絵本の紹介「いたずらきかんしゃ ちゅうちゅう」

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむ店主です。

 

今回紹介する絵本は、「ちいさいおうち」などで有名な絵本作家、バージニア・リー・バートンさんの「いたずらきかんしゃ ちゅうちゅう」です。

 

バートンさんについて少し触れておきます。

彼女は1909年にマサチューセッツ州に生まれました。

父親は著名な科学者、母親は詩人で音楽家というアカデミックな家庭に育ちます。

夢はバレリーナだったそうですが、父親の看病のために断念せざるをえなくなります。

21歳のとき、本格的な絵画の勉強を志してボストン・ミュージアム・スクールに入学します。

このときの先生がのちに夫となる彫刻家のディミトリオスさんでした。

 

このようにして様々な分野から刺激を受けた彼女の最初の絵本が、この「いたずらきかんしゃ ちゅうちゅう」なのです。

バートンさんは絵本ごとに手法を変えることで知られていますが、この作品はスミ版一色の木炭画です。

ために、地味に映って手に取られない方もいらっしゃるかもしれませんが、非常にもったいないことです。

モノクロだからこそ機関車の存在感や躍動感は際立っており、表紙絵の前傾姿勢の機関車の疾走感などは圧倒的です。

線路や跳ね橋、駅や重機などの描写もシンプルでありながら詳細で、さらには文を入れる位置にまでこだわっているのがよくわかります。

 

何よりも、子どもに読んであげれば、これが紛れもない名作であることがすぐにわかるはずです。

乗り物が好きになり始めた年頃の男の子などは、夢中になってこの世界に引き込まれます。

 

バートンさんはこの絵本を制作する際、息子に読んでやりながら、その反応を確かめ、何度も推敲を重ねたそうです。

この絵本が時代を超えて子どもの心をとらえ続ける理由はそこにあります。

 

子どもの絵本を見る目は間違いありません。

というよりも、子どもに選ばれない絵本はロングセラーにはなりえないのです。

 

さて、絵本の内容に戻りましょう。

小さな機関車「ちゅうちゅう」は、いつも客車や貨車を引いて、小さな駅から大きな駅まで走ります。

機関士のジム、助士のオーリー、車掌のアーチボールドたちはちゅうちゅうをとても可愛がり、大事にしています。

 

しかしある時、ちゅうちゅうは考えます。

わたしは、もう、あの おもい きゃくしゃなんか ひくのは ごめんだ。

わたしひとりなら、もっと もっとはやく はしれるんだ

 

そうして、すきを見て勝手にひとりで走り出してしまいます。

みんなの注目を集めて誇らしげなちゅうちゅうですが、踏み切り無視、跳ね橋をジャンプするなどのハチャメチャな暴走っぷりで、人々を怒らせてしまいます。

そして最後には使われていない線路に迷い込み、石炭も水もなくなって、座り込んでしまいます。

さて、ちゅうちゅうを追いかけてきたジムたちは、途中で最新式の汽車に(強引に)乗せてもらい、大勢の人や動物の助けを借りて、ついにちゅうちゅうを見つけ出し、連れて帰ります。

ジムたちは、ちゅうちゅうが無事に戻ったことを喜び、ちゅうちゅうは帰り道で、これからはもう逃げ出したりしないと言うのでした。

 

子どもそのものだったちゅうちゅうが、少し大人になって物語は終わりますが、ここで印象に残るのは、大人代表であるジムたち三人が、勝手に飛び出したちゅうちゅうを、少しも叱らないという点です。

これは以前取り上げた「ガンピーさんのふなあそび」にも見られた傾向ですが、さんざん周囲に迷惑や心配をかけたちゅうちゅうが、何のペナルティも受けないというのは「教育上」どうなのでしょうか。

 

その答えは、これがバートンさんが子どものために作り、子どもの反応を観察しながら作った絵本だということを考えればわかります。

わくわくするような冒険をし、ピンチになったら自分のことを無条件に愛し、守ってくれる大人が助けに来てくれる。

そんな至福のストーリーの最後に、大人の都合や目線でお説教されたのでは、興ざめもいいところです。

そういう大人の目論見を、子どもは実に敏感に察知します。

 

自我が芽生え、成長していけば、いずれ子どもは家庭内での承認だけでは満足できず、社会的承認を求めるようになります。

ちゅうちゅうの暴走行為はそうした正常な成長過程での衝動であるとも言えます。

大人はそういう時、子どもがやがて帰ってこられる港であればいいと思います。

 

また、ちゅうちゅうのように自分ひとりで外へ飛び出す経験を経なければ、子どもは本当の意味で何事かを学ぶことはありません。

作者は、子どもがいずれ何かを学ぶであろうことを信じているのだと思います。

そういう子どもの将来性に対する敬意も、子どもはしっかりと受け止めるものです。そしてその敬意こそが、子どもを成熟へと促す栄養分となるのです。

子どもへの道徳や教育などという観点から、お説教的なお話ばかりを聞かせようとする大人は、そういう意味では子どもを信頼していないのです。

放っておけば、子どもがどんどん悪い方向へ行くと思っているのです。

 

バートンさんの子どもへの敬意という点について、この絵本からもうひとつ見えることがあります。

絵本の表紙を開くと、見返しには、ちゅうちゅうが走る線路や駅、町や山や橋などが可愛らしいタッチの水彩画で描かれています。

本編はモノクロですが、ここだけは色彩豊かです。

よく見ると、本編でちゅうちゅうが走るコースが忠実に書き込まれているのです。

小さな町の小さな駅、遮断機、途中の小さな駅、トンネル、丘、跳ね橋、大きな町の大きな駅……と、ちゅうちゅうの辿る道を確認できる楽しみがあります。

 

こういう細部をいい加減にしないことが、子どもへの敬意なのです。

「子ども相手だからわからないだろう」というのは、大人の驕りであり、かつて子どもだった自分自身をも貶めるような考え方です。

子どもは大人よりも遥かに物事の真理を見通す目を持っています。

悲しいことに、大人になるにつれて、その目がどんどん曇っていく人がほとんどのようです。

そうさせているのは、私たち大人の責任でしょう。

 

 

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