子どもの自己中心性を守る【「自由な子ども」を育てるということ・3】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

息子も5歳になり、遊びに行ける範囲も広がってきましたが、電車に乗る時にはまだまだ周りに気を使ってしまいます。

大声は出すし、じっとしないし、知らない人のスマホ画面をのぞき込むし(距離感おかしい)。

 

家であれば何をしたって注意しなくて済むんですが(妻は結構口うるさくなってきてますが)、やっぱり他人がいる場所ではそうはいきません。

「だめ」「やめて」「言うことを聞きなさい」という言葉を使わずして、罰や褒賞で釣ることもせずに、どうやって大人しくしてもらうか、いつも頭を悩ませています。

で、結局は「まだまだ電車に乗せるには未熟なんだな」という結論になってしまいます。

私自身は電車でよその子が走り回ろうが歌おうがもたれかかってこようが一切気にしないんですが、世間はなかなかそうは思ってくれないようです。

子どものうちからマナーをしっかりしつけないと」という考えはまだまだ力を持っていますから、仕方のないことです。

 

しかし、就学以前の子どもに公共精神を説いたって理解できません。

子どもは自己中心的であるからです。

そして「自己中心的であること」は守られるべき子どもの特権だと思います。

 

大人はダメです。

もう子ども時代は過ぎましたから。

たとえそれが満たされない思い出であったとしても、それはもう戻ってはきません。

気の毒ではあるけれど、せめて未来の子どもたちには、そういう思いをさせないようにしましょう。

 

でも、世の中を見ていると、大人は割と本気で子どもを相手に「自己中心的である権利」を争っています。

「子どもを大人と同列に扱う」ことは、子どもに対する敬意とは違います。

 

もちろん、幼児的自己中心性はいずれは克服されねばなりません(できなかった大人はたくさんいますが)。

しかし、それは「早ければ早いほどいい」というものではないと思います。

 

そもそも「自己中心性」は絶対悪ではありません。

すべての個人的な行為や欲求を否定すれば、この世には愛も生まれません。

 

強い信念や断行力、創造性や表現力も、自己中心的な力から生み出されています。

自己中心性とは言い換えれば、自分がかけがえのない「個」であるという認識です。

人間はまず自分自身を愛さなければなりません。

そしてそこから他者への愛やすべてに対する感謝心が芽生えてくるのです。

 

だから、せめて7歳くらいまでは、思いっきり自己中心的であっていいと思うんですよ。

これからの長い人生には、その力が必要です。

無理に抑えつけて芽を摘まないでいて欲しい。

 

私はずっと「自由な精神」を持った子どもを育てたいと考えています。

「自由な精神」とは何ものにも強制されない想像力と思考力のことです。

「自由な精神」はいずれ「幼児的自己中心性」を克服します。

 

衝動的な本能や欲望のままに行動することは自由でしょうか。

自己中心的な犯罪行為に走る人間は真の意味で自由と言えるでしょうか。

 

自分を本当にかけがえのない存在だと感じているなら、成長するうちに自分の中に「もう一人」いることに気づきます。

 

例えば、自分の友人や恋人が大切にしている物が目の前にあったとします。

自分の本能的欲望に正直になってみれば、これを盗んでしまいたい気持ちがあることに気づきます。

しかし、一方で、そんなことをして悲しむ友人や恋人の姿を想像し、そのことで心を痛める自分も確かに存在するわけです。

 

この「もう一人」の声を大事にすることが「自由な精神」であり、身体的・直情的な欲望に従ってしまう人は自分の中に「もう一人」いることに気づいていないのです。

なぜ気づけないかと言うと、彼らは自分自身をちゃんと見つめていないからです。

自由な想像力がないからです。

 

「自己中心的」な大人というのは、実のところ言葉の全き意味では「自己中心的」ではないのです。

彼らには大切にすべき「自己」への配慮が欠けているのです。

 

社会的なマナーやモラルを教えるには、いずれ適切な時期が来ます(来てくれないと困る)。

それが小学校時代ではないでしょうか。

何事にも旬があるように、逆にその時期を逃して、思春期に入ってしまったらそうした教育は難しいでしょう。

 

焦らず、機を逃さず。

 

これは絵本の読み聞かせをしていても思うところです。

「何度でも読む絵本」がある一方で「今しか読まない絵本」もあり、「ずっと読まない絵本」があり、「まだ読まないけど、いずれ読む絵本」があるんです。

それを見極めるためには、常に子どもを観察し、近くで触れあっていなければなりません。

 

子育てとは、なんと手間暇のかかることでしょうか。

だからこそ、なんですけどね。

 

関連記事≫「自由な子ども」を育てるということ

≫倫理と想像力【「自由な子ども」を育てるということ・2】

 

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送料変更のお知らせ

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

いつも当店で絵本をお買い上げ下さり、誠にありがとうございます。

この度、勝手ながらショップの送料を以下のように変更させていただきます。

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【2018年11月30日まで】

何冊でも送料一律200円・3000円以上お買い上げで送料無料

【2018年12月1日から】

何冊でも送料一律300円・4000円以上お買い上げで送料無料

 

