【絵本の紹介】「アルド わたしだけのひみつのともだち」【314冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今年亡くなられたジョン・バーニンガムさんとトミー・アンゲラーさんの絵本を読み返す機会が増えました。

私は絵本作家本人とその作品の関連性を考察したりしますが、別に優れた絵本は優れた人間から生まれるとは思っていません(逆も然り)。

けれど、この二人に関しては作品と人間性が実に一致してると感じています。

二人とも、とてもカッコイイ大人の男なんです。

 

今回はバーニンガムさんの「アルド わたしだけのひみつのともだち」を紹介します。

作・絵:ジョン・バーニンガム

訳:谷川俊太郎

出版社:ほるぷ出版

発行日:1991年12月1日

 

簡単に内容をまとめてしまえば、孤独で内向的な少女が、「アルド」という空想上のともだちを心の支えとするお話です。

表紙で女の子と肩を組んでいるのがアルド。

マフラーをした巨大なうさぎみたいな外見。

 

で、率直に感想を申し上げると「暗い」んですね。

書評なんかを見てますと「心温まる」なんてワードが出てきますが、私はあんまり心温まりませんでした。

暗いもの。

 

大型絵本の体裁で、テキストは少なく、絵の余白が目立ちます。

色彩もどこか暗く儚く、危うい脆さを内包しています。

 

さらにアルドが無表情でセリフがなく、どこか不気味な点もこの作品が暗い要因のひとつです。

この暗さは、例えばぬいぐるみと少女の交流を描いた林明子さんの傑作「こんとあき」と読み比べると一層際立ちます。

 

≫絵本の紹介「こんとあき」

 

他の人の目にも見えて、大いに喋って動いて活躍する「こん」の圧倒的存在感に対し、アルドはあくまでも主人公の心の中にのみ存在し、他者には見えないし物理世界に影響を及ぼすこともできません。

この明確な陰陽はなかなか興味深いところです。

 

テキストは少女の独白で語られ、のっけから「わたしはひとりきりで すきなように ときをすごすことがおおい」と内向的。

この少女はあまり外へ出かけたり他の子と遊んだりするのが得意ではないのです。

彼女は自分のことを「とてもとてもうんがいい」と思っています。

それは特別な友だちのアルドがいてくれるから。

学校でいじめられた時、夜中に怖い夢を見て目を覚ました時、アルドが来てくれて安心させてくれるのです。

アルドのことは誰にも話せません。

言っても信じてもらえないことは少女にもわかっています。

けれど、本当にアルドはいるのだということを少女は知っています。

時にはアルドのことをすっかり忘れている日もあるけれど、本当に辛いことがあれば、アルドは必ず来てくれるのです。

 

★      ★      ★

 

少女の内面世界や、精神分析的な考察はいくらでもできますが、それは於いておきましょう。

ここではバーニンガムさんがどうしてあえてこの物語をここまで「暗く」描いたのかについて考えてみます。

アルドと少女の「遊び」のシーンは幻想的というよりも怪奇的で、はっきり言って私には怖いくらいです。

 

そして、ここには私のような大人が内心望むところの「少女の精神的成長」が描かれません。

少女は最初から最後まで内気で孤独であり(最後に他の友達と遊ぶ姿もあるけど)、アルドだけが心の支えである、という認識のまま物語は終わります。

 

そこがこの絵本が「暗い」最大の理由です。

 

大人としては、子どもが想像上の友だちを持つことは理解するけれど、いつかはそこから現実世界へ踏み出して「強く」生きて欲しいと思うことは避けがたいことです。

つまり、アルドの助けを得て、最終的には少女はアルドなしで世界に立ち向かう強さを手に入れるという物語ならば、こう暗くはならないと思うのです。

 

以前紹介した「ラチとらいおん」なんか、まさにそういう絵本です。

らいおん」はアルド同様他者にはおそらく見えませんが、この作品とは比べようもないほど明るい絵本です。

 

≫絵本の紹介「ラチとらいおん」

 

それを承知の上でバーニンガムさんはこういう描き方をしたのでしょう。

それは彼の子どもへの「無条件の承認」という限りない優しさから来ているのです。

 

彼は子どもに「成長しろ」と決して言いません。

内気な子もそうでない子も、そのありのままを受け入れ、認めます。

 

大人たちは子どもが一人遊びをしているとすぐに心配します。

「友だちと遊ぶことは無条件に良いこと」だと言わんばかりに、一人遊びをやめさせ、大勢の中に放り込もうとします。

大きなお世話です。

 

でも、たいていの子どもは素直なので、一応他の子と遊んでみます。

しかし、やっぱりそれは自分の正直な欲求とはずれているわけで、辛いわけです。

放っておいたって、友だちと遊びたくなれば遊ぶものを、周りの大人がそういう余計な手出しをするから、子どもは一人でいること・一人でいたいと思うことがまるで悪いことのように思ってしまいます。

