すべての親は「もぐり」である。

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

人類共通のテーマ、育児。

私は育児において「すべての親は『もぐり』である」と考えています。

 

なんか村上龍ぽいけど、自分で考えた言葉か、何かで読んだのか、ちょっと思い出せません(A・S・ニイルあたりが言ってそうですけど)。

今回はこの言葉の意味するところを少し綴ってみます。

育児という正解のない問題に悩み、苦しむのが親の定め。

特に核家族が進んだ現代、母親や父親だけに重責がのしかかり、大変な負担を感じている人たちもたくさんいるでしょう。

 

そんな中、「先輩」として頼りになるのは自分たちの両親かもしれません。

何かとアドバイスを求めたり、経済的な援助を受けたり。

しかし一方で、世代間での子育てに対する価値観のギャップを感じたり、衝突してしまう人も大勢いるようです。

 

読み聞かせを中心にした我が家の子育てについては何度も書いていますが、こうしたやり方に対し、私の両親は「ふーん」という程度の関心しか示していません。

別に賛成も反対もしないし、意見も言いません(大変やな、くらい)。

 

もともと私の親はさほど遠くもないところに住んでいるのに「孫の顔を見せに来い」と言ったことは一度もないし、逆にうちに遊びに来たことも(私が呼んだ時以外)一度もないような方たちです。

ま、それについては妻も気を使う必要が無くて楽なようです。

 

しかしそんな淡泊な私の母親でさえ、ある点に関しては意見がましいことを言ってくるんですね。

それは何かというと、息子の「睡眠」と「トイレ」関係についてです。

 

トイレに関しては、もう息子も一人でできるようになったので過去の話ですが、おむつ時代には息子を見るたびに「まだおむつ取れてないの?」と口ぐせのように言っていました(これを本人の前で言うので閉口しました)。

 

もう一つの睡眠問題については、これはいまだに解決していなくて、息子は決まった時間に寝るということをしません。

そう言えば昨日は久々に徹夜してました。

ちゃんと寝かしつけないと」というのは、私の母親に限らず、色々な人たちからも言われてきました。

 

ま、それはもっともな意見だとは思うんですが、ちょっと寝かしつけたくらいで寝るようなら私たちも苦労してません。

寝ないんですよ、ヤツは。本当に(涙)。

寝たら負けと思ってるんです。

 

それを抑えつけて寝かすために暗い部屋に一人で閉じ込めるとか、怖い話で脅すとか(それをやっても寝るとはとても思えませんが)、そういう方法は自分の方針として矛盾が生じるのでできません。

子どもの生活には規則正しいリズムが必要で、それは幼いうちに身に付けさせなければならないという意見はまったくもって正しいと思いますが、人間はひとりひとり違うし、環境も違います。

 

親子間の子育て価値観のギャップというか摩擦は、この「子どもも親も全部それぞれ他とは違う」ことをちゃんと理解していれば起きない問題だと思います。

 

うちの母親がどうしてそういうことを言うかというと、別に深い考えがあるわけではなくて、ただ自分もそうされたし、自分の子どもにもそうしたから、という以上の理由はないわけですね。

その他の育児観も、大体はそんなものです。

その結果が私みたいな人間なわけですから、私はあまり親の意見を参考にしようとは思えないんですね。

 

温故知新という概念は、育児に関してはあまり当てにはならないと思います。

第一、子どもの扱いに関する過去の歴史を調べれば、いかに最近まで子どもの人権が無視され、踏みにじられてきたのかは明白です。

 

もちろん、きちんとした科学に基いた知識は大事です。

乳幼児に与えてはいけない食べ物(ハチミツとか)や、させてはいけないこと(うつ伏せ寝とか)を知らなかったための悲しい事故は、過去に学ぶことの大切さを示しています。

 

重要なのは「時代が流れても不変なもの」と「時代によって移り変わるもの」を見定めることです。

親が間違っていて私が正しいということではなく、時代の違いというものを考慮しなければならないのです。

 

あまり知りもしない断片的な知識で、漠然と「昔の子育てはよかった」などと口にする人がいます。

「昔はよかった」というのは簡単ですが、時代を戻すことはできないし、昔と同じ生活をするためには、たくさんの今あるつながりを断ち切らなくては不可能です。

仮にそこまでやって子どもを育てたとして、さて、成人してからその子はどうやって社会に入っていくのでしょう。

 

だから私は無責任な「昔はよかった」には耳を貸さないことにしています。

私たちの時代の不利益なもの、有害なもの、そうしたものを直視した上で、いかにして子どもをそこから自由にするかを模索し続けることが本当に必要な姿勢ではないでしょうか。

 

たとえば私は絵本屋の立場として、インターネットやスマホに代表される電子機器の子どもへの有害性を懸念しています。

かと言ってこれからの時代、そうしたものから完全に子どもを引き離すことは難しいでしょう。

第一、親だってPC文明の恩恵を受けています(この文章も)。

これからもそうした分野はどんどん進歩していくでしょうし、子どもたちがそれらに興味を持つことを阻む権利は親にはありません。

 

時代は変化し、環境は変化し、子どもたちも変化します。

そして、われわれ自身も。

育児にマニュアルが存在しないことは当たり前なのです。

 

何一つ確かなものがない中で、それでも立ち止まっているわけにはいかないのが育児です。

泣き止まない赤子を前にした親は、急患を前にした無許可の医師のようです。

 

自分にはライセンスなどないけれど、かと言って現状、目の前の子どもという急患に処置を施せるのは自分しかいない。

やらなければ子どもは死んでしまう。

 

そうである以上、自分の経験と感性と知識を総動員して、使えそうなものは何でも使って、手を貸してくれる人がいたらお願いして、どうにか目の前の生命を助けなければならない。

 

で、冒頭の言葉に行き着くわけです。

すべての親は『もぐり』である」。

 

もぐり「だからこそ」、常に自分自身をチェックし、勉強を怠らないように、そして精神の健康にも気を配らなければなりません。

もぐり「だからこそ」、過剰な自信を持たないよう、逆に自信が無さ過ぎて臆病にならないよう、正しく自分を見つめる必要があるのです。

 

私はそう考えて、どうにか無許可で親をやっています。

そしてもう一つ、私が気を付けようと思っていることがあります。

それは将来的に孫ができた時、息子に偉そうに子育てについて意見しないということです。

 

息子はきっと、私には理解できないやり方で、私より優れた方法で、その時代に適した子育てを見つけるでしょうから。

 

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