【絵本の紹介】「ぽちのきたうみ」【331冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

夏休みに入った子どもたちも多いでしょう。

大人になってからの7〜8月なんてあっという間に過ぎ去ってしまいますが、同じ時間なのに子どもの頃は物凄く長く感じたものです。

 

今回はいわさきちひろさんの「ぽちのきたうみ」を紹介します。

作・絵:岩崎ちひろ

案:武市八十雄

出版社:至光社

発行日:1974年

 

いわさきさんについては過去記事も併せてお読みください。

≫【いわさきちひろ特別展】「生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。」に行ってきました。

 

案:武市八十雄」となっていますが、案とは作品のテーマとか方向性のようなものを示すことでしょうか。

作家にインスピレーションを与えるような意味かもしれません。

 

武市八十雄さんは有限会社至光社という出版社を創設された方で、松居直さんや佐藤英和さんらと共に戦後絵本界を支えた重鎮です。

絵本に魅せられて」(佐藤英和・こぐま社)で、上記の三名の座談会で、武市さんが目指す絵本の方向性について語られています。

 

「こどものとも」などを手掛ける松居さんが物語性を重視するのに対し、武市さんは感覚的な印象を重視し、絵本でなければできない表現にこだわります。

いわさきさんと共に生み出した志光社のシリーズでは、「考えさせる絵本よりも感じさせる絵本」を作ろうとした武市さんの信念が如実に反映されています。

 

それはもちろんいわさきちひろという類まれな才能によるところも大きいでしょう。

特にこの「ぽちのきたうみ」は、いわさき絵本の一つの到達点と呼べると思います。

それくらい絵の完成度が高い。

 

主人公の「ちいちゃん」が夏休みにお母さんと一緒におばあちゃんのいる海へ遊びに行くのですが、愛犬の「ぽち」を置いて行くことが気がかりで、心から楽しめないでいます。

すると、後から来たお父さんがぽちを連れてきてくれて大喜び。

それだけのストーリーですが、短いテキストから子どもの心情が切ないほどに伝わります。

淡い色彩によって描かれる、いわさきさん独自の輪郭のない黒目だけの子ども。

物理的存在感をぼかすことで、子どもの微細な感情や心魂が際立ちます。

そしてこの海の絵。

色彩の重なりや掠れ、滲みなどの変化によってこれほど雄弁な海辺の情景が描き出されるのは圧巻の一言。

 

しかも、空と海の色を変化させることで時間の流れも表現しています。

ぽちが到着してからの生き生きとしたちいちゃんの様子は、手足の動かし方の大きさで表現されています。

 

★      ★      ★

 

志光社のシリーズ絵本は同じ「ちいちゃん」を主人公にした「あめのひのおるすばん」「となりにきたこ」「ゆきのひのたんじょうび」などがありますが、どの作品も晩年のいわさきさんの完成された画力に圧倒されます。

いわさきさん自身も愛犬家として知られており、ちいちゃんは彼女自身のようです。

 

上で触れたように武市さんと松居さんの方向性は違いますが、二人はお互いを認め合い、それぞれ別の道を歩むことで日本の絵本界の可能性を拓いて行ったのです。

武市さんは座談会の終わりに「われわれはいちおうベースキャンプを作ったんだから、それから先へ上がるのは次の時代のエディターだ」と、次世代の絵本を担う人々への期待を込めて語っています。

 

それからもう40年近い月日が経ち、武市さんも2年前に逝去されましたが、果たして今の時代を天国からどう見られているのでしょうか。

 

推奨年齢:3歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆

表現力度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「ぽちのきたうみ

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【絵本の紹介】「キスなんてだいきらい」【330冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今年2月に87歳で亡くなられた絵本作家、トミー・ウンゲラー(アンゲラー)さん。

彼の作る独創的な絵本作品の数々は、世界中で支持されました。

 

ウンゲラーさんの凄みは扱いづらい特殊な題材(犯罪者、異星人、ヘビ、タコ、人喰い鬼……)を次々に取り扱いながら、まったく失敗しないところでしょう。

同時に、大人がギョッとするような過激で辛辣な鋭い風刺性を持ち合わせているのに、それを絶妙なさりげなさで絵本の中に溶け込ませてしまっている点も彼ならではのセンス。

 

本来なら頭の固い大人たちが怒り出しそうな作品も、ウンゲラーさんの筆にかかれば何となく黙ってしまいます(本当に黙ってたかどうかは知りませんけどね)。

 

