「自由な子ども」を育てるということ

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

最近、「自由」について考えています。

私は、子どもには「自由な人間」に育ってほしいと願っています。

絵本の読み聞かせも、そのためにやっているつもりです。

絵本以外の時間も、その点を念頭に置いて接しています。

 

でも、「子どもを自由に」と言うと聞こえはいいですが、

ちゃんとしつけないの?

わがままに育つんじゃないの?

親の義務を果たしているの?

といった意見も出てきます。

難しいですよね。

 

私は、「自由」には二通りあると思います。

「外的な自由」と「内的な自由」です。

 

「欲望のままに、好き勝手に振る舞う」ことは、「外的な自由」です。

「外的なものから精神的に解放されている」ことが、「内的な自由」です。

 

たとえば、私を含むほとんどの大人は、自分でも気づかないような心の奥で、子どものころに刷り込まれた価値観や恐怖心や執着心といったものに、多かれ少なかれ支配されています。

そういうものを動機とした行動は本当の意味での「自由」ではないと思うわけです。

 

例を挙げれば、子どものころに親から虐待を受けた人間が、自分が親になってから我が子を虐待するケースが(悲しいことに)多くありますが、私にはこの人間が「自由」であるとは思えません。

また、厳しい親から心理的圧迫を受けて育った子どもが、見た目は道徳的に振る舞っていたとしても、その理由が「そうしないと叱られるから」とか「世間が許さないから」とかいうものであるなら、やっぱり「自由」とは言えませんよね。

そういう人間は、誰も見ていなければ、あるいは世の中が変われば、悪いことをしても平気になるかもしれません。

 

やっぱり、自分の子どもには、そういったものから解放された、「内的に自由」な人間になってほしいと思うのです。

宗教であれ、哲学であれ、武道であれ、目指すところはこの「内的自由」なのではないでしょうか。

 

しかし、

じゃあ、どう育てれば「内的に自由」な人間になるの?

と問われると、今やっていることが、果たして本当に正解なのかどうか、考え込んでしまいます。

 

どう考えても一番良いのは、親である自分自身が「内的に自由」な人間となることなのですが、まるで自信がありません。

せめて、少しでもそうなれるよう、自省する日々です。

 

それにしても、こんなことは、子どもが生まれるまでは全然考えもしませんでした。

「子どもが親を育てる」というのは真理ですね。

 

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