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ご存知のようにネット通販利用者の増加、宅配業者様の人材不足、過酷な労働状況などに伴い、送料の見直しが度々行われています。

最初に決めた送料を変えたくなくて、今まであれこれ頑張ってきたんですが、結局当店でも送料の値上げをせざるを得なくなりました。

お客様には本当に申し訳なく思っています。

 

色々と考えたんですが、古本屋において「安く絵本が買える」ということは非常に大事なコンセプトではありますが、やっぱりそれだけでは寂しいように思うんです。

送料を削減するだけなら、梱包にかける手間暇を最小限にして、何も同梱せず、ただ送るだけにすれば、かなりコストカットできます。

 

でも私としては、利便性を第一にしつつも、絵本が届いた時の喜びとか、ちょっとしたお得感とか、何よりも一冊一冊の絵本への愛をお客様に感じてもらいたいのです。

だって、絵本はただの「絵がついた本」ではないのですから。

 

有難いことに当店で絵本をお買い上げいただいたお客様からは、「丁寧な包装」や「同梱しているパンフレットやカード」に対しての喜びの声が寄せられることがあります。

やはりそこのサービスは落としたくないということで、今回の決断に至りました。

 

どうぞ、ご理解のほどよろしくお願いいたします。

 

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【絵本の紹介】「もりのかくれんぼう」【280冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回は秋に読みたいしかけ絵本を紹介します。

もりのかくれんぼう」です。

作:末吉曉子

絵:林明子

出版社:偕成社

発行日:1978年11月

 

見事に金色に染まった森の絵が美しいですね。

実はすでにここから仕掛けは始まっています。

気づきましたか?

 

かくれんぼが好きな少女「けいこ」は、お兄ちゃんといっしょに公園から帰る途中、生垣の下をくぐり抜けます。

すると、突然見たこともないような大きな森の中に出てしまいます。

きんいろに けむったような あきのもり」をひとりぼっちで歩いていると、歌が聞こえてきます。

驚いて辺りを見回しても、誰もいません。

すると声が、

あはは、みえなきゃ さかだちしてごらん

 

けいこが足の間から覗いてみると、今まで見えなかった男の子の姿が見つかります。

おいらは もりの かくれんぼう

 

ここで読者も絵本を逆さにしてみると、ほんとに木の枝や葉っぱに溶け込むようにして見えなかった男の子の姿を発見できるはず。

そう、これは巧妙な「隠し絵」絵本なんです。

かくれんぼう」と名乗った男の子は、けいこをかくれんぼ遊びに誘います。

森の動物たちも集まってきて、みんなでかくれんぼ。

 

読者はけいこといっしょに、絵の中に隠れた動物たちを探します。

これまでも探し絵絵本としては「きんぎょがにげた」「うずらちゃんのかくれんぼ」を紹介しましたが、難易度はさらに上がっており、大人も一緒に楽しむことができます。

 

≫絵本の紹介「きんぎょがにげた」

≫絵本の紹介「うずらちゃんのかくれんぼ」

 

全員見つけると、今度はけいこが隠れる番。

息を殺して、じっと茂みの中に身を潜めていると、お兄ちゃんが歌いながらけいこを迎えに来ます。

 

顔を上げると、そこは夕日に染まったけいこたちの団地の敷地の中。

森も、動物たちも、かくれんぼうも、どこかに消えていました。

不思議に思ってけいこがお兄ちゃんに「ここ、もりじゃなかったの?」と訊くと、お兄ちゃんはこの団地ができる前は、ここは大きな森だったんだと教えます。

 

けいこは、まだどこかにかくれんぼうが隠れているような気がして、辺りを見回すのでした。

 

★      ★      ★

 

林さんの絵の上手さは今さら言うまでもないんですが、今回は隠し絵。

ほんとに何でも描けるんですね、この人。

 

そう言えば林さんは「10までかぞえられるこやぎ」では、筋とは無関係に絵の中に人の横顔の隠し絵をこっそり入れるという遊びをしていて、あっちはさらに難しく、そもそも隠し絵があることにすら気づかないような、ほんとの隠し要素になっていました。

 

たまに公園で息子とかくれんぼをやりますが、あれはなかなか頭を使う遊びですね。

それに、じっと気配を殺している時の、あの何とも言えない不思議な感じも、ずっと忘れていました。

 

子どもの遊びは押しなべて人間能力の開発に通じるものですが、「かくれんぼ」が涵養するのは「見えないものを見る」能力なのかもしれません。

 

この作品が描かれたのは今からちょうど40年前、経済成長とともに人口が増え、次々と団地が建設されていた頃です。

子どもたちの遊び場も、今よりは多かったでしょうが次第に減って行き、山や森も潰されていったのでしょう。

ラストシーンに漂うちょっとした秋の寂寥感は、楽しさいっぱいだったかくれんぼ遊びが終わる時にふと感じる寂しさに似ています。

 

推奨年齢:5歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆

探し絵難易度:☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「もりのかくれんぼう

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