2016.09.24 Saturday
クシュラの奇跡
こんにちは、絵本専門店・えほにずむ店主です。
当店では子どもへの読み聞かせを推奨しています。
絵本の持つ力は、子どもの可能性を最大限に引き出すことができます。
その効果を要約すると、
・物語を通して、感情が豊かになる。共感能力が発達する。
・色んな言葉に触れ、語彙が増える。表現力が発達する。
・親子のコミュニケーションが深まり、情緒が安定する。
・読書習慣が身に付き、集中力・記憶力・想像力などが発達する。
といったところでしょうか。
しかし、これらは読み聞かせによる効果の、ほんの一部でしかないのかもしれません。
というのは、絵本の読み聞かせを集中的に行ったとき、子どもの中でどんな化学反応が起きているのかは、まだ現代科学では解明しきれない部分もあるからです。
そしてその未解析の領域で起きたことは、われわれの目に奇跡のように映ることがあります。
そんな例をひとつ紹介したいと思います。
1971年、ニュージーランドに、ひとりの女の子が生まれました。
名前はクシュラ。
彼女は生まれつき染色体に異常を持っていました。
その影響は複雑で重く、クシュラは視力・聴力・形態・内臓機能・知能・運動能力などに障害を抱えることになったのです。
絶え間ない感染と、果てしのない病院通い。
年に何度も危篤状態に陥るクシュラ。
絶望的な状況の中で、それでも両親は子どもの可能性を信じました。
そして、昼夜問わずほとんど眠れないクシュラを抱いて、絵本の読み聞かせを始めたのです。
ほとんど反応というものを見せなかったクシュラが、絵本には強い関心を示しました。
母親は何度も何度も繰り返し、本によっては100回以上も読み聞かせを続けました。
溢れるイメージと言葉の洪水。
絵本の海の中で、クシュラは障害を跳ね除け、成長していきました。
そして3歳になったころ、クシュラは健常児の平均以上の知能と豊かな感情を持ち、走り回ることさえできるようになっていたのです。
そして学校にも通い、成人してからは自立し、現在でも元気に生活をされているそうです。
絵本の力と、両親の超人的な忍耐と努力が、みじめなものになりかねなかったクシュラの人生を変えたのです。
クシュラの母親は、娘が3歳になるまでに140冊の絵本を読み聞かせたそうです。
私はクシュラに起こった「奇跡」を、単に絵本の朗読による知能と感情の発達、とだけ捉える気にはなりません。
絵本というものは読んでもらう本であり、読んであげる本です。
他者の存在なくしては読めない本なのです。
ことばのわからない赤ちゃんが、どうして絵本を読んでもらいたがるのでしょう。
それは、近しい大人の体温や肉声を感じたいからです。
絵本を読んでもらうことは、赤ちゃんにとって、自分が無条件に愛されていることの確認でもあるのです。
愛されているということは、生きる力そのものです。
愛が不足したと感じると、時に人は死ぬことすらあります。
その逆も真でしょう。
クシュラは障害を問題にしないほど明るく快活で、生きることに前向きな、周囲の人間を楽しくさせるような魅力的な女性だそうです。
彼女のそんな性格を育んだのは疑いもなく、140冊の絵本とともにたっぷりと与えられた、両親の愛情だと思います。
■クシュラが大好きだった1冊、「ガンピーさんのふなあそび」
独特の細かい線のタッチと、温かみのある色使いの絵が印象的です。
お話は、ガンピーさんというおじさんが、ふねでおでかけをするところから始まります。
川辺から、男の子と女の子、うさぎ、いぬ、ねこ、ぶた、ひつじ、こうし、にわとり、やぎが次々に「乗せて」と寄ってきます。
ガンピーさんは「いいとも、けんかさえしなけりゃね」「とんだりはねたりしなけりゃね」「うさぎをおいまわしたりしなけりゃね」「ねこをいじめたりしなけりゃね」……と、それぞれに一言注意を与えながらも、みんなを乗せてあげます。
すぐれた絵本にはこの手の繰り返し要素が盛られているものです。
子どもは、次々に乗り込む動物たちを見ながら、やがて来るであろうクライマックスを予感します。
その予想を裏切ることなく、やっぱり動物たちは騒ぎ始め、子どもたちはけんかをし、ふねは揺れて、ひっくり返ってしまいます。
しかしこんな目にあっても、ガンピーさんは一言も怒らず、体を乾かした後、
「かえりは のはらを よこぎって あるいていくとしよう」
「もうすぐ おちゃの じかんだから」
と言います。
これは、読んでいる側の大人としては、肩透かしを食ったような気にさえなります。
物語的には、ここでガンピーさんは怒って教訓のひとつも垂れて、子どもたちが反省して……となるはずだからです。
もし自分がガンピーさんなら、「だから言ったでしょ!」「もう乗せてあげないよ!」と大きな声を出したくなるところではありませんか。
決して声を荒げて怒ったり、くどくどとお説教をしたり、感情的になったりせず、でもちゃんと自分たちのことを見ていてくれている。
ガンピーさんがそういう本当の「大人」だからこそ、子どもたちも動物たちも、彼のそばに寄ってくるのでしょう。
そして最後の、限りなく優しいガンピーさんの一言。
クシュラもきっと、甘やかな気持ちでこの絵本を読んでもらっていたのだろうと思います。
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