絵本をどう選ぶか。そして、どう読んであげるか。

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

ほぼ毎日、息子に絵本を読み聞かせています。

もういちいち数えていませんけど、家の本棚にある絵本は、そろそろ1200冊を超えたと思います。

 

≫3歳までに絵本を1000冊読み聞かせたら

 

よく尋ねられるのは、

どんな絵本を読んであげればいいんですか?

ということと、

どれくらいの頻度で読んであげればいいんですか?

ということです。

 

けれども、この二つとも、なかなかその場でさっと簡潔に答えにくい質問なんです。

いや、答えるのは簡単なんですが、その理由まできちっと説明しようと思うと、ちょっと時間がかかる。

子どもに関わることですから、いい加減なこと言えませんし、変な方向に受け取られても困ります。

 

今回は、それらについて、普段考えてることを記事にしてみます。

ちょっと長いですよ。

まず、結論だけを先に言えば、

「とにかく何でもいいから、片っ端から、ジャンルにこだわらず、いつでも、何度でも読んであげてください」

ということです。

 

こういうことを言うと、

いや、絵本にも良し悪しがある。悪い絵本はかえって有害であり、子どもには良い絵本だけを読ませるべきである

という意見が出てきます。

 

おっしゃることはわかります。

けど、それは10冊なら10冊と、厳選して絵本を与える場合の話です。

そしてたとえ非常に絵本に精通した人間が厳選したとしても、たった10冊では、子どもが本当に求めている一冊に出会えるとは限らないのです。

 

なぜなら、大人と同様、子どももひとりひとり違います。

私の息子がある絵本が大好きだからといって、他の家の子が同じものを気に入るかどうかはわかりません。

考えてみれば当たり前の話ですよね。

 

どんな芸術的な名作だって、万人に受け入れられるわけではありません。

逆に、世間的には駄作とされている作品でも、ある人間にとっては、大変な感動を与えることだってあります。

 

それはその人のパーソナリティの問題で、他人がとやかく言うことではありません。

こんなことは、大人に対しては当然だと思う人でも、子どもに対しては同じように考えられない場合が多いようです。

 

その理由は、「子どもの好みや性格は形成途上にあり、周囲の大人が与えるものによって左右されるため、大人には良いものを選別して与える責務がある」という考えに基いていると思われます。

でも、それって、「検閲」ですよね?

 

子どもの性格が環境によって大きく影響を受けるのは確かだと思います。

しかし、重要なのは日常的に接する大人の人間性―――子どもに対する理解と寛容さが備わっているかどうか、端的に言ってしまえば「愛があるかどうか」です(偏執的な愛ではなくて)。

 

はっきり言えば、両親が真実の愛に溢れたひとであれば、本や漫画なんて、どんなアブナイものを読んでいようが、子どもの人格が捻じ曲がるようなことはありません(自分自身のことを振り返ってみてください)。

 

ましてや絵本というものは、成功・失敗はあったとしても、大前提として「子どものために」作られたものです。

子どもに「悪い」と言えるほどの影響を与えたりするでしょうか。

 

もし、そんなことがあるとすれば、それは書物の内容の良否よりも、偏りに問題があると思います。

色んなジャンル、色んなスタイル、色んな作家の本を読むことで、(世間の大人が好んで口にするところの)「広い視野を持った」人間に育つのではないでしょうか。

あと、もうひとつ言っておきたいのですが、いくら大人が頭を悩ませて絵本を選んだところで、小さな赤ちゃんならいざ知らず、子どもは自分が読みたくないものは絶対に読みません。

どんなに名作とされる絵本でも、絶対に。

これは自分の読み聞かせ経験から、確信を込めて言えます。

 

本来、子どもは心と行動が分裂していません。

「嫌なものは嫌」なのです。

それを大人が力づくで言うことを聞かせれば(それでも絶対に折れないあっぱれな子どももいますが)、それが精神病の第一歩です。

 

もちろん、食べ物と同じで、自然な成長過程で、好みも変化します。

以前は嫌いだったものが食べられるようになるのと同様、読まなかった絵本を、ある日急に手に取ることもあります(これも自分の経験上、何度もありました)。

 

