子どもの弱視について

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

夜は寝ないし、好き嫌いは多いし、およそ健康的な生活を営んでいるとはいえない我が息子ですが、これまで大きな病気もなく、元気なところだけは本当にありがたいと思っていました。

彼が生まれる前、「とにかく五体満足で、健康であれば何もいらない」という月並みな親の気持ちを痛いほどに実感したものですが、その願いが叶って、本当にこれまで健やかに成長してくれました。

 

ただひとつ、以前からずっと気になっていたのは視力の問題です。

 

絵本に埋もれるようにして暮らしている息子ですが、読むときにかなり顔を近づける癖がありまして、姿勢もよくありません。

また、たまにテレビを見る際にも、字幕などが流れると画面に近づこうとします。

妻が随分と気にして、またその癖を直そうとしてきたのですが、どうも遠くが見えていないようなのです。

 

3歳児検診の時に視力検査を行いましたが、本人がまともに検査をやろうとしないこともあり、正確な結果は出ませんでした。

先生は「まだ視力は発達途中だし、様子を見ましょう」。

 

それでずっと気を付けつつ様子を見ていたのですが、やっぱりおかしいと思い、去年の暮に眼科へ連れて行きました。

その結果、両目とも近視で、なおかつ弱視であると診断されたのです。

 

弱視とは、ピントを合わせる機能が未発達なために、眼鏡をかけても矯正視力が出ない状態です。

近視に限らず、遠視や斜視であったり、片目だけ弱視だったりのケースがあり、子どもの50人に一人の割合で発見されるといいます。

治療方法は、治療用の眼鏡をかけたまま生活すること。

今の状態では眼鏡をかけても0.1程度の視力しか出ませんが、ピントの合った状態に慣れさせることで、徐々に弱視を克服していくそうです。

とりあえずは「眼鏡で1.0」が出ることを目標に。

 

子どもの視力は8歳くらいまでは成長するので、早期発見すれば治る確率は高いそうです。

とは言うものの、やはりショックでした。

 

ことに妻の精神的打撃は物凄く大きかったです。

もともと不安感情が強く、常に心の負担と戦っている人です。

子どもを持ちたいと私が言った時、「こんな恐ろしい世の中で子どもを産むなんて、自分にはとても無理」だと言った人です。

 

どうしても息子のことは「自分(と私)のせいだ」と考えてしまう人です。

もちろん子どもに対する責任感は強い方がいいのですが、彼女の場合、自分を責めすぎる傾向があり、問題は彼女自身がそれに耐えられるだけ強くないことです。

 

眼科医さんが、5歳半での弱視の発見は決して遅いことはない、就学するまで気づかないケースも多いと言ってくれても、「どうしてもっと早く連れてこなかったのか」「3歳児検診の時に連れてくるべきだった」「ずっとサインは出てたのに」と自分(と私)を責めずにはいられません。

 

また、弱視や近視の原因というのははっきりと特定はされておらず、遺伝による影響が最も大きいようなのですが、「本を近くで読ませ過ぎたのかもしれない」と考えずにはいられないようです。

 

それに関しては私も考えてしまうところではあります。

私たちがやってきた育児のせいで息子の目が悪くなったのかどうかについては、現時点で結論を出せることではないものの、やはり思い返せば「あれもこれも」と思い当ってしまいます。

 

そして、今にして思えば、息子が公園に行っても他の子たちと活発に遊ぼうとせず、砂遊びばかりしていることや、あれほど好奇心が旺盛な割に動物園や水族館では思ったほど興味を示さなかったことなど、原因はそもそも「あまり見えていなかった」からなのでしょう。

また、人の多いところへ行くとよく他人を親と間違えたり、部屋の中で落としたものを見つけられなかったりしたのも、視力の問題だったのかもしれません。

そうとは知らずに、物を踏んだりするたびに叱っていたことを、妻は激しく後悔し、いたたまれない気持ちになっているようです。

 

この年末年始、私は息子と妻の両方が心配で、言い知れぬ苦しみを味わいました。

 

けれど、妻には「責任感がない」と言われそうですが、私は過去を悔やむのは苦手です。

これからやるべきことをできる限りやるしかありません。

 

弱視の治療で気を付けるべきは、「可哀そうだから」と眼鏡を外したりしないこと。

入浴や就寝時以外はとにかくずっと眼鏡で生活することで、早く慣れさせる必要があるのです。

 

また、子どもですから眼鏡の扱いが下手で、すぐにフレームを歪めたりしますが、ずり落ちた状態でかけていることも含め、「正しい位置で」かけていないと治療の意味はありません。

だから、眼鏡屋さんを選ぶ際はできるだけ近所の方がいいと思います。

 

私たちも悩んだ上で近所の眼鏡屋さんにしましたが、正解だったと思います。

すでに何回もフレームを直してもらいに行ってます(タダです)。

 

家では、妻は今まで以上に息子につきっきりで、常に眼鏡の位置を気にしています。

幸いなことに、息子は眼鏡自体は嫌がっていないようです(「のび太と同じ」が嬉しそうです)。

嫌にさせないのも親の役目だと思います。

私としては、眼鏡をかけることが「可哀そうなこと」「嫌なこと」「ダメなこと」という気配を絶対に出さないように気を付けています。

 

そんなわけで、5歳になってからもっと大変さが増した育児ですが、今こそ私がしっかりしないといけない時期だと思って自分を励ましております。

 

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2019年 あけましておめでとうございます

 

