【絵本の紹介】「おはなしおはなし」【255冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

子どもの頃、アフリカの昔話を集めたような絵本が家にあって、その情緒たっぷりな挿し絵に惹きつけられた記憶があります。

テキストは英語だったので、内容は絵から想像する他なかったのですが、それが逆に楽しかったんですね。

 

今回はアフリカの生活感や匂いが伝わってくる素敵な木版絵本「おはなしおはなし」を紹介します。

作・絵:ゲイル・E・ヘイリー

訳:芦野あき

出版社:ほるぷ出版

発行日:1976年9月20日

 

冒頭の文で、アフリカの民話には必ずと言っていいほど「クワク・アナンセ」という「クモ男」が登場することが紹介されています。

そしてこの絵本はその「クモの話」の由来を語ったものである、と。

 

実はこれは完全に作者のヘイリーさんの創作のようです。

そして、ヘイリーさんはアフリカの人ではありません。

 

カリブ海に住んでいた彼女は、そこに伝わる猛獣の出てくる話の起源をたどってアフリカに行き着いたそうです。

この絵本を作るにあたって、アフリカの民話と文化を学んだそうですが、本当にこんな民話がアフリカにあると思わせるのに十分な力を持った作品に仕上がっています。

アフリカでは、老人が子どもたちを集めて「おはなし」をします。

ここでも一人のおじいさんが子どもたちを前に、

さあ、おはなし、おはなし」。

 

おじいさんの話の内容はこうです。

昔々、世界にはお話がひとつもなかった。

それは空の王者ニヤメが、お話を全部しまい込んでいたから。

 

クモ男アナンセじいさんは、ニヤメからお話を買い取ろうと、クモの糸で空の上へ向かいます。

ニヤメはお話の交換条件として「ガッブリかみま」「チックリさしま」「コッソリいたずらま」を持ってくるように要求します。

アナンセは地上に戻り、「ガッブリかみま」のヒョウや、「チックリさしま」のクマンバチ、「コッソリいたずらま」の妖精を、策略を用いてクモの糸に捉えます。

そして彼らを空の王者に差し出すと、空の王者はアナンセをほめたたえ、お話の入った箱を与えます。

アナンセが村に持ち帰った箱を開けると、中からお話が飛び出して世界の隅々に散らばりました。

 

この話も、そのうちのひとつだと いうわけさ

 

★      ★      ★

 

この絵本の仕掛けの面白さは、「物語の起源を語る物語」という多重構造にあります。

単純にひとつの民話として読んでも面白いですけど(すでにそれがアフリカ民話風の創作であることは、冒頭に明かされているにも関わらず)。

 

さらには、最後におじいさんが自分の正体を明かすことで、読者は何層にも重なった物語の「糸」に絡めとられます。

クモの話だけに。

 

人間が他の動物と決定的に違う点は、虚構=物語を養分として生きるところです。

子どもたちが目をキラキラさせ、貪欲なまでに物語を求めるのは、それが食物と同じように、自分の成長に必要であることを知っているからです。

 

昔話のいいところは著作権がないことで、おじいさんが口にしたように、

気にいったはなしがあったら、だれでも、もっていってつかう

ことが許されています。

 

それは先人たちが残してくれた贈り物であり、それに対する返礼は、「次の世代に物語を伝える」ことでなされるのだと思います。

 

推奨年齢:5歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

アフリカの味わい度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「おはなしおはなし

■これまでに紹介した絵本のまとめはこちら→「00冊分の絵本の紹介記事一覧

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【絵本の紹介】「くじらの歌ごえ」【254冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回紹介するのは「くじらの歌ごえ」という絵本です。

作:ダイアン・シェルダン

絵:ゲイリー・ブライズ

訳:角野栄子

出版社:ブックローン出版

発行日:1991年6月25日

 

ケイト・グリーナウェイ賞を受賞した作品ですが、日本での知名度はあまり高くないかもしれません。

まず、写真絵本と見紛うほど精緻で美しい絵に目を奪われます。

キャンバス地の凹凸やざらざらした手触りまで伝わってくる味わいの深さがあります。

 