食べ物を例に出したのでついでに。

いくら好き嫌いのないようにと言っても、乳離れしたばかりの赤ちゃんに、とびきりスパイシーなものや固いものを与えはしないでしょう。

同じように、最初から字が多すぎる絵本や、情報量が多すぎる絵本を与えるのも避けた方がいいです。

それは偏りのない読書とは次元の違う話です。

 

以上のようなことを踏まえて、私たちは常に子どもを注意深く観察しなければなりません。

面倒なことです。

 

だから愛が必要なのです。

 

「厳選した絵本を」と唱える人の中には、「読んで無駄な絵本は読みたくない」という、「費用対効果」の考えがあるかもしれません。

もちろん、経済的な理由もあるでしょう。

でも、そんな人でも、絵本よりもずっと高額な知育教材を購入したり、幼児教室に通わせたりするのです。

 

絵本を毎日読むなんて、そんな手間暇がかかる割には何の役に立つのかよくわからないことより、確実に早く成果(?)が上がる教育に重きを置いているということでしょうか。

 

今までも何度か書きましたが、子どもにとって絵本を読んでもらうことは、愛情の確認作業でもあります。

近しい大人の体温や肉声を感じること。

時間を共有すること。

感情を共有すること。

「自分は愛されている」という確信を得ること。

それらは、絵本の内容以上に、子どもの成長にとって大切です。

 

愛というものは、単なるきれいごとではなくて、人間が成長する上で必要な要素だと思います。

そういう意味では、非常によくできたシステマティックな仕組みと言えるかもしれません。

 

だからこそ、たとえ子どもへの愛がなくとも、毎日絵本を読み聞かせているうちに愛を知る、という現象も起こりうるのでしょう。

これも、自分の経験ですが。

 

 

■えほにずむでは、このブログで紹介した以外にも、たくさんのよい絵本を取り扱っております。ぜひ、HPも併せてご覧ください。

絵本の買取依頼もお待ちしております。

〒578−0981

大阪府東大阪市島之内2−12−43

URL:http://ehonizm.com/

E-Mail:book@ehonizm.com

読み聞かせという英才教育

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回は、日本ではあまり(というか全然)知られていない話を紹介します。

 

韓国の出版業界では、2000年代以降、絵本・児童書が急速な成長を見せています。

1990年ごろに「こどものとも」編集長の松居直さんが韓国に渡った時、そこで力のある絵本作家が育ちつつあるのを実感したそうですが、それから現在に至るまでの間に、新人作家の台頭はもちろん、出版社の製本・印刷技術も比べ物にならないほど向上したようです。

 

これは、出版社や親世代の、子どもの教育に関する意識の高まりの結果ですが、その火付け役となったのは、ある出版社の男性が世に出した育児本です。

 

その男性は息子に、早期の集中的な絵本読み聞かせを実践したのですが、その結果、息子は非常な本好きとなり、速読を身に付け、小学生にして百科事典の記述違いを訂正するアルバイトをこなしたそうです。

この逸話が韓国メディアで取り上げられ、反響を呼びました。

 

彼の本を読んで感銘を受けたキム・ソンミさんという女性がいます。

彼女もまた、娘のハウンに読み聞かせを行いました。

 

ハウンはやはり早くに読書を覚え、母国語に加えて英語を操り、中学生にして、大学教授らに交じって科学セミナーに参加し、その後に発表した感想論文では、並みいる大人を退けて堂々の最優秀賞に輝きました。

ここで特筆すべきは、ハウンの英才ぶりは学問的な分野だけにとどまらないということです。
彼女は何でも独学で身に付けてしまうのです。

娘が音楽に興味を持ったというので、キム・ソンミさんがギターを一本買い与えると、ハウンは演奏法や譜面の本を読み漁り、あっという間にギターを弾きこなします。
ダンスに興味を持てば、ダンスの動画をただじっと観ているだけで、プロ顔負けの踊りっぷりを披露して、母親を驚かせます。

並外れた集中力・記憶力・理解力・想像力・模倣力のなせる業ですが、これらの能力はやはり、読み聞かせによる効果なのです。

 

もちろん、ただ漠然と読み聞かせていても、ここまでの成果は望めません。

彼女らの読み聞かせの法則は、

・生後半年以内のごく早い時期から

・とにかくたくさんのジャンルの絵本を

・何度でも繰り返して

読み聞かせるということです。

 

