【絵本の紹介】「あ」【325冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。
書籍のタイトル付けは、そのまま売れ行きに影響したりしますので、出版社側としては頭の悩ませどころです。
とにかく目に留まらなければいけないので、インパクトを重視してるようです。
攻め過ぎてわけわかんなくなってるタイトルを見てると、苦労されてるなあと思います(恥ずかしげもなく売れた本の二番煎じタイトルを付けてるのもあるけど)。
絵本はそのジャンルの性質上、あまりタイトルは捻らないようです。
ほとんどの作品が「内容そのまんま」か「主人公の名前」です。
絵本はあんまり攻めたタイトル付けると買ってもらいにくいですからね。
そんな中で、今回紹介するのは大胆にも「」という一文字タイトルのこの作品です。
作:大槻あかね
出版社:福音館書店
発行日:2008年11月15日(こどものとも絵本)
発表が2005年1月の「こどものとも年中向き」ですから、絵本としては新作の部類に入ります。
古典絵本ばっかり紹介してるので、久しぶりにフレッシュな現代絵本を取り上げてみたくなりまして。
作者は大槻あかねさん。
絵本だけでなく雑誌や広告、CDジャケットなど幅広い分野で活躍されているアーティストです。
写真を見るとミュージシャンかと思うような、なかなかパンクな外見をしておられます。
作者の風貌、タイトルのインパクトから、難解な前衛的作品かと思いきや、実にシンプルで共感しやすい内容です。
タイトルも実は「そのまんま」。
写真絵本で、主人公は針金で作られた小人。
彼が様々な日常目にする「物」に出会います。
その度に針金くんは「あ」と発し、ちょっとニヤリとしてしまうような反応を見せます。
ジョッキやポットの真似をしたり、綿棒をバーベルに見立てて重量上げをしたり。
生き生きと動き回ります。
針金くんの行動はちょっと意外なようで、「もし小さくなったら誰もがやりそう」なこと。
天真爛漫な彼の姿に、何だか不思議な種類の笑いが湧いてきます。
蚊取り線香の上を走ったり、手袋に潜り込んだり。
最後はファスナーの上を滑って、さらなる出会いを求めて駆けて行きます。
★      ★      ★
シンプルでありながら独創的。
それでいて奇をてらったわけではなく、ある種の普遍性をも捉えた良作です。
自由な発想と、すぐに実行に移す行動力。
私たちが普段見慣れて何とも思わない物にも、針金くんは新鮮な興味を持って近づきます。
そう、針金くんは既成概念に縛られない子どもそのもの。
子どもたちは「自分だったらこうする」という予想通りに動いたり、あるいは予想を超えて行ったりする針金くんに共感を覚え、快哉を叫ぶでしょう。
実は2017年に続編「ああ」がこどものともより出ております。
残念ながらまだ単行本化はされてませんが、うちの息子はこれが大好き。
何回読んでもゲラゲラ笑ってくれます。
ところで、こどものとも絵本には奥付に英語版タイトルが付いてるんですが、これを見るのが結構楽しかったりします。
日本語版と全然違うタイトルのものも少なくありません。
ちなみにこの「あ」は英語版だと「HE MEETS」。
 
推奨年齢:3歳〜
読み聞かせ難易度:☆
クスクス度:☆☆☆☆☆

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【絵本の紹介】「あおいめくろいめちゃいろのめ」【324冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

昨年逝去された日本絵本界の長老・加古里子(かこさとし)さん。

「だるまちゃん」シリーズ、「からすのパンやさん」シリーズ、そしてたくさんの科学絵本。

 

加古さんの一切の妥協のない仕事によって完成された絵本はどれも子どもの心を捉えて離さないクオリティであり、私自身も子どもの頃に加古さん絵本に親しんできた一人です。

 

ただ、そんな面白い加古さん絵本の中にたった一冊、子どもの私にとってトラウマとなった作品が存在するのです。

それが今回紹介する「あおいめくろいめちゃいろのめ」なのです。

作・絵:かこさとし

出版社:偕成社

発行日:1972年12月

 

誤解のないように先に言っておきますが、全然怖い話ではありません。

加古さんらしい「遊び歌」がふんだんに盛り込まれた楽しい内容で、加古さんにはちょっと珍しい切り絵によるキャラクターも、シンプルでありながら表情豊かです。

 

私のトラウマについては後述するとして、先にざっと読んでみましょう。

あおい めの めりーちゃん

くろい めの たろーちゃん

ちゃいろの めの ばぶちゃん

が集まってかくれんぼを始めます。

ところが、鬼になっためりーちゃんは二人を見つけられず、しまいに怖くなって泣き出してしまいます。

そこでかくれんぼはやめにして、どろんこ遊びを始めます。

 

しかし今度は土の中から出てきた虫を怖がって、たろーちゃんが泣いてしまいます。

で、今度はしゃぼんだま遊び。

これもやっぱり、液を飲んでしまったばぶちゃんが泣きだして中止。

 

誰も泣かない、怖がらない遊びを三人で協議した結果、最後は電車遊びになります。

ところがくぐって行こうとした草やぶの中にハチの巣があったから大変。

三人ともハチに追いかけられ、刺されてしまい、大泣き。

 

泣いて泣いて泣いて、とうとう三人とも「あかいめ」になってしまいましたとさ。

 

★      ★      ★

 

加古さんは各地の遊び歌の研究をライフワークにされており、彼の絵本の中には遊び歌がたくさん登場します。

この作品はそんな一種の遊び歌絵本とも言えます。

 

