【絵本の紹介】「うさこちゃんのだいすきなおばあちゃん」【337冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

祖母が他界しました。

4人いた祖父母の中で最も長生きし、そして最も私と近しい存在でした。

 

今回は「うさこちゃんのだいすきなおばあちゃん」と共に、祖母の思い出を読み返したいと思います。

作・絵:ディック・ブルーナ

訳:松岡享子

出版社:福音館書店

発行日:2008年9月20日

 

すでにこのブログでは「ちいさなうさこちゃん」第1集に位置する4作品を取り上げました。

≫絵本の紹介「ちいさなうさこちゃん」

≫絵本の紹介「うさこちゃんとうみ」

≫絵本の紹介「ゆきのひのうさこちゃん」

≫絵本の紹介「うさこちゃんとどうぶつえん」

 

それら初期の作品とこの作品とを読み比べてみますと、ほとんど変化してないようでいて微妙な違いがあります。

うさこちゃんの耳の形、そして全体のフォルムもより丸みを帯びたデザインになっており、日本語訳も訳者が石井桃子さんから松岡享子さんにタッチ。

 

とことんシンプルでありながら深みのある一枚一枚のカットはシリーズ通してのものですが、今作では非常に珍しいうさこちゃんの「後ろ姿」と「涙」が見られます。

ディック・ブルーナさんがキャラクターを常に正面を向いた状態で描くことは有名ですが、表紙にあるお墓の前にたたずむうさこちゃんは後ろ姿で描かれています。

ここでは読者はキャラクターへの単純な同一化を抑制されています。

うさこちゃんの悲しみを想像し、共感することでしか彼女の中に入っていくことはできません。

 

だいすきな おばあちゃん」が死んでしまい、大粒の涙をこぼすうさこちゃん。

眠るように息を引き取ったおばあちゃんは、「うさこちゃんのおじいちゃんとおばあちゃん」などに登場しています。

絵本のシリーズにおいて、レギュラーでないにしろ登場人物が死ぬというのは実は大変珍しい展開なのです。

おわかれの ときが きました

だれもが おじいちゃんや うさこちゃんのように おおつぶの なみだを ながしました

 

おばあちゃんは棺に入れられ、大きな森の静かな場所に埋められます。

うさこちゃんはその後、時々おばあちゃんのお墓にきれいなお花を持って行ってあげます。

うさこちゃんは おばあちゃんの おはかを はなで いっぱいに したいのです

おばあちゃんの おにわと おなじように

 

うさこちゃんは おはかのまえで だいすきな おばあちゃん と よびかけます

すると、おばあちゃんが ちゃんと きいていてくれるのが わかります

 

★      ★      ★

 

私の両親は共働きで、私は幼い頃、よく祖母の家で過ごしました。

幼い私は一時期「死」の恐怖に取りつかれ、祖母に「どうしても人間は死ぬのか」「死んだらどうなるのか」と質問したのを覚えています。

 

祖母が何と答えたかは忘れてしまいました。

憶えているのは「どうしてこの人は自分よりもっと死に近いのに平気そうでいるのだろう」と不思議に思った気持ちだけです。

 

今は私は単純に死が怖くありません。

死は無に帰すことではないし、霊は不滅であることを信じられるからです。

それは宗教によってではなく、科学によっても解明されつつあります。

 

人間はイメージの世界を持ち、物質的世界と重なった思考世界にも足を置いているのです。

うさこちゃんのように死者に語りかけ、死者と共に生きることは、空虚な幻ではなく、確かな現実なのです。

 

祖母が亡くなる前日、私は病室で彼女に会いました。

祖母はすでに会話ができず、かすかに目を開いて意識があることを伝えるだけでした。

私は祖母の手を取り、長い間そこにじっとしていました。

 

なにも怖くないよ、おばあちゃん。

さらに自由になるだけだよ。

 

遠い日に祖母に向けて発した問いへの答えは、長い時間を経て、私自身が見い出しました。

それを伝えたかったのです。

 

 

いま、初めて涙が出ました。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆

簡潔・丁寧・厳粛度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「うさこちゃんのだいすきなおばあちゃん

■これまでに紹介した絵本のまとめはこちら→「00冊分の絵本の紹介記事一覧

■えほにずむでは、このブログで紹介した以外にも、たくさんのよい絵本を取り扱っております。ぜひ、HPも併せてご覧ください。

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【絵本の紹介】「ぼくはおこった」【336冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

もうすぐ我が家の息子は6歳になり、同時にこのお店も3周年を迎えます。

息子の成長については時々綴っていますけど、そうやって振り返ってみると冷静に考えれるのに、普段は本当に手を焼かされています。

 

絵本の読み聞かせが情緒の安定に有効、という説についてはいささか怪しんでいる自分がいます。

我が家ではすでに多分一万冊以上の絵本を読み聞かせてきましたが、むしろ成長と共に息子の感情は激しさを増している気さえします。

 

それは自然な感情の発育とも考えられるし、単なる個人差とも考えられます。

ま、あとは親の心根の問題でしょうね。

 

