【絵本の紹介】「トリゴラス」【169冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回は1978年に発表された衝撃的問題作「トリゴラス」を取り上げます。

作・絵:長谷川集平

出版社:文研出版

発行日:1978年

 

作者の長谷川集平さんは絵本作家にしてロックミュージシャン。

1976年に「はせがわくんきらいや」で絵本界に鮮烈デビュー。

森永ヒ素ミルク中毒事件という、実際の事件を取り扱ったことも斬新であったけれど、その内容が単なる時事ネタに終わらず、普遍的な人間心理にまで踏み込んでいることで、現在に至るまで高く評価されています。

 

この「トリゴラス」も彼の初期作品のひとつであり、従来の絵本界の常識を覆す力に満ちた一冊です。

 

一読すると「なんだかわけわかんない」内容なのですが、奇妙な切迫感と胸の疼きを呼び起こす力があり、特に大人の男性が読むと、「わからないけど、わかる」という、不思議な絵本なのです。

 

舞台は昭和的町並みの、狭そうなアパートの部屋。

父、少年、そして幼い弟(もしくは妹)に添い寝する母が、布団を並べています。

 

窓の外には黒い雲が広がり、どこか陰鬱。

 

凶悪な囚人のような凄まじい形相をした少年が、布団の上に起き上がり、隣でまだ起きて本を読んでいる父親に向かって、

とぼけんといてんか、おとうちゃん

ぼくは ほんまのことが ききたい

と、関西弁で問いかけます。

一体なにかというと、その内容はかなり激しい妄想に侵されています。

 

少年は空で「びゅわん びゅわん」と鳴る音を、怪獣の飛ぶ音に違いない、と言い出すのです。

顔つきは剣呑だけど、妄想のレベルは小学生らしい。

 

しかし、話しているうちに弾みがついたのか、少年の妄想は加速していきます。

怪獣の名前は「トリゴラス」。

必殺技は「トリゴラ・ガス」。

 

もの凄く巨大で強くて、町をめちゃくちゃに破壊します。

もう、めちゃくちゃや。まち、ぐちゃぐちゃや

もう、わやくちゃなんや

 

少年の語りは熱を帯び、もう自分でも何言ってるかわかんない状態。

そこで唐突に(少年にとっては必然なのでしょうけど)「かおるちゃん」なる女の子が話に登場します。

トリゴラスはかおるちゃんを捕まえ、

よっしゃ、これでええ

と言い放ち、もう町に用はないと飛び立ちます。

 

ここで少年は、

トリゴラスは おとこやろか。おんなやろか

と、逆に父親に質問します。

かなり錯乱しております。

 

で、やっと口を開いた父親は、

あほか、おまえは。あの音は ただの風の音じゃ

そんな しょうもないこと ごちゃごちゃゆわんと、はよねえ!

と、まったく隙のない正論を叩きつけて、スタンドの電気を消してしまいます。

 

少年はひとり、暗い表情で、

かおるちゃん……

と呟きます。

 

★      ★      ★

 

まず、特撮映画的怪獣が登場するところからしてユニークです。

しかも、作者は明らかに『ゴジラ』や『キングコング』を意識して、わざとそれらを彷彿させる構図を用いています。

 

あるいは、少年自身が特撮映画好きであり(机にウルトラマンの人形が置いてありますし)、妄想はそれらを反映しているということでしょうか。

 

これらの破壊的・暴力的衝動は、子ども時代に誰もが持つところのものであり、それを思い切り描くことで子どもはスカッとした気分になるものですが、この絵本においては、少々その衝動は屈折しており、どこか暗い情念がこもっており、ゆえに晴れやかには終わりません。

 

単純に言えば、ここに描かれているのは年頃の少年の「性の目覚め」です。

 

かおるちゃんに対する、「初恋」以前の、言葉にすらできない気持ち。

少年はかおるちゃんと「仲良くなりたい」とか「彼女のことを知りたい」とかいう欲望に、自分で気づいていないようです。

 

それらはただ、凶暴で自己中心的な衝動として、彼の感情をかき乱します。

 

言うまでもなく、トリゴラスは少年の分身です。

トリゴラスに捉えられるかおるちゃんは、のけ反ったり、胸を隠す仕草を見せたり、完全に性的なシンボルとして描かれます。

 

こう書くと、何やらアブナイ絵本のように感じて、子どもに見せるのをためらう方もいるかもしれませんが、そういう異性への衝動を覚える以前の子どもには、これはただただ痛快な怪獣大暴れ絵本として受けます。

 

そして、成長してから読むと、自分の中に渦巻く情念が、特段異常なものではないのだという「救い」ともなります。

さらに成長してから読むと、ノスタルジックな気分にも浸れるという、人生において何度でも読むことのできる作品なのです。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆

かおるちゃんって何歳やねん度:☆☆☆☆☆

 

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