【絵本の紹介】「ロバのシルベスターとまほうの小石」【250冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回は1970年度のコールデコット賞(アメリカ絵本界最高賞)に選ばれた「ロバのシルベスターとまほうの小石」を紹介します。

作・絵:ウィリアム・スタイグ

訳:瀬田貞二

出版社:評論社

発行日:1975年10月30日

 

壮大な冒険ファンタジーを予想させるタイトルですが、別に怪物との戦いがあるわけではなく、ごく平凡な日常を送っていた主人公の、「まほうの小石」を偶然手に入れたことによる受難の物語です。

 

「まほうの小石」はどんな願いも瞬時に(しかも何の代価もなく、簡単に)叶えてしまうという反則級のアイテムですが、物語中盤においては、それが恐るべき呪いとして主人公を不幸に陥れます。

 

そこからの長い壮絶な孤独の描写は、大人が読んでもぞっとするほどに怖いものですが、それだけに、ラストに起こる奇跡は感動的です。

 

小石集めが趣味のロバの子どもシルベスターは、夏休みに河原で素敵な赤い丸い小石を拾います。

実はこれが、手に持って願いを言うだけで、どんな願いも即座に叶えてくれる「まほうの小石」だったのです。

 

それに気づいたシルベスターは、ワクワクしながら帰路につきます。

両親や友達に好きなことをさせてやろうと考えつつ歩いていると、腹を空かせたライオンにばったり遭遇してしまいます。

動転したシルベスターはあろうことか、「ぼくは岩になりたい」と口走ってしまい、その通りに岩に変わります。

 

さあ、ライオンに食べられる危機は逃れたものの、岩であるシルベスターはもはや身動きもできません。

まほうの小石の力で元の姿に戻ろうにも、小石に触ることすらできないのです。

 

助かる可能性としては、誰かが小石を拾い、岩をロバに戻してほしいと願うことくらいしかない、とシルベスターは考えますが、それはなんとあり得ない確率の話でしょうか。

さて、突然帰ってこなくなったシルベスターを心配する両親は、息子を探して近所じゅうを訊き回り、警察にも届けます。

大掛かりな捜索が開始されますが、まさか岩がシルベスターだとはわかるはずもなく、手掛かりは得られません。

 

落胆し、悲しみに暮れる両親。

一方のシルベスターは、虚しい願いを抱き続けることに疲れ、目を閉じ、考えるのを放棄し、本当に岩となったように過ごしていました。

 

月日が流れ、5月のある日(実に1年近く経っている計算になります)、シルベスターの父親のダンカンさんは、奥さんを励ますつもりでピクニックに誘います。

 

二人はイチゴ山の、あのシルベスターの岩に腰を下ろし、お弁当を食べようとします。

ダンカンさんは岩の傍に落ちているまほうの小石を拾い、

シルベスターが見たら、よろこぶだろうに

と、岩に乗せます。

母親の体温に、久しぶりにシルベスターは目を覚まします。

そして、声の出ないもどかしさの中、両親に思いを伝えようと渇望します。

 

母親は妙な胸騒ぎを覚え、

シルベスターが生きていて、近くにいるような気がするんですけど

と言います。

でも、それを聞いたダンカンさんは悲しい気持ちになってしまいます。

 

両親の悲愁を知ったシルベスターは、

ああ、もとのぼくになりたい

と心の中で叫びます。

 

すると、まほうの小石の力で、その願いは叶えられます。

驚喜する両親と息子。

 

その後、シルベスターはまほうの小石を鉄の金庫にしまいます。

みんなののぞみが、すっかりたりたのですから

 

★      ★      ★

 

この絵本の鮮やかな点は、「まほうの小石」というキーアイテムの意味を、物語の進行とともに次々と変化させていくところです。

 

序盤においては幸運・希望の象徴だった小石は、中盤においてはその万能性が恐怖に変わります。

そこからシルベスターと読者は、あてどもない欲求の充足への夢から引きずり降ろされ、受難の中で「本当に心から望むものは何か」と自問することを要請されます。

 

そしてそれを見出した瞬間、小石は呪縛を解きます。

「どんな望みも叶えてくれる」道具によって、主人公と読者は「すでに与えられている幸せ」に気づくのです。

 

実に見事な演出ですが、それを効果的に生かすには、若いシルベスターには過酷すぎると言ってもいいあの受難をしっかりと描く必要があったのです。

 

主人公があらゆる自由を奪われた鉱物に変わってしまうというのは、子ども心にも大変な恐怖でしょう。

こうなってしまうと、唯一「思考」が残されていることが、却って絶望感や孤独感を増すばかりで、大げさでなく死ぬより辛い地獄と言えるかもしれません。

 

一方、親の目線で読むと、「残されたもの」の辛さの方により感情移入してしまいます。

突然我が子を失い、しかも何の手掛かりも得られない両親の悲嘆がいかに深いか。

 

もし自分の身にそんなことが起こったら、とても耐えられないし、母親はもっとそうでしょう。

つらい毎日でした

もう、くらすはりあいが、ありませんでした

というシルベスターの両親には心から同情します。

 