今回はウンゲラー作品の中でも個人的に最もお気に入りの一冊を紹介しましょう。

キスなんてだいきらい」です。

作・絵:トミー・ウンゲラー

訳:矢川澄子

出版社:文化出版局

発行日:1974年3月20日

 

今度は不良が主人公。

「いたずらっこ」というレベルではなく、不良です。

それもカッコイイ不良。

ウンゲラーさんの題材選びが独特っていうのはこのへんです。

絵本で扱いづらい不良少年を持ってきて、喫煙シーンまで描いちゃう。

 

この主人公のねこのパイパーくん、年齢は不明です。

中学生くらいかもしれないけど、いたずらの内容が割と子どもっぽいから、もしかしたら小学校高学年かも。

「母親の愛情が煩わしく感じ始める思春期の少年」の物語なんですけど、登場人物のセリフがいちいちウィットに富んでいて、映画みたい。

これは一つには訳者の矢川さんの力によるものかもしれません。

 

パイパーのお母さんのポー奥さんは息子にべったりで、いつまでたっても坊や扱いするタイプの女性。

朝は息子をキスで起こします。

そんなお母さんが嫌でたまらないパイパー。

せっかく おとなぶってるのに すぐ じゃまして、こまらせるんだ」だそうです。

 

お父さんはもう今では絶滅種となった威厳ある家長タイプ。

妻と息子のいさかいを、一言で黙らせます。

 

そして後で息子と男同士の会話。

おれの おふくろも おれの おやじの おふくろも そんなふうだった。まあ、いいこに なってて やれよ

渋い。

 

さて、学校でもパイパーは有名な乱暴者。

けど成績は優秀。

ただの頭の悪い不良とは違うわけです。

 

休み時間に不良仲間のジェフと喧嘩になります。

このシーンがまた、ぬるくない。

ジェフの 左目は はれあがり、パイパーの 左耳は ちぎれかけ、どくどく ちが とまらない

ここまで徹底的。

 

そして、

ひでえ ざまだな。まあ、いっぷくしろよ

と、ジェフが葉巻とライターを取り出して仲直り。

 

パイパーはこれもまた濃いキャラクターの看護婦のクロットさんに耳を縫い付けられ、包帯でぐるぐる巻きにされます。

痛そう。

 

昼休み、息子をランチに連れ出そうと学校へやってきたポー奥さん。

息子のひどい姿を見て、息も止まらんばかりに動転し、キス責め。

かわいい かわいい ぼうや どうして そんな めに あったの? はやく おいしゃさまへ、びょういんへ!

 

仲間の前で恥をかかされ、パイパーは激怒します。

ひとまえで キスするなよ。キス。なんでも キス。いやなんだ。きらいなんだ

この騒動を聞いていたタクシーの運ちゃんが、

おふくろさんに あんなこと いうもんじゃない。はずかしいと おもえよ

そこでポー奥さんも怒りが湧いてきて、

そうよ。まったくだわ

と初めて息子にビンタします。

 

気まずい昼食の後、パイパーは学校からの帰り道で花屋に寄り、黄色いバラを買います。

そして家に帰って、もう何でもない様子で振る舞っている母親にバラを贈ります。

まあ きれい、びっくりしたわ。これ あたしに くれるの?

そうだよ。でも ありがとうの キスだけは ごめんだ

そこで二人ともにっこり。

 

★      ★      ★

 

「本当はお母さんが大好きなんだけど、うまく表現できないでいる息子」の物語、というような書評を見ますけど、それはちょっと違うような気がします。

パイパーは本気でお母さんから離れたがっています。

憎いわけじゃないし、本当は感謝しなければならないこともわかっている(頭はいいから)けど、それでもどうしても、母からの愛情を遠ざけたい。

 

これは別に特殊な感情ではなく、思春期の、特に男の子は多かれ少なかれ共感できる気持ちでしょう。

誰が悪いわけでもなく、少年が大人になるために通らざるを得ない道なのです。

 

早く大人になりたくて、気分はもう一人前の男で、仲間たちの中ではそう振る舞っているけれども、家庭ではそうはいきません。

そこではどうしても子どもとしての役割を与えられます。

その分裂に子どもの自我は堪えられないわけですが、かと言って、実際にはまだ大人の庇護下でしか生きられない現実も見えています。

結局彼に残された自由は反抗的な態度を取ることぐらいなのです。

 

「いいこに なってて やれよ」という父親の言葉のように振る舞えるのは、大人になってからです。

母親の呪縛(と感じているもの)から逃げ出して、そしてそんなものに囚われなくなってからもう一度戻ってきて、その時初めて母親と正常な関係が持てるのです。

 

