2017.03.29 Wednesday
絵本の紹介【100冊目】「ピーターラビットのおはなし」
こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。
今回はついに100冊目の絵本紹介です。
取り上げるのは、世界的名作「ピーターラビットの絵本」シリーズから、その記念すべき第一作「ピーターラビットのおはなし」です。
作・絵:ビアトリクス・ポター
訳:石井桃子
出版社:福音館書店
発行日:2002年10月1日(新装版)
先日、「ピーターラビット展」へ行ってきました。
その時の記事で、ビアトリクス・ポターさんの生涯などを紹介しておりますので、そちらも併せてご覧ください。
上の記事でも触れていますが、私がこのシリーズを読んだのは息子が生まれてからなんです。
読み聞かせするには、サイズが小さいし(縦15×横11程度の絵本です)、文が多くて、どちらかというと自分で読むための絵本という印象を受けます。
でも、試しに息子に読んでみたところ、あっという間に「お気に入りの本」扱いになり、特にこの第一作は何度でも繰り返してリクエストするようになりました。
そして私自身も、ピーターと、彼を取り巻く世界の虜になってしまいました。
この小さな絵本が、どうして36か国語に訳され、4500万部も売れたのか。
大人・子どもを問わず、読む者を惹きつけて離さないその魅力の源は何なのか。
私は、それは「リアリティとファンタジーの、究極の結合」にあると思います。
まずは、内容をざっと見てみましょう。
おおきなモミの木の下の家に住む、子ウサギのピーター。
父親はすでに亡く、母親と、3匹の妹たちと暮らしています。
ある朝、お母さんが買い物に出掛ける際、子どもたちを集めて言います。
「おひゃくしょうのマグレガーさんとこの はたけにだけは いっちゃいけませんよ」
そして、ピーター達の父親は、マグレガーさんの奥さんに「にくのパイ」にされてしまったという、読者にとってわりと衝撃の事件を語ります。
でも、いたずらっ子のピーターはそんなお母さんの言いつけなど聞いちゃいません。
それは絵からすでに読み取れます(妹たちはお母さんの方を向いているのに、ピーターは反対を向いています)。
果たして、お母さんがいなくなるやいなや、ピーターはマグレガーさんの畑に侵入し、手当たり次第に野菜を盗み食いします。
食べ過ぎで胸が悪くなったピーターは、パセリを探しに行く途中、マグレガーさんにぱったり遭遇してしまいます。
何しろ捕まったら「にくのパイ」ですから、ここの逃走劇は本当に命がけです。
ピーターは必死に逃げ、途中で上着も靴も無くし、やっとの思いで森の家に辿り着きます。
その晩、ピーターはお腹を壊し、お母さんに薬を飲まされ、ベッドに寝ていなければなりませんでした。
★ ★ ★
「ピーターラビットの絵本」がネット上で「実は怖い!?」などと噂されるのは、「にくのパイ」に代表される、「食べられエピソード」にあると思います。
このシリーズにおいて、人間や動物たちは共存してはいても、「みんななかよし」の甘い幻想世界の住人ではないのです。
ひげのサムエルに、だんごにされそうになる子猫のトム。
フロプシーの子どもたちをかどわかして食べようとするアナグマ・トミー。
ふくろうのブラウンじいさまに皮を剝がれそうになるりすのナトキン。
人間たちは、ぶたを労働力として使い、時にはベーコンにしてしまいます。
しかしその一方で、動物たちは服を着たり脱いだりし、後ろ足で立って歩き、商売をして生計を立て、言葉を解します。
これらの「空想」は、上記の「甘くない現実」の上に構築されるがゆえに、圧倒的なリアリティを生じさせます。
「リアリティとファンタジーの究極の結合」とは、こうした点です。
それは絵の表現においても顕著です。
ピーターはある絵では人間の男の子にしか見えません。
しかし、他のカットでは、うさぎそのものとして描かれています。
驚嘆すべきは、それらに何の矛盾も感じないという点です。
これは死んだうさぎを解剖して骨格まで調べたというポターさんの精緻な画力によるものですが、ピーターが後ろ足で立つ姿も、
「もしうさぎが靴を履いて後ろ足で立ったとすれば、こういう姿勢になるはずだ」
という、冷静な観察と分析のもとに描かれているから、無理を生じないのです。
また、シリーズ通して描かれる美しい自然や建物は、ポターさんが生活した湖水地方やヒルトップ農場の風景を再現したものです。
こうした特徴ゆえに、頭の固い大人たちの中からは、子どもがこのお話を読むことで「現実と空想の区別がつかなくなる」という批難の声が上がるかもしれません(現に、当時からそうした批判は多かったようです)。
そういう大人たちは、不幸な子ども時代を送ったがゆえに健全な想像力を育てられなかった哀れな人々ですから、そっとしておきましょう。
ただ、将来ある子どもたちの害とならないよう、引っ込んでいて欲しいと願うばかりです。
現実と空想は対立するものではありません。
それらは相互補完の関係にあります。
子どもはその卓越した想像力を行使して、真実を理解します。
空想は現実の理解を助け、現実は空想を育てるのです。
こんなことは、いちいち説明するまでもなく、子どもの成長を見ていればわかることです。
磨き抜かれた想像力は、透徹した現実的観察力となる。
これが真実であることは、作者の人物像が何よりも雄弁に物語っています。
ポターさんの子ども時代はけっして幸福なものとは言えず、厳格な両親のもとで、牢獄に繋がれたような毎日を送っていました。
同年代の友達も作れず、自由に外出もできず。
そんな中で、少女を孤独から救ったのは想像力でした。
彼女はその類稀なる力で、動物と会話し、自然と触れ合い、自分だけの―――そしてやがて「ピーターラビットのおはなし」に繋がる世界を創造していったのです。
ポターさんが若いころに記した暗号日記が残され、解読されていますが、その中には、「実際に」彼女が動物たちと会話していたらしい記述が認められます。
私は、彼女が本当に動物たちの言葉を聴くことができたのだとしても驚きませんが、こうした「空想」を逞しくしていった結果、彼女は現実世界から遊離した、ふわふわと地に足のつかない人間になったでしょうか?
ポターさんほど多くの研究者の対象となった絵本作家は稀ですが、それは彼女が単に世界的名作の作者であるというだけではなく、極めて優れた経営手腕を持った女性だったからです。
もともとは知り合いの息子に向けて作った「ピーターラビットのおはなし」を絵本化しようと、ポターさんは自ら出版社と交渉し、断られると自費出版に踏み切り、たちまち人気作家となります。
彼女が凄いのは、シリーズの絵本・ぬいぐるみ・おもちゃなどに関する版権をすべて押さえていたこと(弁護士の夫の力もあるでしょうけど)。
そしてその収益をもとに、農場経営や自然保護などの活動に取り組んだのです。
これらの現実的生活力や認識力・分析力は、現実と空想を結び付ける想像力を源としているとは言えないでしょうか。
もうひとつ、私が気に入っている点は、ポターさんの語り口です。
ピーターは親の言いつけを聞かなかったために散々な目に遭いますが、作者の抑制的な文章によって、それは少しも教訓的な話になっていません。
ただ、大人が考えるほどに甘くも平和でもない「子どもの世界」を、完全な形で描いた絵本に巡り会えたことが、子どもにとってどれほど心強い「生きる力」となるかは、想像に難くないのです。
推奨年齢:4歳〜
読み聞かせ難易度:☆☆☆☆☆
現実と空想の絶妙な配合度:☆☆☆☆☆
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