息子が一度怒ると手が付けられません。

怒りのツボはこっちには理解不可能なことがほとんどです。

そしてたぶん、息子自身にも怒りの原因はわかっていません(わかってたらあんなに怒らないでしょう)。

 

あれだけ言葉が達者なのに、大人の理屈は一切通じません。

下手になだめようとすれば火に油。

実力行使はしない方針なので打つ手なし。

とにかく時間が過ぎてクールダウンするまで待つしかありません。

 

今回はそんな子どもだけが持つ凄まじい怒りのエネルギー「だけ」を描いた絵本を紹介します。

ぼくはおこった」。

作:ハーウィン・オラム

訳・絵:きたむらさとし

出版社:評論社

発行日:1996年11月20日

 

計算された線の歪みが特徴的なイラストはきたむらさとしさん。

作者は南アフリカ出身でロンドン在住のハーウィン・オラムさん。

 

翻訳者の名前がないなと思ったら、きたむらさんが訳文も担当されているんですね。

それもそのはず、きたむらさんは若い頃からロンドンに渡り、そこで絵本作品を発表されているのです。

ポップなイラストがどことなく海外っぽいです。

 

さて、主人公はアーサー少年。

ある晩彼は「テレビのせいぶげき」に夢中になっていたのだけれど、お母さんの「もうおそいから ねなさい」の一言に怒りが爆発。

キレる若者。

 

その怒りが半端じゃない。

アーサーが おこると かみなりがなって いなずまがはしり ひょうがふった」。

家の中はめちゃめちゃで、お母さんは呆れて「もう じゅうぶん」と言うのですが、そんなものではアーサーの怒りは鎮まりません。

 

アーサーは怒ったまま家の外へ出て行き、嵐を起こして津波を呼び、町を海の中にひっくり返してしまいます。

お父さん、おじいさん、おばあさんが「もう じゅうぶん」となだめますが、余計にアーサーは猛り狂います。

 

もう、怒ってる自分がさらに怒りを増進させる状態。

アラレちゃんみたいに地球にバリバリ亀裂を走らせます。

それでも怒りのエネルギーは収まらず、ついには

ちきゅうも つきも ほしも わくせいも

アーサーのくにも アーサーのまちも どうろも いえも にわも へやも

こっぱみじんに くだいて」しまいます。

感情を吐きつくし、すべてを破壊しつくした後、アーサーは「かせいの かけら」に座って考えます。

ぼく どうしてこんなに おこったんだろう

でもさっぱり思い出せず、アーサーはベッドにもぐりこんで寝てしまうのでした。

 

★      ★      ★

 

ここまでやるかと笑えもしますし痛快でもありますが、一方で「これでいいの?」と不安にもなります。

子どもも同様で、このお話をただただ笑って聞く子は少数派ではないでしょうか。

 

自分の家族も家も地球までも破壊してしまって、アーサーは今後どうやって生きて行くのかと、子どもは心配します。

もっとも、そうした怖さはきたむらさんの絵によって相当緩和されています(特に、あの猫の存在によるところが大きいです)。

だからこの絵本は決して説教臭くないし、ここから何を読み取るかは完全に読者の自由に委ねられています。

 

大人になっても怒りの衝動はなかなか克服しがたいものです。

特に子どもに対してついつい怒ってしまい、後で反省する……というパターンはとても多いでしょう。

 

私は怒りには種類があると思っています。

衝動的・爆発的な怒りと持続的な怒り(恨み)は明らかに性質が違います。

 

子ども的な怒りというものは自分自身の気持ちを上手く吐き出せないことが大きな原因のひとつでしょう。

そして、無力で他人を説得することもできない子どもが、自分の言うことを聞いてもらう手段として怒りを爆発させることもあるでしょう。

 

あるいは同じ理由で、ムスっと不機嫌になることもあるでしょう。

不機嫌というのは、周囲の人間に「私は不機嫌だ」とアピールすることで、「なんとかしろ」と言っているのに等しい態度です。

 

正当な怒りというものは確かにあると思いますが、それはおよそ上記のような「子どもの怒り」とは別種のものです。

「子どもの怒り」は子どもの間に卒業しなければなりません。

 

そのための方策は、アーサーのような「子どもの怒り」に対し、周囲の大人が決して「子どもの怒り」で対抗しないことだと思います。

子どもの成長を信じ、そして待つことができれば、いずれ必ず子どもは自分の気持ちを言葉にして語ることを覚え、安易な破壊に向かうことを抑制するようになります。

 

とりあえず、私は今後一切怒らないことを改めて宣言しておきます。

いつまで続くかわかりませんけど、ね。

 

推奨年齢:3歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆

絵本界の破壊神度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「ぼくはおこった

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【絵本の紹介】「算数の呪い」【335冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

夏休みも終わり、新学期が始まりますね。

憂鬱な気持ちの子どもたちも多いかもしれません。

 

