【絵本の紹介】「どんどんどんどん」【381冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回は1984年に発表された片山健さんの「どんどんどんどん」を紹介しましょう。

作・絵:片山健

出版社:文研出版

発行日:1984年10月20日

 

ギリシャ彫刻のトーガのようなオムツ(パンツ?)一丁の「こども」が無限の荒野を「どんどんどんどん」突き進んでいく、というだけの絵本。

扉絵では地平線に太陽(あるいは満月)と三日月が同時に浮かび、主人公の男の子が後ろ向きに歩いていく姿が描かれています。

 

とにかく子どもの持つ根源的な生命力やパワーを具象化したいという作者の情念が筆を走らせたような作品ですが、ドタバタナンセンスのようでいてどこかに神々しさが漂っています。

それは上記した主人公の造形・立ち姿・自然の描写などから伝わります。

 

作者は神を畏れるように「こども」を畏怖しています。

作者の経歴や作風の変遷なども見ながらそのあたりを読んでいくと興味深いのですが、まずは本を開いてみましょう。

あるひ あるひ ひとりのこどもが

どんどん どんどん ゆきました

 

というナレーションが入り、主人公の男の子はただひたすら「どんどん どんどん」突き進みます。

直線的で狂暴で、純粋。

男の子の行く手には恐竜や蛇、蛙などの爬虫類、昆虫、動物、微生物などの生き物がうじゃうじゃ出現しては、男の子に蹴散らされていきます。

 

やがて男の子は町に出ますが、お構いなしに「どんどん どんどん」。

まるで怪獣です。

地面には亀裂が入り、町は破壊され、洪水に呑み込まれ、ついには本物の怪獣が火を吐き……。

黒煙が立ち昇り、画面の迫力と熱量は留まるところを知らず、うねりくねり、収拾がつかなくなったところで、

どーん

と、男の子は前のめりに倒れます。

 

そこで「ちょっと つかれた ひとやすみ」。

となりますが、男の子は泥で山を作っています。

一休みとはいっても、何かをしているわけで決して止まってはいないのです。

 

山ができると再び男の子は立ち上がり、「そりゃあ ただもう」「どんどん どんどん」歩いていきます。

 

★      ★      ★

 

これまで何度か片山さんの絵本を紹介してきた中でも触れましたが、彼は若いころは幻想的でエロチックな色鉛筆画家として知られていました。

この前片山さん絵の「赤ずきん」を取り上げましたが、実はそれよりずっと以前に片山さんはシャルル・ペロー版の「長靴をはいた猫」(澁澤達彦訳)の中の「赤ずきん」の挿絵を描いています。

狼に食われるシーンでの赤ずきんはヌードで蠱惑的で、子ども向けとは言えませんが非常に完成度の高い絵になっています。

 

≫絵本の紹介「赤ずきん」

 

そういうちょっと妖しいタッチの絵を描いていた作者が初めて絵本に携わったのが「ゆうちゃんのみきさーしゃ」です。

 

≫絵本の紹介「ゆうちゃんのみきさーしゃ」

 

ここでは作者一流の病的なタッチは鳴りを潜めていますが、まだどこかにその作風は残っており、子どもたちは現実世界から乖離した影のように描かれています。

それから長い間絵本の仕事から離れていた片山さんは、娘を授かったことを契機に再び絵本に向かいます。

娘をモデルとした「コッコさん」シリーズでは子どもの描き方が一変し、生々しい生命力を感じさせる顔や四肢が特徴的な造形となっています。

 

≫絵本の紹介「コッコさんのともだち」

≫絵本の紹介「おやすみなさいコッコさん」

 

「コッコさん」に繋がるのがこの「どんどんどんどん」に登場する「こども」だと考えられます。

おそらく片山さんは実際に子どもを育てる経験を持ったことで、それまでの「幻想的で儚い子ども」(いいとか悪いとかいう問題ではなく)という表現からもっと「体温や匂いや息遣い」が間近に感じられるような子どもを描きたいという衝動を持ったのではないでしょうか。

 

ここには「目的に対して猪突猛進する野生の子ども」に対する畏怖、畏敬、憧憬の念が感じられます。

作者はそのあまりの純粋なパワーに圧倒されています。

それがこの「どんどんどんどん」に凝縮されています。

 

土臭い絵の具の色遣いは田島征三さんを思わせ、開放的でありながら緊密な画面構成は長新太さんを彷彿させます。

後年、片山さんはかつての色鉛筆画で絵本「おなかのすくさんぽ」を描きましたが、そこでもやはり動物そのもののような神聖さを持った凄まじい目力の少年を主人公としています。

 

≫絵本の紹介「おなかのすくさんぽ」

 

子どもを描く・子どもの本を作るという衝動の核となる部分に何を持つかは表現者それぞれだと思いますが、片山さんの場合それは「畏敬の念」のように感じます。

「どんどんどんどん」に描かれた子どもは、制作衝動の「出発点」だということです。

 

絵本作家や子どもの本に関わる表現者にとってその「核」が何であるかは重要です。

片山さんのように「子どもに対する畏敬」から出発した表現者の作品は、読者となる子どもに素直に受け入れられるものです。

 

何故なら子どもは感受性の塊であり、たとえ言葉がわからなかったとしても「自分に向けられた感情」は感情のレベルで極めて敏感かつ正確にキャッチする生き物だからです。

例えば親が何かの原因で子どもを叱った場合、「なぜ叱られたか」はまったく理解せずに「怒っている親の感情」だけを記憶する子どもは多くいます。

 

ですから、もし子どもの本を作る人間が読者である子どもを理解しようとするのでなく、買い手である大人に対する「市場戦略」や「宣伝効果」や「流行の傾向」に照準を合わせていたとすれば、そうした本は例え売れたとしても長い時間を生き残ることはないでしょう。

子どもの本を見る目はけっして過たず、作り手の心根までも見通すからです。

 

推奨年齢:2歳〜

読み聞かせ難易度:☆

直線的度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「どんどんどんどん

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