私自身も息子に1000冊以上の読み聞かせを行いましたが、彼女らの話を大いに参考にしています。

 

≫3歳までに絵本を1000冊読み聞かせたら

≫絵本でつながるコミュニケーション

 

日本でも子どもの教育についてはやかましく言われていますが、学校教育はすでに行き詰まりを見せているように思います。

というより、学校のシステムを問題にするより、就学以前の家庭環境を問題視すべきではないでしょうか。

 

個人的には、血眼になって子どもに塾通いをさせる時代はもう終わりのような気がします。

それよりも、もっと人間的な能力の開花に目を向けるべきでしょう。

 

日本でも、これからもっと絵本の読み聞かせが見直される時代が来る……というのは、絵本屋の希望的観測でしょうか?

 

 

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絵本専門の古本屋 えほにずむ

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絵本でつながるコミュニケーション

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

昨日から読書週間だそうですね。

我が家は年中無休で読み聞かせ中ですので、特に意識することもありません。

 

≫「3歳までに絵本を1000冊読み聞かせたら」

 

一日に読み聞かせる量ですが、別に決めてませんし、息子次第です。

最近は電車図鑑ばっかり見てますので、あんまり絵本をリクエストしてはきませんね。

それでも、新しい絵本を仕入れてくると、必ず一度は読んでもらいたがります。

 

子ども部屋の本棚は、息子が自分で手が届く高さにしてあります。

たまに自分で引っ張り出して黙読してます。

ただ、文字が読めるからといって、「自分で読みなさい」とは絶対に言いません。

そもそも、絵本というものは、本来自分で読む本ではないんですね。

 

「読んでもらう」人間と「読んであげる」人間がいて、初めて絵本は真の意味で存在できます。

自分以外の誰かの存在が、絵本の本当の扉を開いてくれるのです。

 

文字を目で追うことと、絵に集中しながら耳でことばを聴くことの間には、それくらいの違いがあると思います。

すぐれた絵本は、「声に出して読む」時のことを考えて文章が練られています。

絵本をたくさん読み聞かせたら、2歳以前から自分で本を読めるようになった、という話をすると、「じゃあ、うちも」と、興味を持ってくれる人もいます。

しかし、

でも、私自身はあんまり本が好きじゃないし、読み聞かせも下手だし……。正しい発音の朗読CDをかけっ放しにしておいた方がいいんじゃない? 楽だし

という考えは、本末転倒です。

 

私も、初めは読み聞かせが下手でした。

今も下手です。

でも、3年間毎日読み聞かせているうちに、子どもの反応を感じ取る力はついたように思います。

初めのころはただただ一方通行だった読み聞かせが、子どもを観察しながら、退屈そうにしてたら声音を変えてみたり、絵に見入っていると思ったら長めに間を取ったり……といったことができるようになりました。

 

子どもの発する微細なシグナルを、ちゃんと聴いてあげること。

聴こうとしてあげること。

そうすれば、子どもは必ず自らを表現しようと、扉を開けて出てきます。

その時に、これまで耳から取り入れたことばを、今度は外に向かって解き放つのです。

 

絵本による親子の交流とは、こういうことだと思います。

コミュニケーションを学ぶのは子どもだけではなく、親も同じなのです。

 

いくら「正しい」朗読であっても、CDや動画から子どもがコミュニケーションを学ぶことはありません。

たとえつたない読み聞かせであったとしても、子どもはあなたの肉声を求めているのです。

他ならぬ自分に向けられたメッセージを聴き取ろうとしているのです。

 

この読書週間、「読む」以外にも、「読んであげる」「読んでもらう」楽しさにも触れてみませんか?

 

 

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3歳までに絵本を1000冊読み聞かせたら

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

私には3歳の息子がいます。

0歳の時から、ほぼ毎日、絵本を読み聞かせています。

我が家の読み聞かせルールは、「子どもが望むとき、望んだ分だけ、いつでも、何度でも読んであげる」です。

 

そうして、3歳までに読み聞かせた絵本は1000冊を超えました(1000回読んだ、でなく、1000種類の絵本、という意味です)。

2〜3回しか読まなかった絵本もあるし、それこそ何十回となく読んだ絵本もあります。

 

ただし、強制は絶対にしません。

読んでみて、反応がもうひとつだな、と思ったら、話の途中でも中断して、ほかの遊びをします。

逆に、子どもから「読んで」と言われたら、自分が何をしていても、絵本へ向かいます。

夜中じゅう繰り返し読み続けたこともあります(後半は睡魔のあまり読み間違えだらけでしたが……)。

 

以前にも幼児への早期教育や、集中的な読み聞かせについての記事を書きましたが、3歳くらいまでの子どもの吸収力というものは凄まじいものがあり、8歳にして6か国語を自由にしたドイツのカール・ヴィッテや、また、時には重い障害すら克服してしまったニュージーランドのクシュラのような例もあります。

 

読み聞かせはいつから?

