【絵本の紹介】「うさぎの島」【368冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

世間は新型コロナ一色、休校+自粛ムードの中、次々に中止されるイベント、演劇、コンサート、そして展覧会。

でもドラッグストアやホームセンターではトイレットペーパーやら米やらを買いだめに走る人々の長蛇。

 

なんとなく既視感を覚えるのは、そろそろ9年になる東日本大震災の時の光景に似ているからでしょうか。

あの当時私は東京に住んでおり、そしてあの時から色々なことを考えるようになりました。

 

あの時も、様々な人が様々なことを発言し、様々な情報(デマ含む)が飛び交いました。

自分がどう行動するべきなのか、ほとんどの人が確たる指針を持たず、不安を感じていたように思いました。

まあ、単純に「自分の見ているテレビと新聞の情報が正しい」と信じていられる人もいましたけど。

 

人々は「誰について行くべきか」を探していました。

情報発信者の中で人気なのは「安心させてくれる人」で、他に「自分の怒りや不安を代弁してくれる人」と、「単に声の大きい人」がそれに続く印象でした。

あくまで個人的な印象ですけど。

 

素人に「正しい判断」はつきにくいから、「正しい判断を下しそうな人」を見極めることは重要ではあります。

この場合は意外と知識関係なく直感が当たったりします。

しかし気を付けないと人間は「早く安心したい」という思いから、割と安易に「この人について行けば大丈夫」と思い込む傾向があります。

そしていつの間にか、その人と意見を異にする人間を敵視さえし始めます。

そうなるともう最初の生物的な直感は跡形もなくなってしまいます。

 

私が「精神の自由」について考え出したのはその頃からです。

それ以前から漠然とした形で「なんか不自由な感じ」を肌で感じてはいましたけど。

 

こういう時こそ、色々なことを深く考えるきっかけになると思うので、あえて「重い」絵本を選んでいくスタイルで、今回は「うさぎの島」を紹介します。

作:イエルク・シュタイナー

絵:イエルク・ミュラー

訳:大島かおり

出版社:ほるぷ出版

発行日:1984年12月15日

 

「うさぎの島」といっても瀬戸内海に本当にある癒されスポットではありません。

毛の一本一本まで描き込まれた緻密で美しいうさぎたち。

可愛いけどどこか陰鬱で、神秘的だけどどこかユーモラス。

 

この絵は以前に紹介した「ぼくはくまのままでいたかったのに……」のイエルク・ミュラーさんによるものです。

 

≫絵本の紹介「ぼくはくまのままでいたかったのに……」

 

文も同じイエルク・シュタイナーさんとの共作。

同じ「イエルク」という名前ですけど、偶然です(ファーストネームだし、そりゃそうか)。

 

「ぼくはくまのままでいたかったのに……」と同じコンビというだけでなく、同様のテーマを取り扱った作品と言えます。

二作とも非常に多くの要素を含んだ作品であり、単一のテーマというものは存在しませんが、「人間の自我と自由」という核は変わりません。

 

「島」というタイトルですが、訳文からは舞台が島であるかどうかはわかりません。

「島」は象徴的なワードなのかもしれません。

大量のうさぎを飼育する「うさぎ工場」。

ペット用ではなく、食肉用のうさぎたちがここで管理され、狭い檻に閉じ込められ、ひたすら餌を与えられ、太らされます。

 

長い間工場で暮らしている大きな灰色うさぎの檻に、新入りの小さな茶色うさぎが連れてこられます。

怯えて縮こまっている茶色うさぎに、灰色うさぎは先輩らしく話しかけます。

ここは暮らしいいところだ。しんぱいいらないよ

 

けれどもそういう灰色うさぎも、連れて行かれるふとったうさぎがその後どうなるのかについては知りません。

それでも「ここよりもっといいところ」に連れて行ってもらうのだと漠然と説明します。

 

ただ、茶色うさぎの疑念と不安は晴れません。

色々と質問しますが、実は外の世界のことをほとんど忘れてしまっている灰色うさぎにとっては、「かぶ」「お日さま」「」といった言葉の意味は何もわからないのです。

 

それでも虚勢を張ってベテラン面をやめない灰色うさぎですが、内心は少し不安が芽生えています。

そこで茶色うさぎに「抜け出す方法はある」と言い、壁をかじり出します。

工場の断面図は「ぼくはくまのままでいたかったのに……」でも見せたミュラーさんお得意の構図。

絵を見るとわかりますが、都合のいいことに二匹の檻の後ろは通風管が通っていました。

実のところ逃げ出そうという気などなかった灰色うさぎですが、これは非常な幸運といえます。

晴れて自由の身になった二匹。

茶色うさぎは喜びますが、今度は灰色うさぎが不安でたまらなくなるのです。

 

外の世界は知らないことだらけ。

おまけに白鳥に襲われ、命からがら逃げだします。

 

茶色うさぎは灰色うさぎを励まして洞穴を掘り始めますが、灰色うさぎはそんな本能もすでに失ってしまっていたのです。

うちにかえりたいよ! 工場ほどいいとこは どこにもないんだ!