で、余計に内向的になって、隅っこで一人になるわけです。

 

もっと堂々と一人でいたっていいじゃないですか。

一人遊びはちっとも悪いことでも恥ずかしいことでもないんですから。

 

バーニンガムさんはその懐の深さと本物の優しさから、ある種の子どもたちの救いとも言うべきこの絵本を描いたのだと思います。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆

空空寂寂度:☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「アルド わたしだけのひみつのともだち

■これまでに紹介した絵本のまとめはこちら→「00冊分の絵本の紹介記事一覧

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【絵本の紹介】「きゅうりさんあぶないよ」【313冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

私はほとんどテレビを見ないんですが、この前スズキコージさんが出ると聞いて「日曜美術館」を息子と一緒に録画視聴しました。

代替不可能な感性を持った絵本作家・画家。

現在71歳。初めて知ったんですが、緑内障を患われていて、片目を失明されているんですね。

去年亡くなられた加古里子さんも、同じ病気で苦労されていたのを思い出しました。

 

以前「コーベッコー」という作品の記念展でスズキさんとお会いしたことがあります。

 

≫スズキコージ「コーベッコー」出版記念絵本原画展とサイン会に行ってきました。

 

息子はもう忘れているだろうと思ってたんですが、自分あてにサインをもらったこともちゃんと憶えてました。

野外で巨大なキャンバスに素手で絵を描く「ライブペインティング」のシーンが特に気に入って、何度もリピートしてました(見終わると微妙にスズキさんっぽい喋り方になってて笑えました)。

 

とにかく絵の個性が強烈で、読者を選びかねないスズキ作品。

その圧倒的独自性ゆえに絵の仕事も断られることが多く、堀内誠一さんに見出されて絵本の道に入ったものの、不遇の時期も長かったそうです。

 

独特なのは絵だけではなく物語の内容も同様で、ほとんどの作品が従来の絵本の枠組みに収まらないようなハチャメチャな展開と理解しがたい世界ばかり。

絵柄の変遷はあっても、キャラクターのアクの強さは変わらず。

一種黒魔術的な危なさを感じてしまう読者も少なからずいるのではないでしょうか。

 

今回紹介する「きゅうりさんあぶないよ」もまた、とても他の作家には描けない唯一無二の絵本です。

作・絵:スズキコージ

出版社:福音館書店

発行日:1998年11月10日

 

主人公「きゅうりさん」は、きゅうりに顔があり、蔓のようなぐるぐるした手足を持ち、斜め掛け鞄を持ったヘンなキャラクター。

彼が一言も発さずにずんずんと進み続けます。

それに対し、くま、トナカイ、ハリネズミ、やまねこといった動物たちが

きゅうりさん そっちへいったら あぶないよ ねずみがでるから

と注意します。

意味わかりません。

きゅうりさんは忠告を聞いてるのか聞いてないのか、とにかく進み続けますが、動物たちと出会うたびに、彼らの身に付けている物を少しづつもらって装備していきます。

この変化・進化が面白い。

何度もページを行ったり来たりしてしまいます。

帽子、眼鏡、ほうき、手袋、やかん(?)、旗、リュック、エプロン、ローラースケート、ベルト……。

もはや最初の姿からは想像もつかないような変貌を遂げ、最後にはヤギから白いあごひげをもらい(どうやってもらったんでしょう)、ついに件の「ねずみ」と対峙。

 

ねずみはきゅうりさんの神々しい姿を見るなり「あぶない!」と叫んで逃げ出し、きゅうりさんはそれを追いかけます。

 

★      ★      ★

 

自分で書いてても、何だかわからないから、説明されてもわからないでしょう。

一度読んでみるしかない、そんな絵本です。

 

ナンセンスと言えば途方もなくナンセンスなんですが、スズキさんの作品は例えば同じ絵本作家の長新太さんとか佐々木マキさんのナンセンスさとは違う気がします。

長さんの描く絵本は頭の固い大人の怒りを買ったりしますが、スズキさんの場合は怒ることすらできない、といった風でしょうか。

 

これほど異質な作品を描きながら、挑発的な匂いも実験的な意図も感じられないのがスズキさんらしい。

とにかく自分のイメージを素直に表現したら「こうなっちゃったよ」と、自分でも感心してしまってるような気配がします。

 

例の「日曜美術館」で、スズキさんはあまり読者である子どものことは考えてないと話してますが、そうだろうと思います。

子どものことを考えてたらこんな絵本は描けませんよ。

子どもだってこんなのは意味不明です。

 

だけど、子どものいいところは意味が分からなくてもそこにある「おもしろさ」には気づいてくれること。

シンプルに捉えれば、きゅうりさんの装備の変化を追うだけで充分すぎるくらいこの絵本はおもしろいんです。

まるで古臭いRPGゲームみたいにだんだんと重装備になっていって、裏表紙では勇者のように銅像まで建てられている。

なんかわからないけど、こういう「増えて行くおもしろさ」というのは確かにあります。

 