作者のスタイグさんは「ピノッキオ」からこの物語が生み出されたと語っています。

「にんげんになりたい」というピノッキオの渇望と、「元の姿に戻りたい」というシルベスターの渇望、そして両者に共通するのは「愛されていることに気づく」という物語の核です。

 

私たちは「今あるものに感謝する」という気持ちが大切なことは理解していても、毎日の暮らしの中では驚くほどすぐにそれを忘れてしまいます。

だから、本当に自らを感謝の気持ちで満たしていくには、ぼーっと生きているのではなく、意識的にそういう感情を養う必要があります。

 

この絵本のような良質な物語に触れることは、上のような感情を養う意味も大きいと思うのです。

 

推奨年齢:7歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

シルベスターのうっかり度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「ロバのシルベスターとまほうの小石

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絵本に登場するお父さんたち

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

もうすぐ父の日ですね。

絵本には星の数ほどの「お母さん」が登場しますが、反して「お父さん」は実に少ない。

たまに登場しても空気だったり。

 

そこで、今回の企画を思いつきました。

「絵本界の父親」たちに光を当てるべく、私が好きな絵本の中のお父さんたちをピックアップしてみました。

 

まったくの個人的好みで選んだものですので、あしからず。

では、どうぞお付き合いください。

 

●「もりのなか」のお父さん

まずはマリー・ホール・エッツさんの古典名作「もりのなか」より、男の子のお父さん。

最後にちらっと登場するだけなのに、非常に深い印象を与え、「絵本のお父さん」と言えば必ず名前が(名前ないけど)挙がる方です。

 

男の子を空想世界から現実世界へ連れ戻すシンボルとして登場しますが、その際に男の子の空想を一切否定しない態度と、

また こんどまで まっててくれるよ

の名言が広く支持されています。

 

●ふわふわさん

続いて「ちいさなうさこちゃん」より、うさこちゃんの父親です。

ふわふわさん」は訳者の石井桃子さんのネーミング。

 

そしてその石井さんのオリジナリティあふれる訳文により、なかなか渋くて素敵なお父さんとなっています。

特に「うさこちゃんとうみ」でのうさこちゃんとの会話は名文です。

 

うさこちゃんの主体性を引き出すようにうまく誘導しています。

 

●だるまどん

大人気「だるまちゃん」シリーズより、だるまちゃんの父親、だるまどん。

一見コワモテですが、息子を溺愛している子煩悩なお父さんです。

だるまちゃんとてんぐちゃん」で、だるまちゃんが欲しがるうちわ、帽子、履物を次々に集めてきます。

 

お店でも開けそうなラインナップ。

でも、なかなかだるまちゃんのお気に召す品を用意することができません。

 

それどころか「鼻」と「花」を間違えて、だるまちゃんにえらく怒られてしまいます。

ごめん ごめん」と平謝りするだるまどんが切ないです。

 

●スモールさん

毎回色々な乗り物に乗るスモールさん。

スモールさんはおとうさん」で、彼にも家族があることがわかります。

 

いたって普通の良い父親のように描かれていますが、その裏では飛行機や機関車を操り、時には農夫、時には消防士と八面六臂の活躍をするスーパーお父さんであることを、果たして家族は知っているのでしょうか。

 

●ババール

ぞうのババール」シリーズより、主人公ババール。

 

ババールのこどもたち」で、妻のセレストとの間に三人の子どもを授かります。

主人公が父親になるというのは、絵本界では非常に珍しいこと。

 

結核を患い、余命いくばくもない作者のジャン・ド・ブリュノフさんが、ババールに自身の子どもたちへの想いを重ねて書いたと思われる、

あのこたちのいないくらし なんて とても かんがえられないよ

というババールのセリフに胸を打たれます。

 

●「ちらかしぼうや」のお父さん

ちらかしぼうや」は、絵本には珍しいことに母親が登場せず、父と子が描かれています。

これは非常に短い絵本ながら、私が子どもに対してどう接するべきかのお手本となった作品です。

 

お父さんが片付ける端から次々に散らかして行くぼうやを、叱りつけるかと思いきや、

いいとも、いいとも

もういちど、さいしょから はじめるさ

と、抱きしめる、最高に素敵なお父さん。

 

これを読んだ瞬間、こんな父親であろう、と誓った思い出があります。

 

●「トリゴラス」のお父さん

最後は長谷川集平さんの奇作「トリゴラス」に登場するお父ちゃん。

 

息子の果てしもない妄想と情念に対し、

あほか、おまえは

と切り捨てる、大阪弁のおとんです。

 

そんな しょうもないこと ごちゃごちゃゆわんと、はよねえ!

