【絵本の紹介】「まどのそとのそのまたむこう」【300冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

絵本紹介の300冊目を飾るのは、20世紀を代表する絵本作家、モーリス・センダックさんによる異色作「まどのそとのそのまたむこう」(原題:OUTSIDE OVER THERE)です。

作・絵:モーリス・センダック

訳:脇明子

出版社:福音館書店

発行日:1983年4月20日

 

センダックさんと言えば傑作「かいじゅうたちのいるところ」が真っ先に思い浮かぶでしょう。

この「まどのそとのそのまたむこう」は、「かいじゅうたちのいるところ」そして「まよなかのだいどころ」と併せてセンダックさんの3部作と呼ばれています。

 

この3部作はすべて「行きて帰りし物語」であり、子どもの「内面世界への旅」を描いているのです。

 

「かいじゅうたち」では心温まるメルヘンとしての空想ではなく、生身の人間としての、衝動的で不安定な子どもの内面を掬い上げたことで、既存の絵本表現の射程範囲を大きく上回り、世界に衝撃を与えました。

子どもの心魂・精神を絵本芸術において表現するという点で、センダックさんは他のどの絵本作家よりも突き抜けた才能を持ち、その孤高の独自性を保持しています。

 

続く「まよなかのだいどころ」では、「真夜中」という子どもにとって不思議で魅力的な時間の秘密に対する好奇心を原動力として、一種奇怪な空想世界の旅が描かれています。

しかし、全世界で爆発的に売れ、「20世紀最高の絵本」とまで激賞された「かいじゅうたち」に比べると、どこか不気味な雰囲気や難解さが敬遠されたのか、「まよなか」はやや賛否の分かれる作品になりました。

 

≫絵本の紹介「かいじゅうたちのいるところ」

≫絵本の紹介「まよなかのだいどころ」

 

私自身は「まよなか」の難解さは、作者自身の精神世界へより深く下ったことによるものだと感じています。

作品が作者の個人的な領域に近づいたことで、読者はどこか置いてきぼりにされた感を抱かざるを得なかったのでしょう。

 

しかしそれでもセンダックさんはさらに自己の精神の深層へ沈潜することを止められませんでした。

そして5年間閉じこもった末に、ついに3部作の「完結編」である「まどのそとのそのまたむこう」を完成させたのです。

 

その内容は前2作とは比べ物にならないくらい個人的で精神的です。

それだけに象徴的で謎めいており、非常に難解です。

 

絵柄は緻密で宗教画的美しさがありますが、不気味で陰鬱でもあり、子どもが「可愛いもの」として描かれていません。

センダックさんは音楽的な作家で、「かいじゅうたち」も「まよなか」も、ミュージカル的な作品ですが、「まどのそとのそのまたむこう」ではその傾向はさらに強まり、オペラ絵本とでも呼びたくなるような構成になっています。

 

表紙から扉、本編に入るまでに主人公の少女アイダが妹のお守りをしているカットが何枚も描かれます。

そして彼女の周囲にはすっぽりとマントをかぶった小人たち(ゴブリン)が蠢いています。

パパは うみへ おでかけ

ママは おにわの あずまや

母親は虚ろな表情で座り込み、少女アイダはまだ赤ちゃんの妹を抱いています。

アイダは妹に「まほうのホルン」を吹いてあげますが、何故か妹に背中を向けています。

窓から侵入したゴブリンたちが妹をさらい、身代わりに「こおりの にんぎょう」を置いて行きます。

何も気がつかないアイダは、人形を抱きしめ「だいすきよ」。

しかし氷が溶けだし、アイダは気がついて「かんかんに おこりました」。

この二枚のカットでのアイダの豹変は印象的なものです。

アイダの怒りに反応して窓の外の船は嵐に呑み込まれています。

このことからわかるように、「まどのそと」は、アイダの心魂世界です。

 

ゴブリンたちが ぬすんだんだわ! およめさんにしようと おもってるのね!

アイダは急いで妹を取り返すための準備を整えます。

ママの きいろいレインコート」にくるまり、「まほうのホルン」をポケットに突っ込みます。

ところが そのあとが しっぱいでした

アイダは うしろむきになって まどわくをこえ、まどのそとの そのまたむこうへ でていったのです

アイダは なにもみないで ふわふわとんで、どろぼうたちの どうくつのそばを とおりすぎてしまいました

 

しかしそこへ遠い海から船乗りの父親の声が届きます。

うしろむきでは なんにもならぬ くるり まわって ホルンをおふき

 

