2019.10.03 Thursday
【絵本の紹介】「3びきのぶたたち」【341冊目】
こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。
知れば知るほど奥が深い絵本の世界。
これだけ読み続けてもまだ「絵本とはこういうもの」だと確立することはできません。
そこが絵本の魅力でもあるし可能性でもある。
このブログを始めた当初は、「絵本とは原則的に子どものためのもの」だというのが私の見方でした。
それは絵本史的に見ても事実です。
もちろん大人が読んでも面白い絵本はいくらでもありますが、やはり基本的には子どもに向けたメディアです。
従って、いかに絵本が自由度の高い芸術であると言っても、例えば極端に偏った思想や過激な表現などは控えざるを得ません(R指定という手はあるけど)。
しかしそれが作品としての「不自由さ」であるとは言えないと思います。
絵本は根本的に様々な「余剰物」を削る作業の中で洗練されていく芸術です。
一見すると「制約」があるように感じられる中で、作者の感性と技術によって驚くほど自由な世界を描き出すことができるのです。
今回は現代絵本作家の中で突出した天才性を放つデイヴィッド・ウィーズナーさんによる前衛的絵本「3びきのぶたたち」を取り上げましょう。
作・絵:デイヴィッド・ウィーズナー
訳:江國香織
出版社:BL出版
発行日:2002年10月15日
アメリカ絵本界の最高賞コールデコット賞受賞作品。
年に一冊しか選ばれないこの栄誉ある賞を、ウィーズナーさんは3度も受賞しています(次点作品もあります)。
同賞を3度というのはおそらく最多で、他にはマーシャ・ブラウンさんくらいだったように思います。
きちんとデフォルメされていながら写実的な表紙の3びきのぶた。
もちろんこれはかの有名な「三びきのこぶた」のおはなしだと思うでしょう?
私もそう思いました。
ウィーズナーさんの精緻なイラストによる名作童話というだけでも面白そうだけど、そこはあのウィーズナーさんだから、どこか普通と違ったところがあるんだろう……と思いきや、そんな生易しいレベルの「違い」ではありませんでした。
お話はいたってオーソドックスに始まっているように見えますが、妙なことに絵柄が表紙絵と違います。
よりデフォルメされています。
そして、テキストも絵も、変に急ぎ足。
第一場面ですでに1ぴきめのぶたが「わらのいえ」を建てて、それを狼が見下ろしているという。
狼は原作通りに行動し、中に入れてくれと話しかけ、ぶたが断ると息を吹きかけて藁の家を吹き飛ばそうとするのですが、ここのテキストと絵も何だかちぐはぐな印象を受けます。
これが通常の昔話絵本なら失敗作の部類に入りますが、ここから物語は読者の予想を遥かに超え、ぶっ飛んだ展開に突入していきます。
ここまでの場面は枠内で描かれていたのですが、狼が息を吹きかけると、ぶたはなんとその枠から外へ飛び出してしまいます。
漫画で言えば「コマの外」へ出てしまうわけです。
セリフはフキダシで「ひゃあ! おはなしのそとまで ふきとばされちゃった!」、イラストも表紙の写実的な造形に変化。
テキスト上では狼は「こぶたをたべてしまいました」となっているのに、ぶたは物語世界から消滅しているため、画面上では狼が困惑の表情を浮かべています。
立体的な次元へ移動したぶたは、続いて兄弟たちを連れ出し、狼がいた二次元の世界で紙飛行機を折り、飛び立ちます。
文章で説明しても何だかよくわからないところが、「絵本でしかできない表現」であることを如実に示していますよね。
ぶたたちは今度は「マザーグース」の世界を発見し、入り込んでみます。
ここではデフォルメはさらに強まり、ほとんど違うキャラクターになってしまいます。
余談ですが、マザーグースは海外絵本(特に古典)にはよく登場しますが、我々にはなじみが薄いために、一瞬「?」となってしまうこともしばしば。
ぶたたちが再び外の次元へ出るとき、ヴァイオリンを弾いていた猫も一緒についてきます。
次にぶたたちが飛び込んだのはモノクロの民話世界。
金色の薔薇を守る竜と、それを手に入れようとする王子。
ぶたたちは退治される運命にある竜を物語の外へ救い出します。
その後3びきは新しい仲間と共に元の世界へ帰還します。
そこには当然狼が待ち構えているのですが、竜が扉から頭を出すとテキストごと狼はひっくり返ってしまいます。
竜や猫のタッチも物語世界に合わせて変化していることに注目。
最後はテキストまで自分たちで勝手に構成し、ハッピーエンド。
★ ★ ★
冒頭の昔話は「当然知ってる」ことを前提にして、真面目に役をこなす狼をどこか滑稽に描いています。
「それじゃあ いきをすって いきをはき、いえをふきとばすしかあるまいな」という冗長なテキストや、息を吐く狼のシリアスな表情や。
つまりこれはいわゆるメタフィクションなのですが、それを絵本に持ち込んだところに作者と編集者の勇気と実験精神が光ります。
人気の昔話をこうした形でパロディ化することについては、必ずしも好意的に迎えられるとは限らないし、批判も覚悟の上だったと思います。
下手をすると「タイトル詐欺」扱いされるかもしれません。
記事の最初に触れた絵本ゆえの難しさはこういうところにあります。
「子どもが読む」ことを念頭に置いた場合、メタ的な表現はどうしても敬遠されます。
良否以前に、幼い子どもの認知力では混乱を避けられないからです。
事実、私の息子にこれを読んだ時(3歳ごろだったかな)も、反応は「なんだこりゃ」でした。
ぶたがアップで「おや……そこにいるのはだれ?」と問いかけるシーンでも、それが読者である自分自身に向けられたものであることに、子どもはなかなか気づけません。
「画面の外」に見えない何かがいるのだという捉え方をします。
単に理解できないだけでなく、幼い子どもは見知った物語を改編されることを嫌う傾向があります。
「繰り返し読み」を好むのは、何度も同じ物語に没入することである種の安心感を得るためでもあります。
しかし、この「3びきのぶたたち」のような作品は「自分の認知力の外」へ向かうことを読者に要請し、「物語に没入すること」を止揚します。
しかしそれでもなおこの作品がコールデコット賞に輝いたことは、アメリカ絵本界の懐の深さを示していると言えそうです。
それに、実は「三びきのこぶた」のパロディは今作をもって嚆矢とするわけではなく、ジョン・シェスカさんの「三びきのコブタのほんとうの話」やユージーン・トリビザスさんの「3びきのかわいいオオカミ」などのひねりの効いた作品がすでに先行しており、「3びきのぶたたち」はそれらの系譜に連なる絵本とも言えます。
ですから、年齢さえ考慮すれば、こうした実験的作品もじゅうぶんに受け入れられる要素はあるのです。
メタフィクションも小学生くらいになれば理解可能です(漫画にはいっぱいあるし)。
ですからこうした絵本が次々に登場すれば、それは絵本読者の年齢層の多様化にも繋がるかもしれませんね。
息子も6歳になった今ではすっかりこの絵本がお気に入りですし。
推奨年齢:小学校中学年〜
読み聞かせ難易度:☆☆☆☆☆
竜の物語の続きが気になる度:☆☆☆☆
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