ごもっとも。

 

「もりのなか」の子どもに深い理解を示すお父さんとは正反対のように見えますが、子どもを空想から現実世界へ引き戻すという点では同じ役割を持っているのです。

物語においては、子どもにとって父親は構造的に「現実」のシンボルなのかもしれません。

 

★        ★        ★

以上、少ないですが個性的な面々を取り上げてみました。

 

長い間絵本は「母親と子ども」のものだとされてきました。

しかしその古い認識を打ち破り、これからの時代、「お父さん」はどんどん絵本に登場するでしょう。

 

どんな新しいタイプの「お父さん」が描かれるか、楽しみな気持ちで待っております。

 

 

■これまでに紹介した絵本のまとめはこちら→「00冊分の絵本の紹介記事一覧

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【絵本の紹介】「ふたりはいっしょ」【249冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

子どもに読み聞かせるのとはまた別の楽しみがあるのが、絵本の一人読み。

とは言うものの、例えば梅雨のじめじめした、なんとなく気分の晴れないような日には、「絵本でも読むか」という気にはなりにくいものです。

 

やっぱり絵本というものは、心に余裕がある時の方が読みたくなるようです。

しかし、中にはそういうモヤモヤした気分の時でも楽しめる絵本もあります。

むしろそういう気分の時こそ、ふと手が伸びる絵本が、「がまくんとかえるくん」シリーズです。

 

この二人の間に流れる空気、繰り返される会話、それらは滑稽でありながら人生の哀しみや温かみに溢れ、読んでいるうちに不思議と心に落ち着きを取り戻すことができるのです。

 

今回は「ふたりはいっしょ」を紹介します。

作・絵:アーノルド・ローベル

訳:三木卓

出版社:文化出版局

発行日:1972年11月10日

 

以前、「ふたりはともだち」を取り上げました。

よろしければ併せてお読みください。

≫絵本の紹介「ふたりはともだち」

 

悲観的で出不精で内向的ながまくんと、楽観的でおおらかで積極的なかえるくんの凸凹コンビ。

今回も5つの短編集で構成されています。

まずは<よていひょう>。

一日の予定を紙に書き、それらを消化するごとに律儀に線を引いて消すがまくん。

 

なんともじりじりしますが、予定表が風に飛ばされてしまうと、もう「なんにも しないでいるより しかたない」と、悲しそうに座り込むがまくん。

本当に、こういう性格の彼にとって、生きて行くことは大変なんだろうと思います。

 

でも、そのがまくんに付き合って一日中隣で座っているかえるくんの存在により、がまくんは救われているのです。

最後の、「ぼく うれしいよ」というかえるくんのセリフは、読めば読むほど様々な感情を揺り起こされ、じーんとします。

 

<はやく めを だせ>では、かえるくんの素晴らしい庭に触発されたがまくんが、珍しくやる気を出して庭づくりに取り組みます。

なかなか芽を出さない種に、本を読んだり、歌を歌ったり、詩を朗読したり、音楽を聴かせたり。

 

がまくんの「とても たいへんな しごとだったよ」から、あるいは子育てのお話なのかしら……というのは、私の個人的な読み。

クッキーを食べるのを止められなくなった二人が、「意志力」を得るために、どうにかしてクッキーを食べずにいようとする<クッキー>。

これは例によって仲良し二人の「遊び」です。

最後までかえるくんに付き合った末に、がまくんがさらりとオチをつけます。

 

<こわくないやい>は、自分たちの勇気を試すお話。

互いにがたがた震えているのに、互いを勇敢だと褒め合う二人。

 

そしてラストに、最も深いお話の<がまくんのゆめ>。

夢の中、がまくんは妙な口上に乗せられて、舞台の上でピアノを弾き、綱渡りをし、ダンスを披露します。

それを客席からかえるくんが観ています。

 

がまくんは芸をするたびにかえるくんに向かって「きみは……できるかい?」と言います。

かえるくんは「いいや」と返事をし、そのたびに小さくなっていき、とうとう見えなくなってしまいます。

 

我に返ったがまくんは、自分のしたことを後悔し、口上に対し「だまれ!」と叫びます。

かえって きておくれよ、かえるくん

がまくんが悲痛な叫びと共に目を覚ますと、ベッドのわきにかえるくんが立っています。

 

ぼく きみが きて くれて うれしいよ

いつだって きてるじゃないか

 

★      ★      ★

 

<がまくんのゆめ>は、何度読んでも、がまくんの「ぼく ひとりぼっちに なっちゃうよ!」で泣いてしまいます。

 

友だち関係はほとんどの場合において非対称であり、精神的に「甘え、甘えられる」がまくんとかえるくんのような関係は、現実に珍しいものではありません。

しかし、「甘える」側の人間は、相手を大切に思いながらも、どこかでその相手から圧を感じたり、劣等感を抱いたりするものかもしれません。

がまくんの夢の中の声は、がまくん自身の無意識の声なのです。

 

それにしても、今回がまくんはバイオリンを弾いたり、クッキーを焼いたり、園芸をしたり、意外と活動的な面を見せます。

芸術家肌なんですかね。

 

だからこそ、すぐに殻にこもってしまうところがあるのかもしれません。

彼がかえるくんを必要とする気持ちがよくわかる一冊になっています。

 

推奨年齢:7歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

気分晴れやか度:☆☆☆☆☆

 

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