2017.05.24 Wednesday
【絵本の紹介】小澤俊夫・赤羽末吉「かちかちやま」【128冊目】
こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。
今回は日本五大昔話の一つにして、昔話史上最大の問題作でもある「かちかちやま」を取り上げます。
再話:小澤俊夫
絵:赤羽末吉
出版社:福音館書店
発行日:1988年4月20日
ご存知の方も多いかもしれませんが、このおはなし、実は目を背けたくなるほどの残虐かつ凄惨な描写があります。
単なる暴力描写ではなく、心理的にエグいのです。
これをどう子供向け絵本にするのか、再話に臨んだ作家さんたちはみんな悩んだことでしょう。
あくまで原作を大事にして、そのままにするのか。
時代や倫理観の変化を考慮して、問題の箇所を削ったり、改編するのか。
この小澤俊夫さん再話・赤羽末吉さん絵による作品は、表現方法をややオブラートに包みながらも、昔ながらのお話をそこそこ忠実に再現しております。
むかし、じいさまが畑へ行き、
「ひとつぶのまめ せんつぶになあれ」
と歌いながら豆をまいていると、切り株に座っていた狸が、
「じいのまめ かたわれになあれ」
と囃し立てます。
怒ったじいさまは狸を捕らえ、縛り上げて家に帰ります。
ばあさまに狸汁をこしらえてくれ、と言い残し、じいさまはまた出かけます。
狸はばあさまに粟餅つきを手伝ってやるからと言って縄を解かせ、すきを見て杵でばあさまを撲殺します。
狸はばあさまに化け、戻ってきたじいさまに粟餅と狸汁を出します。
じいさまは、
「なんだか ばあさまくさいなあ」
と言いながら、狸汁を完食。
すると狸が正体を現し、
「ばあじる くったし、あわもち くった。ながしのしたの ほねを みろ」
と言って逃げます。
じいさまが悔しさに泣いていると兎がやってきて、仇討ちを請け負います。
ここから兎は三度に亘って狸に報復を加えます。
まずは、背中に担いだ萱草に火をつけ、大やけどを負わせます。
さらに薬だと騙してやけど痕に唐辛子を塗り込み、最後はご存知の通り、泥船を作って狸を誘い込み、沈めてしまいます。
★ ★ ★
やっぱり、最大の問題部分は、狸がばあさまを打ち殺すばかりか、その肉で「ばあじる」をこしらえ、あまつさえそれをじいさまに食わせるという非道極まりない行為でしょう。
ちょっと、他の昔話にも類を見ないグロテスクさです。
いくらなんでもやり過ぎだとして、この部分を完全にカットし、単にばあさまを殺されるだけ(もしくは重傷を負わせるだけ)に改編した作品が多いのも無理からぬ話でしょう。
ただし、そうすると、今度は逆に兎の狸に対する仕打ちが、ひど過ぎるように見えるという問題があります。
というわけで、狸も殺されるまでは行かず、最後は改心するというオチを用意したりした作品もあります。
ですが、こうなると、もはや原作の本質部分が失われてしまうようにも思えます。
何とも扱いの難しい昔話なのです。
では、この昔話の本質とは何かを考えてみると、これは「量刑」の物語であるということが言えます。
兎は「裁判官」であり、「処刑執行人」でもあります。
じいさまが自分で仇を討つなら、それは単なる復讐ですが、代理人を立て、第三者の判断に託すことで、「私怨」を「法の裁き」に変えるわけです。
さて、そうなると、狸の犯した罪と兎の加える刑罰との「バランスが妥当であるかどうか」が重要になってきます。
そしてそれを判断するのは、読者ひとりひとりの感情です。
「法」は神様が決めるものではありません。
アダム・スミスが「道徳感情論」で指摘しているように、量刑というものは、人間の感情が「これくらいが一般に妥当であると受け入れられるだろう」という「共感」を基準に決められています。
ですから、人間の情緒的な進化(変化)に伴って、量刑判断も変わってきます。
昔のような、「目には目を」式の判決は、現代では通用しません。
だから、「そもそも最初に狸を殺そうとしたのはじいさまだし、狸は正当防衛でしょう」という意見が出たり、「兎の火責め、水責め、だまし討ちはやり過ぎ」と思われたりするわけです。
しかしここに「ばあじる事件」を加えると、一気に裁判の行方は変わるでしょう。
そんな風にして、我々の感情とともに様々に形を変えることは、むしろこの昔話のあるべき様相なのだと思います。
「かちかちやま」がどのように再話されているかによって、その時代の人間感情を量ることができる、という言い方もできるかもしれません。
そういう意味で、これはやはり、非常にすぐれた昔話だと思うのです。
推奨年齢:4歳〜
読み聞かせ難易度:☆☆☆☆
猟奇的度:☆☆☆☆☆
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