【絵本の紹介】「ごんぎつね」【389冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回は夭逝の天才童話作家・新美南吉さんの傑作短編に黒井健さんが挿絵を描いて絵本化された作品「ごんぎつね」を紹介します。

作:新美南吉

絵:黒井健

出版社:偕成社

発行日:1986年9月

 

以前に同じ新美作品に黒井さんが絵をつけた「手ぶくろを買いに」を紹介しましたので、よろしければそちらも併せてお読みください。

 

≫絵本の紹介「手ぶくろを買いに」

 

そこでも触れていますが、新美さんがこの作品を執筆したのは若干18歳。

震えるほど美しい日本語に、黒井さんの淡い光を放つ挿絵がマッチした良コラボです。

 

教科書作品としては定番中の定番ですから、あまり本を読まない子どもでもこの作品は知っていると思われます。

この美しい日本語と情緒ある物語に触れる機会を作るのは良いことだと思いますが、一方で(教科書作品すべてに言えることですが)理想を言えば自発的に手に取るべき古典名作を、半ば強制的な形で読ませることになるのは微妙な気持ちです。

 

これをみんなの前で立たせて朗読させ、テストに出して「登場人物の気持ちを考えましょう」という定型的な問題に落とし込み、正解不正解を付ける。

それが子どもたちの「国語力」「読解力」「共感力」にどれほどの良き影響を与えることになるのか、甚だ疑問に思うのです。

 

強制的に読書感想文を書かされるのが苦痛で、かえって本嫌いになってしまった人もいるでしょう。

だいたい、本来読書感想文というのは書かずにはいられないくらいの情熱がなければ書く必要すらないものです。

 

私などは年中読書感想文を書き続けているようなものですが、それは好きな作品を推さずにはいられないからです。

これまで書いた記事を自分で読み返してみても、本当に好きな作品の記事は我ながら面白いと思いますし、逆につまらない記事というのは、やっぱり入れ込みが弱い作品のものです。

どれとは言いませんけど。

 

話が逸れましたけど、ざっと内容に入りましょう。

ごんは一人ぽっちで暮らしている小狐です。

村へ下りてはいたずらばかりしています。

 

ある時、兵十という村人が川でうなぎを取っているのを見て、ごんは隙を狙ってうなぎを盗んで逃げます。

その後、兵十の母親の葬式が出たのを見たごんは、自分がいたずらしたうなぎは病気の母親が食べたがっていたものだろうと思い、自責の念にかられます。

その贖罪の気持ちから、ごんはいわし屋の売り物を盗んで兵十の家へこっそり放り込みますが、おかげで兵十は盗人と間違われてひどい目に遭います。

 

失敗を悟ったごんは、今度は山の栗やまつたけを拾っては兵十の家に届けるようになります。

兵十は不思議に思いますが、友人はそれを神様の仕業だろうと言います。

 

そんなことが続いたある日、また栗やまつたけを届けに来たごんを目撃した兵十は、うなぎ泥棒のごんがまたいたずらをしに来たのだと思って、火縄銃に火薬をつめ、出てきたごんを撃ち倒してしまいます。

しかし土間に置いてある栗を見た兵十は、真相を悟ります。

ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは

兵十は、火縄銃をばたりと、とり落としました。青い煙が、まだ筒口から細く出ていました

 

★      ★      ★

 

読書感想文の話を続けますが、感想文を書くことそのものは様々な方面の資質の開花に寄与すると思っています。

そのためには、やはり指導者側の力量が重要になります。

 

感想文に正解不正解はありませんから、「ごんがかわいそう」とか「つまらない」とか一行だけ書いたって別にそれは不正解ではありません。

でも、それならそもそも感想文を書く必要がない。

 

「書くのは苦手だけど、心の中では様々な言葉にならない感情が渦巻いている」というようなことを言えばそれでいいように聞こえますけど、「言葉にならない複雑な感情」を「言葉にならない」ままにしておいては、それ以上の情緒の深みには到達できません。

多くの人が勘違いしていることですけど、「言葉」以前に「感情」があるとは限りません。

懸命に言葉を探し、紡いでいるうちに「自分でも気づいていなかった感情」に自分自身が気づくことがあるのです。

 

けれどもそれは最初に自分が言おうとしていたこととは違うし、どこかずれがある。

そのずれを埋めようとまた言葉を探す。

それを何回繰り返しても、「原初の気持ちそのもの」には到達できない。

しかしその無限の繰り返しの中で感情は複雑化し、深みを増していくのです。

 

「ごんぎつね」はごんと兵十の奇妙な交流と破局を描きつつ、決定的な登場人物の心情については触れられません。

だからこそ、そこに想像力が介入する余地があります。

 

ごんは一方的に兵十に対して連帯感のようなものを抱きます。

それは自分も兵十も「一人ぽっち」である点に対する連帯感です。

 

若くして亡くなった作者が自身の儚い天命を悟っていたのではないかと考えると、この孤独感に対する憐憫の情は理解できます。

作者がこの悲劇から描こうとしたのはそうした孤独に対する可憐の情ではないかと想像できます。

 

しかし結局のところ、それを言語化してしまえば、たちまち空虚な感想に成り果てます。

作品は作品の形でしか表現できない核を内包してます。

 

読者はそれでもその核に手を伸ばし、何度も言葉を構築し、また破壊します。

文学の文学たるゆえんは、読者にその永劫の繰り返しを要請するところにあるのです。

 

推奨年齢:10歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

やっぱり日本語が美しい度:☆☆☆☆☆

 

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