クシュラの奇跡

 

子育てはどこで終わりというものではなく、成功・失敗がはっきりしたものでもありません。

ですから、途中経過はあくまで途中経過ですが、読み聞かせ育児というものの一つの参考事例として、息子の成長について、ここに紹介してみます。

 

息子は、1歳を少し過ぎたころには、平仮名・カタカナ・アルファベットを識別し、1歳半には文章を読めるようになりました。

特に教えてはいませんが、いつの間にかローマ字も判読するようになっていました。

たまには自分で絵本を読むこともありますが、基本的には読んでもらいたがります。

絵本を元ネタとした遊びをしたがります。

時にはこぐまちゃんになり、時にはうさぎになり、ロボットになり、絵本のセリフを諳んじます。

記憶力は相当いいようで、一度読んだだけの絵本のタイトルや内容も実によく覚えていて、こっちがついていけないこともしばしばです。

 

語彙が豊富で、単語ではなく長文を作って会話します。

割と的確な言葉を使います。

替え歌が大好きで、いろいろ作っては歌っています。

 

言葉が豊富だということは、感情表現も豊かだということに繋がります。

単に泣きわめくだけでなく、自分がどういう気持ちなのか、どうして欲しいのか、懸命に言葉を探しているようです。

ですから、滅多に癇癪は起こさないし、気分の切り替えも早いです。

 

少々親の欲目が入っているかもしれませんが、そんなところです。

今後この子がどう育っていくのかは、まだまだわかりません。

しかし、現時点でのこれらの成長と絵本の読み聞かせは、けっして無関係ではないと思っています。

 

ただ、誤解していただきたくないのですが、私は息子を東大に入れたいとか、学者にしたいとか考えているわけではありません(そうなってくれても一向に構いませんが)。

子どもには、将来、自分の人生を満ち足りたものとして、肯定的に、主体的に生きて欲しいと願っています。

そのために最も重要な土台となるのは、幼児期の愛情だと思っています。

 

赤ちゃんにとって、無条件に愛されていることが、あらゆる人間的資質の開花のための栄養分なのです。

絵本を読んでもらうことは、愛情の確認作業でもあります。

どんな時でも拒絶せずに読んであげることで、「あなたはいかなる時でも無条件に愛されている。あなたにはそれだけの価値がある」と、子どもに伝えているのです。

そして、子どもが親に対して真に求めているものは、まさにそのメッセージなのです。

 

子どもの早期教育と言って、高価な教材を購入したり、有名幼稚園に通わせようとするなら、手間と時間を惜しまず、子どもに絵本を読んであげましょう。

 

 

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クシュラの奇跡

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむ店主です。

 

当店では子どもへの読み聞かせを推奨しています。

絵本の持つ力は、子どもの可能性を最大限に引き出すことができます。

その効果を要約すると、

 

・物語を通して、感情が豊かになる。共感能力が発達する。
・色んな言葉に触れ、語彙が増える。表現力が発達する。
・親子のコミュニケーションが深まり、情緒が安定する。
・読書習慣が身に付き、集中力・記憶力・想像力などが発達する。

 

といったところでしょうか。

 

しかし、これらは読み聞かせによる効果の、ほんの一部でしかないのかもしれません。

 

というのは、絵本の読み聞かせを集中的に行ったとき、子どもの中でどんな化学反応が起きているのかは、まだ現代科学では解明しきれない部分もあるからです。

 

そしてその未解析の領域で起きたことは、われわれの目に奇跡のように映ることがあります。

 

そんな例をひとつ紹介したいと思います。

 


 

1971年、ニュージーランドに、ひとりの女の子が生まれました。
名前はクシュラ。
彼女は生まれつき染色体に異常を持っていました。
その影響は複雑で重く、クシュラは視力・聴力・形態・内臓機能・知能・運動能力などに障害を抱えることになったのです。