と言い出す灰色うさぎ。

結局、すっかり自信を無くした灰色うさぎは工場に戻ることを選択します。

一緒に引き返した茶色うさぎですが、工場の中には戻りません。

 

いつしか二匹には友情が芽生え、別れを惜しみます。

おれのことを わすれないでいてくれよ

きみみたいな友だちは 二度とみつかるまいね

 

そして二匹は別れます。

それぞれの運命を知るすべもなく。

 

★      ★      ★

 

不自由な環境を不自由とは思っていない灰色うさぎ。

たった一度手にした貴重な自由への切符を、自ら手放してしまうラストには愕然とさせられます。

 

彼は主体的には「自由」です。

たとえ環境がどうあれ、彼には自由な判断が許されています。

けれど、読者は彼を「自由な存在」と感じるでしょうか。

 

作者は茶色うさぎと灰色うさぎの対比を「文明と自然」「家畜と野性」として描きます。

けれども灰色うさぎにもわずかな生物的本能は残っており、それが時折「言葉にならない不安」としてアラームを鳴らします。

 

しかし結局は灰色うさぎは自分の本能が知らせる危険信号を無視して、「与えられた安心」「与えられた安定」へ帰って行きます。

最終的に二匹のうさぎの明暗を分かったのは、己の生物的直感を大切にするか否かというところです。

 

人間も生物である以上、こうした直感は必ずあります。

いくら頭脳が肥大しても、部分的にはまだ残っています。

 

文明は逆戻りしませんし、進歩を否定する気も私にはありません。

けれども、我々に残されたわずかな野性を蔑ろにすれば、人間は必ず破滅するでしょう。

 

直感を大切にするとはどういうことでしょう。

それは日常に生じる違和感をそのままにしないこと、怠惰にならないこと。換言すれば「日々を丁寧に生きる」ことだと思います。

 

そして付け加えるなら、上記はすべて「子育て」にも当てはまる要素です。

 

推奨年齢:6歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

工場のロゴデザインセンス度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「うさぎの島

■これまでに紹介した絵本のまとめはこちら→「00冊分の絵本の紹介記事一覧

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【絵本の紹介】「ボタンのくに」【367冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

新型コロナウイルス感染症問題が混迷を深める中、混乱と不安のままに突然の休校が宣言され、困惑している子どもたちや保護者の方々も多いことでしょう。

休みだからといって人の多いところには行けないし、どうやって過ごせばいいのか。

 

今こそ読書しましょう。

私は幼稚園にも行かずきょうだいもいない息子と6年間遊んできましたが、やっぱり絵本や他の本に随分助けられました。

テレビもつけないし、ゲームもしませんので。

 

こんな時に……とも思いましたが、こんな時だからこそ絵本の紹介をしていきたいとも思います。

今回は西巻茅子さんのデビュー作「ボタンのくに」を紹介します。

作:中村成夫・西巻茅子

絵:西巻茅子

出版社:こぐま社

発行日:1967年8月30日

 

ぬいぐるみのうさぎから取れた「あかいボタン」の冒険を描いたファンタジー絵本。

丸と三角を組み合わせたシンプルな造形で擬人化されたボタンたち。

 

西巻さん独特の子どもの落書き帳のような楽しい画面に惹きつけられます。

そして実際、子どもたちはこの絵本に言い知れぬ親近感と共感を覚えるようなのです。

 

1966年、こぐま社を設立した佐藤英和さんは、安易な流行を追った絵本作りに警鐘を鳴らし、日本の子どもたちのために本当に後世に残る良い絵本を世に出すため、熱意をもって仕事をされていました。

そして当時まったく無名だった西巻さんの絵に可能性を感じ、「絵本を作りませんか」と持ち掛けます。

 

それから3か月ばかりで描き上げた絵に、中村成夫さんが文章を付け、たちまち「ボタンのくに」が完成します。

無我夢中で作ったこの作品に対し、気恥ずかしさを覚えていたという西巻さんですが、発行されて2年ほどしたとき、佐藤さんのもとへ読者の母親から手紙が届きます。

 

その内容は「絵本に魅せられて」(佐藤英和・こぐま社)の中に詳しいですが、この絵本がいかに子どもの心を捉えて離さないか、そして大人目線では見逃してしまう魅力が存在することが綴られていました。

 

本当にこの作品は、一読しただけではなかなかその魅力のすべてに気づくことは難しいです。

ただ、子どもは実に的確な評価を下します。

 

