子どもの嘘について

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

およそ世の中に嘘をつかない人間はいないそうで、嘘つき大会をやったら「私は生まれてこの方一度も嘘をついたことがない」といった人が優勝、なんて小噺もあります。

人間は嘘をつく生き物です。

 

他方、人間は嘘をことのほか憎み、糾弾する生き物でもあります。

子どもがついた小さな嘘を、厳しく咎め立てる大人がいます。

自分のことは棚に上げて。

 

でも、「嘘は良くない」なんて青筋たてて叱りつけても、「どうしてそんな嘘をつくの」と優しく問いただしても、そう言っている大人自身が普段から心にもないことを言ったりやったりしているわけですから、まるで説得力がない。

子どもはそういう大人を見ていますから、いくら叱られたところで「嘘はやめよう」と思うよりも、「もっと巧妙な嘘をつかなければ」と考えるわけです。

 

叱られないための嘘にしろ、大人の気を引くための嘘にしろ、そうした子どもの嘘の原因を作っているのは大人です。

 

もちろん、私は嘘をいいことだとは思っていません。

でも、それは道徳的な問題としてではありません。

嘘をつくと生命力が損なわれる」からです。

「噓つきは泥棒の始まり」という言葉があります。

子どもに嘘は良くないことを教えようとしてよく用いられる喩えです。

 

平気で嘘をつくようになったら、盗みも平気でするような人間になる

 

という意味だそうです。

これは真理だと思いますが、どうしてそうなるのかをじっくりと考えてみたことはあるでしょうか。

 

幼い子どもを観察していればすぐわかることですが、彼らは心と行動が完全に一致しています。

だから「嫌なものは嫌」なのです。

 

しかしそれでは世の中生きていけないので、大人はあれこれと本人の意にそぐわないことをさせようと手を回します。

我慢を覚えさせ、服従の意思を見せることを教え、悪いと思わなくてもとりあえず謝ることを強制します。

 

そして子どもは心と行動を分離させる術を身に付けます。

 

でも、これは実はとても辛いことなのです。

我々大人はもう麻痺してしまっていますが、人間というものは本来、自分の心と行動に整合性を求めます。

心と体が分裂してしまうと、外傷はなくとも、魂が損なわれます。

精神の病のほとんどは「分裂」です。

 

ですから、「平気で嘘をつく」ような人間でも、本気で自分のことを「平気で嘘をつくような人間」だとは直視したくない。

人間の魂とは、実はそんなことに耐えられないくらい誠実なのです。

だから嘘をつく人間はその一方でひたすら自己弁護を図ります。

「これは方便だ」

「生きるために仕方がないのだ」

「他の誰だって嘘をついているんだ」

等々。

 

「いや、おれは自分で自分のことをひどい嘘つきだと認めている」

という人間だって、そういう方法で自己肯定しているわけです。

開き直ったり、冷笑的になったり。

 

やがてそういう「自分の心に対する嘘」が積み重なって、とうとう心が破壊されます。

そうなった人間は、もう自分の内的な声を聴きとることができません。

彼らは自由に振る舞っているつもりで、実は外的なものに動機づけられています。

 

彼らは「本来の自分の生」を生きていません。

ですから、悪に対する抵抗力も低くなり、「泥棒の始まり」となるわけです。

 

今の世の中を見渡せばわかるでしょう。

この国のトップと言われる立場の人々は、すでに人格が崩壊しています。

そういう「親」を見て、「子」の立場の役人たちも嘘をつきます。

そしてそれは、子どもの他愛のない嘘とは比較にならないくらい悪質なものです。

 

子どもに嘘をついて欲しくなかったら、親は少しでも自分自身に対する嘘を減らして生きましょう。

繰り返しますが、それは道徳的な意味ではありません。

最も簡単な言葉で言えば、「自分を大事にしましょう」ということです。

 

 

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