この超美麗な絵を手掛けているのはゲイリー・ブライズさんというイギリス出身の画家で、これは彼の初めての絵本だそうです。

物語も、彼の幻想的な絵にマッチしています。

主人公のリリーという少女に、おばあさんがくじらの話を聞かせます。

昔、桟橋の上でくじらの歌を聴かせてもらったお話です。

おばあさんは、リリーもくじらに見つけてもらいたかったら、何か贈り物をするとよいと言います。

 

そこへフェデリックおじさんが入ってきて、

くじらがだいじにされてきたのは 肉や骨や脂をとるためだ。リリーにおしえるんだったら もっとやくにたつことを きかせてやってくれ

と不機嫌な様子でおばあさんに言います。

 

おじさんは、普段からおばあさんがリリーに夢のような物語を聞かせるのを、苦々しく思っていたのです。

その後、リリーはくじらの夢を見るようになります。

夢の中のくじらは歌をうたい、跳びあがってリリーの名を呼ぶのでした。

 

リリーは桟橋に行って、黄色い花をそっと海に落とします。

くじらさん、どうぞ これ、あたしのおくりものよ

 

そして一日中桟橋に座ってくじらを待ちました。

夕日が沈むころ、フェデリックおじさんが来て、

そんなばかなまねは もうやめて、うちにおかえり。わたしはおまえに夢ばかりみているような人間になってほしくないのだよ

と諭します。

 

その夜、リリーは月明かりでいっぱいの部屋で、ふと目を覚まします。

家を抜け出し、浜辺へ向かって走ると、海には「おどろくほどたくさんのくじらが 月にとどくほどたかくとびはね とびあがっています」。

リリーは気が付くと裸足で浜辺に立っていました。

もうくじらの姿はなく、いつもの穏やかな海に戻っていました。

 

夢を見ていたのだと思い、家へ帰ろうとするリリーに、風に乗ってくじらの呼び声が聞こえてきます。

 

★      ★      ★

 

夢のような不思議な時間。

でも、本当に体験したこととして、記憶に刻まれている時間。

誰しもが子どもの頃に、そんな幻想と現実の境界に足を踏み入れたことがあるのではないでしょうか。

 

「目に見え、触れることができるものだけが現実である」と頑なに信じる大人たちは、そうした空想を否定し、そればかりかそんな話に腹を立てたりします。

でも、実際にはこの世界には人間の感覚器官によっては感知できないような微細な物質が存在するように、「目に見えるものだけが現実だ」という認識は「妄想」なのです。

 

五感では捉えられないような存在に対しても、実は人間はそれに近づき、認識する手段を有しています。

それが想像力という能力です。

 

もちろん、それは多くの誤謬の可能性を含んだ未熟な能力かもしれませんが、逆にそれがなければ、この世界に対しても人間に対しても、血の通った理解を示すことは不可能です。

 

そしてこの能力は、子どもの間に大切に育んでやらなければ、大人になってからでは取り返すのは絶望的に難しいものです。

 

想像力なんて、そんなに個体差はないだろうと思ったら大間違いです。

二人の人間が、同じ視力で同じものを見たとしても、まったく違う姿を見い出していることは不思議でもなんでもありません。

そこに想像力が介入しているからです。

それが豊かであるか、貧困であるかは、実は人生に関わるほどに重大な問題なのです。

 

私たちには、子どもの想像力の芽を摘み取ろうとする哀れな大人たちから子どもを守り、たくさんの物語を聞かせ続ける使命があると思います。

 

ちなみに、くじらは実際に歌をうたうようです。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆

絵の印象的度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「くじらの歌ごえ

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【絵本の紹介】「さっちゃんのまほうのて」【253冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回紹介するのは先天性四肢欠損という障害を抱えて生まれた少女を描いた感動作「さっちゃんのまほうのて」です。

作:田畑精一・先天性四肢障害児父母の会

絵:田畑精一

出版社:偕成社

発行日:1985年10月

 

生まれつき右手の指が無いという障害を抱える少女・さっちゃん。

絵本として非常に重く難しいテーマを、田畑さんが先天性四肢障害児父母の会の方々の協力を得て、渾身の筆で描き切った名作です。

 