もう結構長い期間「個性を大事に」なんて的外れなことを教育現場で掲げていますが、その割にはこの国には個性的な大人というのは驚くほど少ないです。

むしろ個性的・個人的であれば生きにくい社会ですから、当然と言えば当然です。

 

スズキさんはずっと理解されない孤独や生きづらさを感じてこられたのではないでしょうか。

普通の人はそこで個人的であることを諦めて、周りの価値観に自分を合わせて生きることを覚えるのですが、スズキさんはけっして自分を諦めなかった人なんだと思います。

 

本来人間はこれくらい個人的であっても自由であっても構わないはず。

スズキさんの作品や生き方を見ているとそんな気持ちになるんです。

 

推奨年齢:2歳〜

読み聞かせ難易度:☆

銅像の文字が読めない度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「きゅうりさんあぶないよ

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【絵本の紹介】「わたしいややねん」【312冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回は障害というもの、そしてそれに関わること、私たちの社会の在り方について強烈なメッセージを投げかける絵本を紹介します。

わたしいややねん」です。

作:吉村敬子

絵:松下香住

出版社:偕成社

発行日:1980年10月

 

作者の吉村さんは幼い頃脳性小児まひと診断され、手足に障害を抱え、以後車いす生活をされている方です。

実際の自分の経験や思いを絵本とした作品ですが、「だからどう」という話ではなく、単純に一冊の絵本として非常にインパクトがあり、その実験的とも言える構成には唸らされます。

 

縦21横15程度の小さな絵本。

モノクロで精密に描かれた車いすの絵。

そしてストレートに心情を大阪弁で独白するシンプルなテキスト。

それらが組み合わさり、まるで車いすが語っているような印象を受けます。

 

わたし でかけるのん いややねん

みんな じろじろ見るから いややねん

わたし 宇宙人と ちがうでェ

くさいうんこも きいろいおしっこも でるでェ

なんで 見なあかんのん

先生が いわはった 「強い心を もちなさい 強くなりなさい」って

なにたべたら 強なれんねんやろ

徐々にアップになって迫ってくる車いすに押し潰されそうな気がします。

そしてそれは作者の叫びに押し潰されそうになるということでもあります。

 

そやけど なんで わたしが 強ならなあかんねんやろ―――か

 

★      ★      ★

 

私の息子は重度の近視で弱視の治療中であり、私自身は若い頃に患った突発性難聴によって左耳の聴力をほとんど失いました。

私たちはいわゆる障害者とは認定されていませんし、自分でも自分を障害者とは思っていません。

しかし、ほとんどの人が身体的・精神的に何らかの不自由があることは普通であり、大なり小なり他者の助けを借りて生活することは、さほど特殊な事情ではありません。

 

けれども、法律上は健常者と障害者の間にはラインが存在し、それは必要なことではありますが、同時に私たちの意識に入り込み、互いを分断します。

 

息子と出かけて、車いすの方が近くにいたりすると、息子は興味津々で近づいて行き、「車いすだ!」と大声で叫んだりします。

そんな時どう振る舞えばいいか迷ってしまうのは、私が精神的に未熟で不自由であるからです。

相手に失礼なような気もするし、制止すると息子に偏見を持たせてしまうかもしれないし……などと葛藤があるのは、結局のところ私が車いすの方を変に意識しているからです。

心の底から自由な人間なら、いちいちマニュアルを求めず、その時その時に適した振る舞いができると思うのです。

 

作者の吉村さんがあとがきで願っている「すべての人が、なんでもなく、ふつうに、快適なくらしができるような社会」を実現するためには、私たちひとりひとりが精神的に成長し、自由に解き放たれなければなりません。

人間がひとりひとり違うことを当たり前に受け止め、すべての人に敬意を持って接することができなければなりません。

その点において、日本はまだまだ均質的な価値観に支配されており、精神的に未熟だと感じます。

 

そして同時に、障害者が生活する上での物理的・精神的な支障を取り除くバリアフリー化などの対策も当然必要です。

個人的な意識と社会的な制度。

この二つを並行して考える必要があります。

 

そうでないと、「人間は平等であるべきと言いながら、障害者だけが優遇されているのはおかしい」などというグロテスクな思想が生まれてしまいます。

 

この絵本の絵を担当した松下さんは、吉村さんのサークル仲間であり、車いすを押して歩く友人だそうです。

絵がテキストと融合して雄弁に物語り、作品を見事に成功させていることを見れば、二人の関係がどういうものかはこちらに伝わってきます。

 

40年近く前の絵本になりますが、彼女たちの叫びは今の社会に届いていると言えるでしょうか。

 

推奨年齢:6歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆

直球で響く度:☆☆☆☆☆

 

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