あかいボタン」は「あこちゃん」のぬいぐるみのうさぎの「ぴょん」の片目に使われていたものですが、取れて草むらに落ちてしまいます。

転がって行った先は「ボタンのくに」。

黄色いボタンの女の子たちに遊園地へ案内されます。

はりやまの スキーじょう」で遊び、黒いボタンにぶつかって追い回され。

リボンのかわ」を渡り、「いとくずの ジャングル」を抜け……。

逃げ込んだボタンのお城には、いろんな形、いろんな大きさのボタンがいっぱい。

赤いボタンは王さまに呼び出され、そこでぴょんからきた手紙を読んでもらいます。

 

片目を失くしたぴょんが困っていることを知り、赤いボタンは「ぱちんこロケット」で帰って行きます。

あこちゃんの家の庭に落ちた赤いボタンは、無事に発見され、ぴょんの目に戻ります。

 

★      ★      ★

 

針山や裁縫道具も子どもたちの生活から離れたものになりつつありますけど、この絵本の魅力は衰えません。

「子どもの落書き」と評しましたけど、当然「崩して描く」ためには基本的画力がしっかりしていないとできません。

単に「子どもみたいな絵」を描いたら子どもが喜ぶ、と考えたら見誤ります。

 

ボタンのくにの遊園地のカット、はっきりした線や色はありませんが、どうしても見入ってしまいます。

裁縫道具で作られたひとつひとつの遊具、ボタンたちひとりひとりの行動をずっと追って行くうちに、自然とこの空想世界へ引き込まれていくのを感じます。

 

一枚の紙にいっぱいにお絵描きすることの楽しさ、そして描き込んでいくにつれ、絵に命が吹き込まれていくのを感じた時の純粋な歓びがここにあります。

 

私も息子のために何百枚となく絵を描いてきましたけど、「子どもが喜ぶ絵」というのは単純な「上手下手」とはさほど関係ないのですね。

私ははっきりと下手ですけど、描きながら「あ、これは息子がぜったい喜ぶな」という絵はわかります。

 

絵本の絵というものは、やはり「どう描けば子どもが喜ぶか」を突き詰めた先にあるものだと思います。

「子どもが喜ぶ絵」は大人にも喜びを与えるものです。

大人の方が鈍感ですけどね。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆

不思議の国のアリス感度:☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「ボタンのくに

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ウイルス問題と臨時休校について

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

昨日、総理大臣から新型コロナウイルス感染症拡大予防と称して全国の小中学校・高校に臨時休校の「要請」があり、私の住む大阪市の教育委員会はこれを受けてすべての市立小中学校と幼稚園を臨時休校・休業とすることを決めました。

 

イキナリですね。

現場はパニックでしょう。

 

つい先日の22日のブログ記事で、「休校になってもおかしくない」と書いたら、ほんとに休校しちゃった。

≫「入学準備とウイルス問題」

でも、私が言いたかったのは「個人の判断で子どもを休ませてもいいんじゃないですか」ということであって、「休校にすべき」ということではありません。

ていうか、共働きの親やひとり親のケアはどうなってんでしょうね。

 

こういう非常時には特別な権限を発動して、すべての人が集まる施設を閉鎖して、感染者を隔離して……というやり方は効果的ではあるかもしれません(もう遅いけど)。

けれど、それは個人の精神の自由という観点からは肯定できません。

 

もう何度もこのブログで綴りつつ、日々考えていることですが、私は「精神の自由」を大切に思っています。

それは「無法状態」とは違います。

「精神」には「自由」が必要ですが、「法」に「自由」は馴染みません(ちなみに「法」に必要なのは「平等」です)。

 

例えば今回のような場合、個人の自由な判断において学校を休むことにはなんの問題もないと思います。

ただ、前述した共働き家庭やひとり親家庭、その他さまざまな事情によってその「自由な判断」が困難である人々がいます。

「行政」「法」の力はそこにこそ働くべきなのです。

「平等」という概念はそういうものだと思います。

 

「休むことを決められる」ことも、「行動を制限される」ことも、そもそも「健康に留意するように」と指導されることすら、私は不快です。

本当はね。

 

学校(仕事も)を休みたい人がいつでも休めるよう、休むことによって発生する不平等を少しでも失くすのが行政の役目です。

本来そのために私たちは安くない税金を納めているはずじゃないですか。

「これからどうするか」を決めて欲しいんじゃない(決めて欲しいと思っている人たちがたくさんいることは理解します)。

 

しかし、これでいよいよ入学式も怪しくなってきましたね。

ま、簡易にはやるでしょうけど。

うちは参加しないかもしれません。

 

それは全然構わないけど、早くこの嫌な空気が晴れて欲しい。

そしてなんの心配もなく静かに絵本を読む幸せを味わいたいものです。

 

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