母親に逆らえないのも、逆に反抗するのも、形は違えど「マザコン」です。

母親を一人の人間として客観的に見れるようになるまで、すべての男性はマザコンなのです。

 

しかし、最近では母と息子の関係性も時代と共に変化してきたような気もします。

たまにですが、母親と手をつないで買い物に行く高校生くらいの男の子を見かけるんですね。

いい悪いでなく、私だったら絶対できなかったと思います。

少年の成熟が遅くなったのか、それとも早くなったのか、興味深いところです。

 

うちの息子は現在のところ母親が大好きで(その割によくケンカしてますけど)、恥ずかしげもなくイチャイチャしてますけど、やがてはパイパーくんのようになるのでしょうか。

それとも、ずっと今のままでしょうか。

いずれにせよ、妻はポー奥さんとはまるで違う性格ですので、息子が離れてくれると喜ぶだけだと思いますが。


テキストばかり褒めましたけど、絵の方ももちろん楽しみがたくさんある作品です。

パイパーがトイレで読んでる漫画、朝食の席で自分が曲げたフォークを隠すパイパー、黒板の数字、町の人々……。

これらはテキストに登場しない部分で、絵を見なければわからないようになっています。

やっぱりウンゲラーさんは名手であるとため息が出ますね。

 

関連記事≫絵本の紹介「すてきな3にんぐみ」

≫絵本の紹介「へびのクリクター」

≫絵本の紹介「月おとこ」

≫絵本の紹介「ゼラルダと人喰い鬼」

 

推奨年齢:5歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

会話のセンス度:☆☆☆☆☆

 

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【絵本の紹介】「がいこつさん」【329冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回紹介するのは「がいこつさん」です。

作・絵:五味太郎

出版社:文化出版局

発行日:1982年5月2日

 

一目でわかる特徴的なイラストは五味さん独特の味。

本人はよく自分は絵が下手だと言ってますが(林明子さんと比べたりするから……)、そんなことはないと思います。

この「がいこつさん」なんか、すごく可愛いです。

足の曲げ方とか、表情(?)とか。

 

もともと、絵本の絵とは上手であることが重要なのではありません。

上手に越したことはないかもしれませんけど。

五味さんは絵よりも絵本の構造的な部分で毎回手法を変えてきます。

この作品では、テキストの語り手が、主役である「がいこつさん」と掛け合いをするというメタ的な表現がされています。

 

何かが気になって眠れないがいこつさん。

なにか 忘れているような 気がする……

語り手が「ちゃんと思い出さないと いつまでたっても ねむれませんよ」と言うと「それも そうだな」と、がいこつさんは起き出して考え始めます。

 

この語り手とは作者なのか、読者なのか、神様なのか、それともがいこつさん自身の心の声なのか、その辺はわかりません。

思い出せないがいこつさんは外へ散歩へ出かけます。

さっぱりと いい天気」と書いてますが、何だか夜中みたいに見えます。

暗めの青を基調にした色使いのせいで、もちろん意図的なものでしょう。

病院に 予約してあったかな

頭を さっぱりするの 忘れていたかな

などと呟くがいこつさんに、語り手は「まさか」とツッコミを入れ続け、そのたびにがいこつさんは「それも そうだな」。

デパートをあてもなくうろつき、最後にトイレへ。

もちろんがいこつさんはおしっこなんかしません。

でも、最後に鏡を見て気づくのです。

忘れていたのは……。

 

★      ★      ★

 

五味太郎さんらしいシュールさ満載の世界。

色調は暗めでも、少しも怖くもないし、がいこつさんのキャラクターもいい。

何を言われても「それも そうだな」と受け流す淡泊さの内には、すでにこの世から解き放たれた存在ゆえの涼やかな達観があるのでしょうか。

 

もう何も必要ではないがいこつさん。

語り手との愉快な掛け合いの中に、ほんのちょっぴりの寂寥感が隠し味として含まれています。

 

誰かがどこかで 待っているの 忘れていたかな

いやいや、もうそれはない。たしかに 待っていたひともいたけれど、それはもう ずっと昔の話

 

オチについては一応伏せておきましたけど、別にオチが重要な絵本ではありません。

だいたい予想できますし、絵本に慣れた読者ならちゃんと見返しの絵を見るので、すぐにピンとくるはずです。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆

口を開けたがいこつさんの可愛さ度:☆☆☆☆☆

 

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