絶え間ない感染と、果てしのない病院通い。

年に何度も危篤状態に陥るクシュラ。
絶望的な状況の中で、それでも両親は子どもの可能性を信じました。
そして、昼夜問わずほとんど眠れないクシュラを抱いて、絵本の読み聞かせを始めたのです。

ほとんど反応というものを見せなかったクシュラが、絵本には強い関心を示しました。
母親は何度も何度も繰り返し、本によっては100回以上も読み聞かせを続けました。


溢れるイメージと言葉の洪水。

絵本の海の中で、クシュラは障害を跳ね除け、成長していきました。


そして3歳になったころ、クシュラは健常児の平均以上の知能と豊かな感情を持ち、走り回ることさえできるようになっていたのです。
そして学校にも通い、成人してからは自立し、現在でも元気に生活をされているそうです。

絵本の力と、両親の超人的な忍耐と努力が、みじめなものになりかねなかったクシュラの人生を変えたのです。

 

クシュラの母親は、娘が3歳になるまでに140冊の絵本を読み聞かせたそうです。

 

私はクシュラに起こった「奇跡」を、単に絵本の朗読による知能と感情の発達、とだけ捉える気にはなりません。

 

絵本というものは読んでもらう本であり、読んであげる本です。

他者の存在なくしては読めない本なのです。

 

ことばのわからない赤ちゃんが、どうして絵本を読んでもらいたがるのでしょう。

それは、近しい大人の体温や肉声を感じたいからです。

絵本を読んでもらうことは、赤ちゃんにとって、自分が無条件に愛されていることの確認でもあるのです。

 

愛されているということは、生きる力そのものです。

愛が不足したと感じると、時に人は死ぬことすらあります。

その逆も真でしょう。

 

クシュラは障害を問題にしないほど明るく快活で、生きることに前向きな、周囲の人間を楽しくさせるような魅力的な女性だそうです。

彼女のそんな性格を育んだのは疑いもなく、140冊の絵本とともにたっぷりと与えられた、両親の愛情だと思います。

 

■クシュラが大好きだった1冊、「ガンピーさんのふなあそび

独特の細かい線のタッチと、温かみのある色使いの絵が印象的です。

 

お話は、ガンピーさんというおじさんが、ふねでおでかけをするところから始まります。

川辺から、男の子と女の子、うさぎ、いぬ、ねこ、ぶた、ひつじ、こうし、にわとり、やぎが次々に「乗せて」と寄ってきます。

ガンピーさんは「いいとも、けんかさえしなけりゃね」「とんだりはねたりしなけりゃね」「うさぎをおいまわしたりしなけりゃね」「ねこをいじめたりしなけりゃね」……と、それぞれに一言注意を与えながらも、みんなを乗せてあげます。

 

すぐれた絵本にはこの手の繰り返し要素が盛られているものです。

子どもは、次々に乗り込む動物たちを見ながら、やがて来るであろうクライマックスを予感します。

 

その予想を裏切ることなく、やっぱり動物たちは騒ぎ始め、子どもたちはけんかをし、ふねは揺れて、ひっくり返ってしまいます。

しかしこんな目にあっても、ガンピーさんは一言も怒らず、体を乾かした後、

「かえりは のはらを よこぎって あるいていくとしよう」

「もうすぐ おちゃの じかんだから」

と言います。

 

これは、読んでいる側の大人としては、肩透かしを食ったような気にさえなります。

物語的には、ここでガンピーさんは怒って教訓のひとつも垂れて、子どもたちが反省して……となるはずだからです。

 

もし自分がガンピーさんなら、「だから言ったでしょ!」「もう乗せてあげないよ!」と大きな声を出したくなるところではありませんか。

 

決して声を荒げて怒ったり、くどくどとお説教をしたり、感情的になったりせず、でもちゃんと自分たちのことを見ていてくれている。

ガンピーさんがそういう本当の「大人」だからこそ、子どもたちも動物たちも、彼のそばに寄ってくるのでしょう。

 

そして最後の、限りなく優しいガンピーさんの一言。

 

クシュラもきっと、甘やかな気持ちでこの絵本を読んでもらっていたのだろうと思います。

 

 

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