ねむりひめ」評はないでしょう。

ホフマンさんがいかに心を砕いてこの絵本を作っているかが深く理解できる名解説になっています。

 

幻想的で繊細なタッチ、表情豊かな人物。

各カットの構図は、読者の視線誘導までも考慮して練り込まれています。

例えば王子が姫のもとへ辿り着くクライマックスでは、左下から右上へと流れる絵を、テキストと共に追っていくことになります。

その際、複雑に絡まり合いながら伸びる茨のつたも実に効果的に描かれています。

 

止まった時間の描写も秀逸で、随所に描かれる猫や鳥もどこか象徴的で、無駄が一切ありません。

これは積み木を一段一段重ねて行くような慎重で注意深い作業だと思います。

 

さて、子どもに聞かせる物語としてはどうでしょう。

とても人気のある童話ですが、よく考えてみると妙なお話です。

 

壮大でドラマチックな展開の割に、クライマックスで王子は何の障害も苦労もなく姫の救出に成功します。

大人としては、王子にはもう少し苦難を乗り越えるストーリーが用意されるべきな気もします。

 

姫は不幸に見舞われますが、結局は100年という時間が全てを解決し、特に何をするわけでもなくハッピーエンドを迎えます。

つまり、この物語には戦いや努力といった能動的なものがほとんどなく、登場人物は運命に従って「あるべきところ」へ導かれるのです。

 

そこから読み取ると、これは人生における避けようのない幸不幸、カルマを描いた物語と言えそうです。

 

王子はちょうど100年目のその日に現れ、姫と巡り会います。

一見偶然のような出会いが、実はそれこそ紡がれた糸のように、因果に導かれているのかもしれないのです。

 

カルマ・因果律という考え方は、ともすれば人間に無力感を抱かせるものとして忌避されがちです。

けれども、本当に心から「運命」というものに向き合い、過去から未来へと繋がる糸の上で生きていることを感じる時、その考え方は人生を力強く生きるためのものとも成りうるのです。

 

子どもたちは、「どんな不幸や不運があろうとも、必ず最後は幸福になる」物語を欲します。

彼らは本能的に「この世界は美しく、素晴らしいところである」ことを信じているし、信じるべきだと感じているのです。

 

我々大人が、それを信じさせてやらないで何とするのでしょう。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

暗示的度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「ねむりひめ

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【絵本の紹介】「きいろいのはちょうちょ」【310冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

年度末で何かと忙しく、最近ちょっと更新頻度が減っております。

4月中旬くらいからはまた週3〜4くらいのペースに戻したいと思っております。

 

バタバタしているうちに世間はだんだん春めいてきていますね。

花粉も飛んでるし。

 

今回は五味太郎さんの楽しいしかけ絵本を紹介します。

きいろいのはちょうちょ」です。

作・絵:五味太郎

出版社:偕成社

発行日:1983年4月

 

鮮やかな色彩の中に一点、黄色いちょうちょの形。

虫取り網を持った男の子が、「きいろいのは ちょうちょ」と呟きながらこの「きいろいの」を追いかけます。

ところが網をかぶせてみると……。

あれれれ ちょうちょ じゃない

 

黄色い部分は穴あきになっていて、ページをめくるとそこが黄色い他の何かに変わるというしかけ。

ちょうちょの形は前ページに重なると別の色、別のものになります。

上のカットではおじさんが読んでいる本の人物のサングラスになってます。

 

同じ五味さんの作品「まどからおくりもの」と同様の手法ですね。

 

≫絵本の紹介「まどからおくりもの」

 

何度も予想を裏切られ、だんだん自信がなくなってくる男の子。

言い回しの変化にも注目です。

 

最後は黄色いのを見ても「もう ぜったいに ちょうちょ じゃない……」と見送ります。

でも、それはもちろん……。

 

★      ★      ★

 

愉快で独創的な絵本を次々に発表する五味さん。

こうしたしかけ絵本以外の作品でも実験的な試みをされており、絵本の構成そのものに対する挑戦心、探究心を感じさせます。

 

日本を代表する絵本作家さんですが、コラムや絵本論なども非常に面白いのでおすすめです。

作風同様、なかなか革新的で世間一般の常識に囚われない考えの方で、時には(いわゆる常識人からは)過激に見られる発言も飛び出します。

 

五味さんは「世の中はこうしたもの」という凝り固まった大人に辟易しており、そんな五味さんから見ればおかしな思い込みや陋習に対して「こんなやり方でもいいんだよ」「こうしたって構わないんだよ」と自由で風通しのいい生き方をさらりと提示します。

それが彼の囚われない絵本作りにも表れているのでしょう。

 

固定概念から自由になるということは口で言うほど簡単ではありません。

きいろいのは どうしたって ちょうちょ」と思い込んで走り回る男の子は、経験を経て、「きいろいのは ちょうちょ じゃない」と見切りますが、実はそれがちょうちょ。

 

つまり男の子は「固定概念には騙されない」境地に立ったように自分で思っていても、それは単に「AからB」の見地に移動しただけのことなのです。

彼が真に自由で柔軟な判断力を身に付けるには、まだまだ修行が必要、ということでしょうか。

 

推奨年齢:3歳〜

読み聞かせ難易度:☆

変化の楽しみ度:☆☆☆☆☆

 

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