アイダはその声に従って前を向いてホルンを吹き、ゴブリンたちの洞窟へ飛び込みます。

ところがゴブリンたちのマントの中身は妹みたいな赤ちゃんばかりで、見分けがつきません。

アイダはホルンを吹き、ゴブリンたちは「じぶんでも しらないうちに おどりだしてしまい」、どんどん早くなる踊りについていけなくなり、「ぐるぐるまわって おどりながら、とうとう みんな かわにはいり、うずまくみずと いっしょになって」消えてしまいます。

一人だけ残った赤ちゃんこそが、アイダの妹でした。

アイダは大喜びで妹を抱き上げ、「おがわにそって、のはらを あるいて」家に帰ります。

 

母親のもとには父親からの手紙が届いています。

母親は今度はアイダをいたわるように肩に手を置いて、夫からの手紙を読みます。

 

★      ★      ★

 

一読しただけでは、ほとんどの読者はあまりにも不可思議な内容に戸惑うのではないでしょうか。

何か胸がざわつくような不安を覚えつつ、何度も読み返してしまう魔力のこもった作品です。

 

夢の中のような幻想的な風景、「まほうのホルン」「きいろい レインコート」といったキーワードは何を意味しているのでしょうか。

センダックさんの自著「センダックの絵本論」(岩波書店出版 脇明子・島多代訳)によれば、これは作者自身の子どもの頃の恐怖をもとにした絵本だと語られています。

 

恐怖を与えたものは小さい頃に読んだ「大きい黄色いレインコートを着た少女の本」であり、「リンドバーグ愛児誘拐事件」であり、そして9歳年上の姉ナタリーです。

 

ナタリーは、忙しい両親から弟(センダックさん)の世話を押し付けられていました。

彼女自身はまだ幼く、そうした状況に不満もあり、時折「悪魔的な怒り」を見せたり、弟を置き去りにしたりしたこともあったそうです。

 

子どもたちは皆、大人の庇護下でしか生きられないというストレスに晒されています。

母親、もしくは母親役の人間が自分のことを愛していないかもしれない、いつか捨てられてしまうかもしれない、「こおりの にんぎょう」と取り換えられても気づいてもらえないかもしれない。

そんな不安と心配を全く持たない子どもはいないのです。

 

大人たちは自分の子ども時代の記憶をなくし、子どもたちが平和で牧歌的な世界に住んでいると思いたがりますが、実際には子どもたちは大人よりも遥かにシビアでストレスフルな「現実」を常に突きつけられているのです。

 

幼いセンダックさんを怯えさせた姉のナタリーは、しかし同時に心から弟を愛してもいました。

 

絵本の主人公アイダは、まさにこの幼くして引き裂かれた自我そのものです。

アイダは妹を愛し、かつ憎んでいます。

その分裂と矛盾に耐えるために、アイダは「妹への怒りと憎しみ」を妹そっくりな「ゴブリンたち」に転嫁させるのです。

 

これは子どもを世話する立場の人間なら共感できる感情だと思います。

この絵本にはほぼ全カットに「水」が描かれますが、精神分析的には「水」は「出産」のシンボルです。

アイダは姉であると同時に母でもあります。

子どもを愛しつつも、ふとした瞬間に怪物になってしまう存在です。

 

私たちは愛すべき対象を憎んでいるという自己矛盾に耐えることができません。

だからアイダも私たちも、空想世界に入り込み、そこで「物語」を一つ作り上げ、その矛盾を克服しようとします。

空想にふけることは病的なことではなく、極めて健全な人間能力によるのです。

精神の健全さは、必ず世界を正しい姿に戻そうと働きます。

アイダは一時の怒りや放心から目覚めて、妹を奪還して平和で秩序ある世界に連れ戻します。

 

子どものファンタジー、イメージ、想像力を正しく涵養する仕事を、現代の人間はかなり軽んじています。

しかしそれは極めて、ほとんど死活的に重要な人間能力なのです。

 

我々はいまだに無意識に支配され、不自由で不完全な精神で生きています。

まどのそとのそのまたむこう」にある自己の無意識世界を「まえをむいて」認識し、健全な想像力でそれを克服しなければ、人間は永遠に無意識の奴隷のままでしょう。

 

センダックさん自身はこの絵本を描くことによって、幼児期のトラウマから救われたと語ります。

恐怖についての「物語を作る」ことは恐怖を再構築し、そしてあるべき姿に戻すことなのです。

 

芸術は本来、自らの無意識領域に上れない人間を、その吸引力でもって引き上げてくれる働きをします。

その意味で、絵本という分野において、最も芸術家的な作家といえば、私は一番にセンダックさんを挙げたいと思います。

 

推奨年齢:5歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆

オペラ度:☆☆☆☆☆

 

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