2017.06.15 Thursday
【絵本の紹介】「ちいさいケーブルカーのメーベル」【140冊目】
こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。
今こそ読んでほしい絵本というものがあります。
それが今回紹介する「ちいさいケーブルカーのメーベル」です。
作・絵:バージニア・リー・バートン
訳:桂宥子・石井桃子
出版社:ペンギン社
発行日:1980年2月
バートンさんのことを紹介するとき、絵本作家、というよりも絵本職人、と呼んだほうがふさわしく響くように思います。
有名な「ちいさいおうち」然り、大長編「せいめいのれきし」然り、その細部までこだわり抜いた丁寧な仕事っぷりは、まさに職人芸。
さらに、けっして絵本を子ども用の本と軽侮せず、確かな科学的・歴史的事実に基づいた記述を心掛け、時には難しい言葉を使うことにも躊躇わないその態度は、子どもの知性と成長を信頼しているからこそです。
「ちいさいケーブルカーのメーベル」は、このブログで取り上げた「いたずらきかんしゃちゅうちゅう」や「はたらきもののじょせつしゃけいてぃー」同様、乗り物を擬人化した作品ですが、その内容は単純な乗り物絵本ではなく、史実を忠実に再現した社会派ドラマです。
舞台はサンフランシスコ。
この町で実際にあった、ケーブルカーの廃止反対運動が描かれています。
メーベルはちいさいケーブルカー。
鐘を鳴らして歌いながら、人々を乗せて坂道を上り下りします。
彼女はこの町の名物でもあったのです。
しかし時代は流れ、市会議員たちはケーブルカーを撤廃させる計画を立てます。
理由はメーベルが「じだいおくれ」で「のろのろして」いて「もうからないから」。
これからはバスの時代になるのだと言われ、メーベルは悲しい思いをします。
その計画を知ったケーブルカーを愛する市民たちは、反対運動に立ち上がります。
「サンフランシスコの ケーブルカーを まもる しみんのかい」
を設立し、デモや署名活動に奔走します。
市会議員はこうした運動を苦々しく思いますが、住民たちの抗議が大きくなるにつれて無視できなくなり、ついに住民投票を行うことになります。
毎日演説があり、市民たちは一人残らず「賛成派」「反対派」に分かれて議論を繰り返しました。
そして運命の投票日。
みんなが見守る中、投開票が行われ、夜中までかかって票が数えられ、ケーブルカーを残す「賛成派」が勝利します。
住民たちは大喜びし、メーベルは花で飾り立てられます。
「わたしたちの じだいは おわっていない。いま はじまったばかりよ……」
★ ★ ★
古き良きアメリカの、正しい民主主義。
誰もが、「自分たちの社会のことは自分たちで決める」理想的な政治の在り方を信じていたころの話です。
バートンさんはこの絵本を、マッカーシズム全盛の時代に発表しています。
この作品にも「ちいさいおうち」と同じく、一方に「経済発展」のために突き進む勢力があり、もう一方に「古き良き時代の名残り」を守ろうとする人々の想いがあります。
こうした構図は、現代でもそう変わらずに見ることができます。
古い文化、自然、伝統……「経済成長」はそれらを破壊せずにはいられません。
それが「悪い」というのではありません。
問題なのは、それを決めるのはいったい誰なのか、ということです。
日本が民主主義国家となってから、70年以上が経ちました。
しかし現在、私たちは本当に民主主義の社会に生きているのでしょうか。
民主主義を単なる多数決だと考えているような子どもは、この絵本を見て何を思うでしょうか。
現在、若者たちは政治的に無関心だと言われています。
「どうせ何をしたって、政治を変えることなんてできない」と思っているのでしょうか。
しかし、それはそう「思わされている」のではないでしょうか。
少なくとも私は、自分の子どもに、そんな思いで未来を生きて欲しくはありません。
自分たちの手で、自分たちの求める社会を作って欲しいのです。
私は正直なところ、もう大人には何も期待していません。
ただ、これから大人になる子どもたちひとりひとりが、真に自由な精神の持ち主に育って欲しいと願っています。
そして彼らが築く未来社会に、もし私たち大人が邪魔ならば、あっさりと引き下がってもいいと思っています。
何故なら、今の社会をここまで悪くしたのは、他ならぬ私たち大人だからです。
推奨年齢:4歳〜
読み聞かせ難易度:☆☆☆☆☆
作者の勇気と信念度:☆☆☆☆☆
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