【絵本の紹介】「ぼくはくまのままでいたかったのに……」【291冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今年は妙に暖かい冬ですが、これではクマも冬眠を忘れてしまうんじゃないでしょうか。

今日はピリッと風刺の効いた大人向け絵本「ぼくはくまのままでいたかったのに……」を紹介します。

作:イエルク・シュタイナー

絵:イエルク・ミュラー

訳:大島かおり

発行日:1978年10月15日

 

ミュラーさんの絵が非常に印象的です。

光と影が感じられる美しいタッチ。

キャラクターの描写は風刺的で滑稽ですが、どこか物悲しさも漂わせます。

 

そしてシュタイナーさんの物語はとても深く心に響きます。

読みようによってはかなり恐ろしい話でもあり、それだけに考えさせられます。

 

森で暮らすくまは、冬が近づくと洞穴に入って冬眠します。

ところが、何も気がつかずに眠っているうちに、人間たちが森へやってきて木を切り倒し、あろうことかくまの眠る洞穴の真上に巨大な工場を建ててしまいます。

眠りから覚め、外に出たくまは自分の目を疑います。

森はすっかり消えてしまっていたのです。

 

そこへ工場の職長がやってきて、くまを見るなり、

おい おまえ、とっとと しごとにつけ

と言います。

 

くまは驚き、自分がくまであることを主張しますが、職長はじめ、工場長に至るまで誰もくまの言うことに耳を貸してくれません。

とうとうくまは社長のところへ連れて行かれます。

社長はくまの言うことをまるで本気にしませんが、退屈しのぎにくまを連れて動物園やサーカスを回ります。

 

動物園のくまからも、サーカスのくまからも、くまは本物のくまであることを認めてもらえません。

みんなから笑われ、くまはもうどうしていいかわからなくなってしまいます。

工場に連れ帰られたくまは、とうとう言われるがままに髭をそり、労働者として仕事につきます。

来る日も来る日も機械に向かって作業を繰り返すくま。

 

やがてまた冬が来て、くまは眠くてたまらなくなります。

居眠りばかりのくまは、職長からクビを宣告されます。

 

晴れて自由の身になったくまですが、これからどうしていいかわかりません。

モーテルで休もうとしますが、受付の男から「労働者はとめてやれない」「くまじゃ なおさらね」と断られます。

 

くま」と呼ばれてびっくりしたくまは、森の中へ彷徨いこみます。

洞穴の前に座り込み、くまは考え込みます。

なにか だいじなことを わすれてしまったらしいな

雪がくまの体に降り積もって行きます。

 

★      ★      ★

 

環境破壊、労働問題、差別と偏見……様々なテーマを内包した物語ですが、ここではアイデンティティの問題を核にして読んでみたいと思います。

哀れなくまの自己が揺らいでいく様子はとても切ないものです。

しかし、それは現代社会を生きる私たちにとっても起こりうることなのです。

 

自分が何者であるか」という問いに、平常なら自信を持って答えることができる人でも、果たして周囲の世界が一変してしまうような状況においても同じように確信を持てるでしょうか。

 

普通、我々は「自分が何者であるか」は、自分が一番よく知っていると思っています。

けれどもそれは本当でしょうか。

 

「自分が何者であるか」は、実は「他者にとって自分が何者であるか」に依拠しているとは言えないでしょうか。

「何者であるか」という問いの中には、すでに他者との関係性が組み込まれているのではないでしょうか。

 

普段は気づかずとも、我々の価値観・判断基準・行動規範は驚くほど「外的な要素」に支配されています。

だから現代においても「洗脳」という恐るべき状況が起こるのです。

 

それが大げさだとおもうなら、直近の話では、ハロウィンの渋谷での暴動事件なども例に挙げられます。

あの暴動に加わった人々は、一体何に突き動かされていたのでしょうか。

 

人間の自我は最初は他者から与えられるものかもしれません。

しかし、成長に従って、やがては「真の自分」に気づくことができます。

何故なら、自分の内面をよくよく観察すれば、そこには自分ですら気づいていなかった「もう一人の自分」が存在しているからです。

 

人間とはその本質において一人では存在できません。

自我を認識するためには、必ず自分の前に「もう一人」を対峙させる必要があります。

ただしそれは他人でなくても可能なのです。

自分の中の「もう一人」に気づくことさえできれば。

 

これは、そんな自己認識を問うような物語でもあります。

くまが可哀そうすぎる

読後感が悪い

という感想も見かけますが、最後のカットと裏表紙から、私はくまがちゃんと自分自身を取り戻したことを信じています。

 

推奨年齢:小学校高学年〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

社長部屋のインテリアデザインの趣味の良さ度:☆☆☆☆

 

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