さっちゃんのお母さんとお父さんの言葉は涙なくしては読めませんが、決して暗くはならず、元気なさっちゃんの明るい未来が想像できるラストは読者の胸にまっすぐ響くでしょう。

 

幼稚園のままごと遊びで、お母さん役を巡って喧嘩になってしまうさっちゃん。

怒った友達の一人が放った一言が、さっちゃんの胸をえぐります。

 

さっちゃんは おかあさんには なれないよ! だって、てのないおかあさんなんて へんだもん

怒ったさっちゃんは友達と大喧嘩の末、幼稚園を飛び出して家に帰ります。

そして、戸惑うお母さんに問いかけます。

 

おかあさん、さちこのては どうして みんなと ちがうの? どうして みんなみたいに ゆびが ないの? どうしてなの?

 

突き刺すような辛い質問に、お母さんは胸がいっぱいになりながらも、さっちゃんを抱きしめ、ごまかさずに真摯に答えます。

さっちゃんは「おなかのなかで けがをしてしまって」指だけがどうしてもできなかったこと。

その原因については、「まだ だれにも わからない」こと。

 

するとさっちゃんは、お母さんにとってはさらに辛い質問を放ちます。

しょうがくせいに なったら、さっちゃんのゆび、みんなみたいに はえてくる?

 

そうだったら、どれほどいいでしょう。

お母さんはどれほど「そうよ」と答えたいでしょう。

 

でも、それは言ってはならないことです。

お母さんははっきりと答えます。

さちこのてはね、しょうがくせいに なっても いまのままよ

でもね、さっちゃん。これが さちこの だいじな だいじなて なんだから。おかあさんのだいすきな さちこの かわいい かわいいて なんだから……

さっちゃんは泣き出します。

いやだ、いやだ、こんなて いやだ

 

それからしばらく、さっちゃんは幼稚園にも行かず、さみしそうに過ごします。

しかし、妊娠していたお母さんが弟を産んだ日、病院からの帰り道に、さっちゃんはお父さんと手をつないで言います。

さっちゃん、ゆびが なくても おかあさんに なれるかな

そこでお父さんは最高に素敵な返事。

 

さっちゃんは元気を取り戻し、友だちとも仲直りします。

そして、明日を夢見ながら眠りにつくのでした。

 

★      ★      ★

 

私は小学生の頃、授業でこの作品に出会いました。

もちろん心に残りましたが、しかし一方、先生からの「道徳観の押しつけ」に少々辟易した記憶も残っています。

 

障害や差別を取り扱うことは非常に難しいことです。

歪んだ優越感や差別意識は、子どもの世界の方がより容赦なく現れているように見えます。

 

しかし、だからといって子どもが差別的であるとは言えないと思います。

彼らは私たちが思う以上に大人の態度や行動を観察しており、それを無意識に模倣します。

 

子どもの世界は大人社会の縮図なのです。

つまり、こうした問題を扱う大人の側の欺瞞を、子どもは鋭く見抜いているのです。

 

ですから、本当の意味での教育は、完全に自由な精神を持った大人が行動で示すことでしか行えません。

もっともそれは遥かな遠い未来の理想でしょう。

 

この作品を読んで、子どもがそれぞれに何を思うかは各自の自由であり、いつそれが芽を吹くかも各自の資質によります。

私たち大人ができることは、想像力の種となる物語を、できる限り多くの良質な物語を与えることです。

 

さっちゃんを他人だと思わない心、それはあるいは自分だったかもしれないという想像力。

まずはその想像力を養うことが肝要です。

 

大人になってから改めてこの絵本を読み返した時、私は自然と息子が生まれる時のことを思い出しました。

何もいらない、とにかく健康な身体で生まれて欲しい。

それしか願わなかった時のことを思い返し、さっちゃんの両親の痛みが、強さが、初めて理解できました。

 

あの時私の心に撒かれた物語は、何十年を経て、やっと芽を吹いたのでしょう。

 

推奨年齢:6歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

ラストの清々しさ度:☆☆☆☆☆

 

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