2017.11.06 Monday
【絵本の紹介】「せいめいのれきし」【200冊目】
こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。
今回は200冊目に相応しい超大作絵本を紹介しましょう。
絵本界に屹立する巨匠、バージニア・リー・バートンさんが8年の歳月をかけて完成させた「せいめいのれきし」です。
作・絵:バージニア・リー・バートン
訳:石井桃子
出版社:岩波書店
発行日:1964年12月15日
我が家の息子が、私が仕事に行こうとするたびに泣いてしがみついてくる時期がありました。
なんとか納得してもらうために、「絵本一冊だけ読んでから行くね」と言ったりすると、そういう時の息子は必ず長めのおはなしを選んで持ってきたものです。
その中でも、「さすがに勘弁してくれ」と思ったのが、この「せいめいのれきし」です。
とにかく長い。
そして、絵の情報量も物凄い。
大人でも、じっくり読めば1時間以上はかかります。
バートンさんについてはこのブログでも何度か取り上げていますが、科学者の父と音楽家の母を持ち、その作品は知的で精密でありながら、全編が楽しい音楽的リズムに貫かれています。
この作品は、そんな彼女の集大成ともいうべき絵本です。
劇場で上映される、全五幕からなる壮大な劇。
内容は太陽と地球の誕生から始まり、現在までの生命の進化と変化。
私たちは観客となり、学者たちのナレーションに耳を傾けます。
なかなか難しい内容なのですが、バートンさんは妥協をしません。
それは子どもの知性に対する信頼と敬意があるからこそです。
専門的な言葉や理論が理解できなくとも、ここには何か「ただごとではない」スケールの物語が描かれていることを、子どもは直感します。
そう、これは科学絵本であり、図鑑のような絵本でもあるのですが、その本質は「物語」です。
この絵本が上梓されたのが1962年、それから科学研究はどんどん進み、今では様々な新しい知見が発表されています。
それに従い、2015年に「せいめいのれきし 改訂版」が新たに出版されました。
これは恐竜学者の真鍋真氏の監修で、現在の学説をもとに修正・加筆されたものです。
例えば、上のプロローグでの太陽系の惑星から冥王星が削除され、2幕4場の恐竜絶滅のシーンには隕石衝突説が加筆されています。
学説は常に古くなり、図鑑などは書き換えられるべきものですが、芸術や文学は普通、「古くなったから新しくしよう」とはなりません。
なのにこの絵本がわざわざ「改訂」されたというのは、それだけ科学的・学術的要素の濃い作品だからでしょう。
しかし前述したように、私はこの作品の本質は物語であると思っています。
生物の進化の歴史が描かれる左画面では、恐竜の骨格が見られますが、これはバートンさんがアメリカ自然史博物館に入り浸りでスケッチされたものです。
ちなみに、本編終了後の見開き画面で詳細に内部を描かれているのが、その博物館です。
よーく探せば、熱心にスケッチするバートンさん本人の姿が確認できますよ。
時間は目まぐるしく進み、ついに舞台には人類が登場します。
物語の時間速度は過去にさかのぼるほど早く、今に近づくほどゆっくりとなっていきます。
気の遠くなるような太古の時代から、見覚えのある現代へ。
5幕からはナレーターはバートンさん本人に交代します。
そして、微妙に語り口が変化し、だんだん読み手に「近づいてくる」ような印象を持たせます。
ナレーターはこれまでの場面でも「わたしたち」という言葉を使っていますが、それはどこか遠く、人類すべてを代表しての「わたしたち」でした。
しかし5幕以降の「わたしたち」は、バートンさん自身を指しているように思われます。
「わたしたちは、このふるい果樹園と草地と森を買い、ちいさな家と画室をはこんできて、そのまん中にたてました」
ここで出てくる小さな家はバートンさん一家の家であり、そしてどう見てもあの名作「ちいさいおうち」です。
「ちいさいおうち」を巡る四季。
「きょ年のふゆは……とくべつにながい冬でした」
「きのうは、ほんとにいい日でした」
という文章は、延々と続いてきたこの長い生命の物語が、いつの間にか読み手のすぐ間近に、息のかかるような距離に迫っていることを感じさせます。
ついに読み手は否応なしに気づかされます。
「これは、わたしの物語だったのだ」
と。
最終場面において、バートンさんはもはや隠すこともなく、まっすぐに読者自身の顔を見つめて語りかけます。
「さあこれで、わたしのおはなしは、おわります。こんどはあなたがはなすばんです」
「このあとは、あなたがたのおはなしです」
「その主人公は、あなたがたです」
「時は、いま」
「場所は、あなたのいるところ」
私は、作者のこの途方もないスケールの仕掛けに、鳥肌が立ちました。
想像力の射程外のような遠い宇宙に始まって、「今、ここ」の「わたし」にまでつながる物語。
人間の歴史がいかに短いものか、そして人間ひとりの一生がいかに一瞬のものか―――。
だからこそ、とはバートンさんは口にはしません。
しかし、そこに込められたメッセージは明確です。
「さあ、生きなさい」。
自分もまた、宏大な生命の流れの一部であり、地球の、そして宇宙の力に貫かれているのだという実感。
専門化し、ぶつ切りにした科学ではこうした実感を子どもたちに与えることはできません。
すべてを呑み込む巨大なスケールの「物語」の力によって、それらは与えられます。
人間が他のあらゆる生物と根本的に違っているのは、「物語」によって生命力を高める生き物だという点です。
それは子どもも大人も変わりません。
そう考えた時、絵本の持つ役割とか、存在意義というものがおぼろげに見えてくるような気がします。
なぜ、子どもに絵本が必要なのか。
どうして子どもは絵本を読んで欲しがるのか。
彼らはこれからの長い人生を生きる上での「物語」を欲しているのです。
想像力を刺激し、生命力を高めるような良質の「物語」を与えられるかどうかは、その後の人生を左右するほどに大きな影響を及ぼします。
それを知悉し、なおかつ知性・音楽的才能・職人的画力を兼ね備えたバートンさんのような絵本作家は、大げさでなく人類にとって得難い存在だったと思います。
願わくは、これからの時代にも、彼女のような作家が次々と現れて欲しいものです。
推奨年齢:小学校中学年〜
読み聞かせ難易度:☆☆☆☆☆
スケールのデカさ度:☆☆☆☆☆
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