そして子ども同士の遊びにもちゃんと存在する民主主義のような話し合い、役割分担、誰かが泣いたらおしまいというルールが描かれています。

加古さんが時代を越えて残したいと願ったものがここにあるのです。

 

そう、素晴らしい絵本なのです……が、子どもの私には、「めりーちゃん」「たろーちゃん」「ばぶちゃん」の円形のぐるぐるした目がどうしても不気味だったんです。

ときどき目が寄ったり離れたりする様子も爬虫類っぽくて。

 

極めつけはラストの泣きはらした赤い目。

涙が血みたいで、何とも言えない不安を呼び起こすカットでした。

 

すいません、加古先生。

でも、そんな子どもならではの様々なイメージを心に残すのも絵本の楽しみの一つかもしれません。

実際、怖がりながら何度もこの絵本を開いた記憶があります。

 

「あとがき」で、加古さんがこの絵本を作るに至った経緯を語ってくれています。

子どもの頃には見もしなかった「あとがき」を、大人になってから初めて読むというのも、絵本ならではの感慨深さがあります。

 

推奨年齢:3歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆

今読んでも怖い度:☆

 

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虐待について

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

いよいよG20に伴う大規模な交通規制が始まってます。

大阪市在住の私としては、ただただ迷惑極まりない話です。

なんか警官がいっぱいいると嫌な気分になるし(無意識に後ろ暗いことがあるからかな)。

頼むからよそでやって。

 

ところが、周囲の人々の反応を窺うと、実に大人しいのですね。

仕事やプライベート含め、大いに迷惑をこうむっているはずなのに、ほとんど文句ひとつ言わない。

偉い人が決めたことだからしょうがない、という空気です。

ま、確かに私がぶうぶう言ったところで規制が解かれるわけではないですが。

 

唯々諾々。

これが国民性なのかもしれないし、学校教育の「成果」なのかもしれません。

 

今回はまた教育に関係する話です。

先日、親権者による児童への体罰禁止規定を盛り込んだ児童虐待防止法の改正案が成立しました。

子どもは叩いて矯正しないとまともな人間にならないと考えている人、体罰が禁止されたら子どもが「つけあがる」ことを懸念してる人、そもそもしつけと虐待の区別がついてない人。

そういう人々は、法律で体罰を禁止されることを苦々しく思っているでしょう。

 

体罰に対しての私の考えは過去に書いてます。

 

≫体罰について

 

読んでいただければわかる通り、私は体罰というものを認めていません。

あらゆる体罰は子どもの成長にとってマイナスだと思うからです。

そもそも「しつけ」ということに懐疑的です。

 

でも、だから体罰を法律で禁ずることに諸手を上げて賛成かと言うと、複雑な気持ちです。

子どもを産み、育てるという行為に対し、他人がくちばしを入れることに不快な気持ちがあるからです。

 

もちろん、実際に虐待され、人権を蹂躙され、助けを必要としながら声も上げることができない子どもたちは、「他人」の大人たちが自らくちばしを突っ込んで守らなければなりません。

そして現実問題として、救わなければならない子どもたちは大勢いるのです。

 

悲しいことですが「親になるべきでない親たち」は確かに存在します。

子どもたちは何よりもまずその親たち(彼らもまた救いを必要としている存在ですが)から守られなければなりません。

 

ですから、そのための「法」は必要には違いありません。

気を付けるべきなのは、国が個人を法で縛ることそのものが「いいこと」だと誤解しないことです。

 

子どもを産むという選択、産まないという選択。

いかに子どもと関わるかという選択、関わらないという選択。

それらは根本的には個人の自由に委ねるべき問題です。

 

「産め」「産むな」「こう育てろ」「こう育てるな」というすべての強制は本来されるべきではありません。

親と子どもを巡る数えきれないほどの悲劇や悲惨を認識した上で、それでもなお、です。

そうでなければ真に自由な人間を育てることにはならないからです。

 

人間は進み過ぎたり、現状に留まろうとしたりしながらも、「自由になること」を志向します。

私はそう考えています。

 

もう何度も繰り返してきたことですが、真に「自由になる」とは「本能のままに行動する」ことではありません。

人間には「本能に従わない自由」があり、「自らの信念や理想に基いて行動する」自由があります。

同時に「悪を行う自由」があり、危険な誤解を恐れずに言えば「虐待する自由」というものもあるのです。

 

自由の中で善を選び取ることに価値があるのです。

法律で禁止されてるから虐待を我慢するのではないのです。

 

虐待防止法が「今、現状」必要か? と問われれば「必要である」と答えます。

しかしそれが「未来に亘って永久的に」必要か? と問われれば「NO」です。

いずれはなくなるべきだし、なくなるでしょう。

 

同じ理由で、死刑制度も刑法そのものも、いずれはなくなると思います。

人類がその時代まで生き延びていれば、ですけど。

 

虐待をしてしまう親で(正直に申し上げてまったく同情心は湧かないんですが)最も哀しいのは、自分が幼い頃に虐待を受けた人間が、親になってから自分の子に虐待を繰り返すケースです。

 

子どもをどう育てるかはそれぞれの性質や環境によって様々です。

育児はどうすれば正解、という答えはなく、どこまでやればいいかも人によって違い、比べられるものではありません。

ですから、一つのテーマとしてですが、「自分が親からしてもらった以上のこと」が子どもに対してできれば、それでいいのかもしれないと考えています。

 

虐待を受けた人間が、虐待の連鎖を自分の代で断ち切れれば、それだけで素晴らしい価値のあることだと思います。

 

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