謹んで新年のお慶びを申し上げます。

絵本専門店・えほにずむの店主です。

本年もよろしくお願いいたします。

一昨年・去年と身体的・精神的にハードな年始を過ごしましたので、今年は息子も落ち着いてきたことだし、そろそろのんびりとした正月を迎えられるかな……と思っていたんですが。

これがまた、例年になくしんどい年末年始でした。

 

ちょっと色々ありまして。

そのせいで妻の精神状態も思わしくなく。

 

息子を連れて公園ばっかり行ってましたね。

長居公園、住之江公園、大泉緑地。

大泉緑地は初めて行ったけど、かなり良かったです。

遊具が実に充実してます。一日中遊べます。

正月らしいことはさほどやらず、自作の凧を上げたくらい。

よく飛びましたが、息子が急にトイレへ走った際に木の枝に引っかかって取れなくなりました。

 

読み聞かせは随分やりました。

最近は絵本は自分で読むことが多く、読ませてもらえませんが、字の多い児童書はよくリクエストされます。

ぼくは王さま」シリーズ(新装版)が最近のお気に入り。

また、ちょっと早すぎる気はするのですが、「十五少年漂流記」を読んでみたところ、意外にも好評でした。

流石に長すぎるので、ちょっとずつ読んでますが、そろそろクライマックスを迎えます。

 

寝る前に読むのですが、読みながら寝てくれたことは一度しかありません。

難しい言葉も出てくるし、登場人物は多いし、ちゃんと理解して聞いてるのかと怪しんでいたんですが、割とわかってるみたいです。

 

今年は平成が終わるということですが、相も変わらず日々に追われております。

いつになったら楽になるのやらわかりませんが、目の前のやるべきことを一つずつやっていこうと思います。

 

皆様にとって良い一年になりますように。

 

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【絵本の紹介】「かさじぞう」【295冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今日で仕事納めの方も多いと思われます。

今年最後の絵本紹介は、暮れの定番昔話から。

瀬田貞二さん再話、赤羽末吉さん作画による「かさじぞう」です。

再話:瀬田貞二

絵:赤羽末吉

出版社:福音館書店

発行日:1966年11月1日(こどものとも傑作集)

 

昔話絵本は同じ物語でも違う作者による作品が数あり、それぞれの差異を読むのも楽しみの一つです。

そう言いつつ、その中のどれか一冊を紹介するとなると、つい無難というか王道というか、そういうタイプを持ってきてしまいます。

でも、やっぱりいい絵本です。

 

これまでも度々登場頂いている赤羽さんですが、実はこの「かさじぞう」が彼の最初の絵本になります。

墨絵による雪の描写が秀逸で、これ以外の作品にも、赤羽さんは好んで雪の舞うカットを描かれています。

 

物語については、今さら細かく紹介するまでもないでしょう。

貧乏だけど清らかな生活を送る老夫婦の、奇跡の物語。

夫婦は編み笠を作っては町で売り歩いて生計を立てています。

ある年の大晦日、じいさんは5つの笠をこしらえて町へ出ます。

しょうがつの もち かってくる。ことしこさ、いいとしをとるべな

と、ばあさんに約束して。

 

でも、年越し市は盛っていますが、じいさんの笠は見向きもされません。

雪も降ってきて、仕方なくじいさんは帰りかけます。

その帰路、6体の地蔵さまが雪をかぶって立っていました。

気の毒に思ったじいさんは、大切な売り物の笠を地蔵さまにかぶせてやります。

 

しかし、笠は5つしかないので、一人分足りません。

そこでじいさまは自分のかぶっていた笠をぬいで、それを残った地蔵さまにかぶせて帰ります。

 

もちを買ってくるどころか、一つも売れずに、笠を全部地蔵さまにあげてしまったじいさまの話を聞いても、ばあさまは少しも嫌な顔をせず、「おじぞうさまに あげて よかったな」。

すると正月の明け方、「よういさ、よういさ、よういさな」とかけ声がします。

6人の編み笠をかぶった地蔵さまたちが、じいさまの家の前に山のような俵を降ろして行ってしまいます。

 

俵には「しょうがつの もちやら さかなやら、いえに かざる たからやら こがねやら」がぎっしり。

それから二人は幸せに暮らします。

 

★      ★      ★

 

この絵本はページの中に見開きの本のような構図を用いたユニークな作りになっています。

背景に使われた和紙の切り絵が、いかにも昔話らしい味を出しています。

 

この話には日本昔話に典型的な「いじわるな隣人」が出てきません。

ただ純粋に素朴で善良な老夫婦だけが描かれます。

 

たとえ貧しくとも、心を清く生きて行けば、幸せになれる

単純にして明解なメッセージを、幾世代を超えて語り継ぐ昔話。

 

けれども、現代では「清貧」という言葉はもはや死語となりつつあります。

目まぐるしい現代社会でそんなきれいごとを言っていては生きていけないのでしょうか。

また、見方を変えればこうした徳性は権力者に都合のいい労働力を生み出すために利用されかねません。

 

しかし「素朴であること」は「愚鈍なままで生きること」を意味しているわけではありません。

人間は賢くならなければいけません。

その上で善良な心を持ち続けることが大切であり、難しいことなのです。

 

人は「きれいごと」を冷笑しますが、「きれいごと」で生きるということは簡単ではありません。

殺伐とした時代ですが、せめて一年の結びくらいは「きれいごと」で締めくくりたいものです。

 

みなさん、よいお年を。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆

お地蔵さまの表情に注目度:☆☆☆☆☆

 

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