私はあまり勉強の好きな子どもではありませんでしたが、中でも数学は苦手で、ほとんど苦痛でした。

面倒な式、難解な用語、集中力のない自分には辛い計算。

そして最終的には「いったいこれが何の役に立つの?」という、数学を放棄する子どもたちの常套句を口にするのでした。

 

さて、今回紹介するのはそんな難解な数学用語がたくさん登場する珍しい絵本です。

そのおどろおどろしいタイトルと、若干ホラーテイスト漂うイラストに、ちょっと手に取るのをためらいがちな作品ですが、あにはからんや、これが数学アレルギーの私でさえ最初から最後まで楽しんで読める傑作なのです。

 

算数の呪い」。

作:ジョン・シェスカ

絵:レイン・スミス

訳:青山南

出版社:小峰書店

発行日:1999年1月12日

 

私の息子にも絶対にウケると確信して読んでやったところ、予想以上の高評価。

我が家に数千冊ある絵本の中でも栄えある「リピート率高い絵本」にランクインしました。

特に様々な単位がびっしりと書かれている見返しがお気に入りの様子。

 

「楽しく数学を学べる」系の絵本かと言えばそうでもなく、どっちかというと悪ノリのユーモア絵本という印象で読んでいると、割にマジな数学知識が登場したり、なかなか一筋縄では行かない作品です。

 

算数の授業中「フィボナッチ先生」がいった「たいていのことは、算数の問題としてかんがえられるんですよ」の一言がきっかけで、目の前の現象すべてが算数の問題として現れるようになってしまった(ちょっと神経過敏ぎみの)少女。

 

おきたのは7:15

服をきるのに10分で、朝ごはんを食べるのに15分で、歯をみがくのには1分かかる

1 バスは8:00にきますが、まにあいますか?

2 1時間は何分ありますか?

3 1つの口に歯は何本ありますか?

この調子で問題責め。

1ガロンは何クォートですか?」なんていう、耳慣れない単位も飛び出します。

ピザを分ければ分数の問題、英語の時間なら「mail+box=mailbox」、図工の時間は古代マヤの数字。

 

ちょいちょい算数と関係ない問題を混入し、油断してるとすぐに足をすくわれます。

有名なフィボナッチ数列や、4進法、2進法などの考え方もさらりと登場。

問題の出し方は非常にユニーク、そしてイラストはハイセンス。

次から次に出てくる問題に少女はふらふら、読者であるこっちの頭もごちゃごちゃ。

夢の中で少女は最大の危機に襲われますが、よくわからない機転で切り抜け、ついに呪いを解きます。

 

晴れ晴れとした気分で目覚める少女。

ところが平和な気持ちは束の間、今度は「ニュートン先生」が「たいていのことは、理科の実験としてかんがえられます……

 

★      ★      ★

 

子どもには、いや大人にだって難しすぎる問題を、いちいち立ち止まって解こうとする必要はありません。

最後まで読んだら、時間と余裕がある時にじっくりと一人で考えてみましょう。

 

裏表紙にはとてもありがたい「こたえ」が掲載されています。

答え合わせをしながら、必ずもう一度笑えることをお約束します。

 

さて、数学に悩まされた頃の私が発した「これが何の役に立つの?」というあのワードこそが、実は自分自身に対する「呪いの言葉」だったことに気づいたのは大人になってからです。

一度その言葉を口にすれば、あらゆる学習意欲は削がれます。

それは無知で無力な子どもにとっては恐るべき呪いです。

 

私の周りにはその呪いを解いてくれるような大人はいませんでした。

彼らの答えは「受験に必要」だから「今は我慢して」勉強しろ、というものだったのです。

 

いくら無知な子どもでも、彼らの人生観の空虚さだけはわかりました。

けれども、そういう大人から逃げたつもりで、結果的に「学び」を放棄してしまったことは、とてつもなく大きな代償だったと思います。

 

受験という制度が子どもたちから奪ったもの(これからも奪い続けるもの)の多さは深刻です。

遠い未来にはこんな制度はなくなるでしょう。

愚かだからです。

 

子どもは本来「受験のために」勉強などしません。

そんなことを心からしたがる子どもはいません。

彼らは自分の生を充実させてくれる「知」を求めます。

 

かつてプラトンは、自分のもとで哲学を学ぼうとする弟子に、必ず数学を学ぶことを義務付けたといいます。

それは数学の持つ「真理」の概念を学ばせるためだと思います。

「1+1=2」という概念はすべての人間に平等に顕現する真理です。

明晰な思考はそうした真理という土台の上に構築しなければなりません。

 

いずれは子どもの学びというものが、上記のような理念のもとに考え直されなければならないと思います。

その根っことなるのは、幼児期から知的好奇心を自然な形で満足させてやることです。

子どもが本来持っている「おもしろいか、おもしろくないか」の基準は、実は非常に正確であり、その後の人生にとっても重要な意味を持つのです。

 

子どもたちがこの絵本を読みたがるのは数学の勉強のためではなく、「おもしろいから」という理由でしかないはずです。

そして、それで良いのです。

 

推奨年齢:7歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

学校の成績貢献度:☆

 

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