2019.10.15 Tuesday
【絵本の紹介】「あな」【再UP】
こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。
一時代を築いたイラストレーター・和田誠さんの訃報が届きました。
享年83歳。
「イラスト」という言葉が定着したのは和田さんの功績と言われるほど、その仕事量・知名度は業界第一人者。
「週刊文春」の表紙イラスト、村上春樹や星新一などの小説の装丁、たばこ「ハイライト」のデザインなど、何らかの形で彼の絵に触れなかった人は少ないでしょう。
ちなみに私が初めて和田さんの絵に出会ったのは寺村輝夫さんの「ぼくは王さま」第一巻です。
また、絵の世界に留まらず、「麻雀放浪記」(これも観ました)を始めとする映画監督、エッセイスト、舞台台本などマルチな活躍を見せました。
今回は和田さんを偲んで、彼と谷川俊太郎さんによる哲学的絵本「あな」を再UPします。
★ ★ ★
今回は日本を代表する詩人・谷川俊太郎さんとイラストレーターの和田誠さんのタッグによる、一癖も二癖もある絵本「あな」を紹介します。
作:谷川俊太郎
絵:和田誠
出版社:福音館書店
発行日:1983年3月5日(こどものとも傑作集)
谷川さんに関しては、知らない人の方が少ないでしょう。
現代日本において「詩人」という肩書を持ち、詩を「生業」としている人物と言えば、もう彼以外には思いつけないくらいです。
絵本との係わりも深く、「フレデリック」などの海外絵本の翻訳の他、自身が文を担当した作品も多くあります。
そして、3回にわたる結婚・離婚のうち、最初の妻は「かばくん」などを手掛けた絵本作家・岸田衿子さん。
そして3人目の妻は「100万回生きたねこ」の作者・佐野洋子さんなのですね。
絵を担当する和田さんも、これまた有名なイラストレーター。
何かと話題の雑誌「週刊文春」の表紙は40年にわたって彼が担当しています。
イラストだけでなく、エッセイや映画など、幅広い分野でその才能を発揮しています。
そんな二人が作った絵本ですから、一筋縄では行きません。
まず、横に見て縦開き、という構成からして異色です。
見開き画面の下3分の2を茶一色として、地面の断面図を描いているのですね。
「にちようびの あさ、なにも することがなかったので、ひろしは あなを ほりはじめた」
なんで? とも思うし、そういうこともあるか、とも思ったり。
ひろし少年は淡々とした表情で、スコップを手に深い穴を掘っていきます。
母親、妹、友だち(広島カープファン)、父親が次々とやってきて色んなことを言いますが、ひろしは取り合わず、黙々と掘り続けます。
やがて自分がすっぽり地面の中に隠れるくらいの深さに到達したとき、ひろしはスコップを置き、初めて満足げな微笑を浮かべます。
「これは ぼくの あなだ」
母親たちがまた一通り登場して、短い会話を交わします。
ひろしは穴の中に座り続け、日が暮れるころに穴から出てきます。
「これは ぼくの あなだ」
もう一度そう思ったひろしは、スコップを使って今度は穴を埋めにかかります。
最後は、扉絵と同じく、元の平らな地面のカットで終わります。
★ ★ ★
全編通して同じ横視点の構図で物語は進行しますが、地中を掘り進む芋虫や空の色など、随所の変化を楽しめます。
また、一見するとよくわからなかった表紙の絵が、内容を読むことで、穴の中から空を見上げるひろしの視点なのだと判明します。
裏表紙は外から覗いた穴の中です。
さて、内容については例によって様々な解釈が可能です。
「穴を掘る」理由は、おそらくはひろし本人にもわかっていない(訳知り顔の父親にも、たぶんわかっていない)。
その割に、ひろしは汗をかき、手に豆ができるほどに頑張ってスコップを振るいます。
普通に考えれば、彼の労力の先には「無」しかない。
穴を掘ることで報酬がもらえるわけでも、誰かに認められるわけでもない。
でも、それ故にひろしの努力は純粋です。
その純粋さを守るために、ひろしは妹の手伝いや「おいけに しようよ」という提案を拒絶します。
さらには、最後に穴を埋めることで、ひろしの「無償の行為」は完全化されるのです。
現代社会では、「無」に向かっての行為など理解されないばかりか、下手をすると憎悪の対象にすらなります。
「コスパ」という言葉が表しているように、どんな行為にも「費用対効果」をまず考えることが常識となっているからです。
それ自体は別に悪いことではありませんが、あまりにもそうした思考に慣れすぎると、自分の中にある純粋な衝動を感じ取れなくなります。
「何の役に立つのか」という疑問を立てる前にただ行動する、その純粋さの先にあるものが、
「あなのなかから みる そらは、いつもより もっと あおく もっと たかく おもえた」
という光景です。
これは、見ようと思って見られるものではありません。
見返りや期待や打算を飛び越えて行動した者だけが辿り着くことのできる視座なのです。
これは、子育てに関しても当てはまることです。
子どもの教育に熱心な親は大勢いますが、彼らは将来的に子どもが思うように育たなかった時、後悔したり恨んだりしないでしょうか。
けれども、本当に見返りを期待せずに子どものために行動した者は、最終的には子どもに左右されることのない、自分の人生を手に入れるはずだと思うのです。
推奨年齢:4歳〜
読み聞かせ難易度:☆☆
穴だけに深い度:☆☆☆☆☆
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