【絵本の紹介】「セロひきのゴーシュ」【371冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

さて、新年度を迎えたわけですが、世界はいつ収束するともわからないウイルスとの戦いに恐々としたままです。

東京も封鎖するの? しないの? やっぱりするの? 的なやり取りが繰り返されてます。

すでに封鎖された他国の都市で生活されている人から「何が必要か」と聞くと、食料品や日常品の備蓄は当然ながら、「本」という声が実に多いようです。

 

やはり人はパンのみに生きるにあらず、なのです。

大人も子どもも、今こそたくさんの本を読みましょう。

最近の研究では健康長寿のためには食事や運動に加えて「読書習慣」が重要であるということが報告されています。

 

今回は夭逝の詩人・宮沢賢治の児童文学を絵本化した「セロひきのゴーシュ」を紹介します。

作:宮沢賢治

絵:茂田井武

出版社:福音館書店

発行日:1966年4月1日

 

セロというよりも「チェロ」と呼んだ方が一般的かもしれません。

四本弦のヴァイオリンのような楽器です。

宮沢賢治自身もセロの演奏を学んでいたそうです。

 

宮沢作品については今さら私ごときがどうこう評するのも憚られますが、実に多くの傾倒者を生んだ作家です。

それはひとつには「銀河鉄道の夜」などに代表される彼の作品から読み手に伝わる豊かなイメージの力だと思います。

 

彼の思想はイメージと不可分に結びついていることで、感情を通して直接流れ込んできます。

それだけに、その世界を絵にすることは難しいとされています。

 

茂田井武さんによるこの「セロひきのゴーシュ」は、今なお宮沢賢治を原作とした絵本作品の中で最高峰の一冊とされています。

そして同時に、茂田井さんが文字通り命がけで取り組んだ最後の絵本作品でもあります。

その経緯は後にして、まずは内容をざっと読んでみましょう。

 

町の楽隊のセロ弾きであるゴーシュは、仲間のなかで一番下手。

今度の町の音楽界で演奏する第六交響曲の練習でも、一人だけ楽長から何度もダメ出しをくらいます。

ゴーシュは懸命に弾きますが、楽長からは演奏に「表情が出てこない」「ほかの楽器と合わない」とボロカスに言われて、悔し泣きします。

家に帰ってからもゴーシュは顔を真っ赤にして練習しますが、うまく行きません。

 

その夜、いっぴきの三毛猫がゴーシュを訪ねてきて、演奏を聴いてあげると言います。

ゴーシュは「なまいきだ」と腹を立て、ひどい演奏をして猫を苦しめ、さらにいたぶって追い出します。

 

ところがそれから毎晩のように動物がゴーシュを訪ねてくるようになります。

ドレミファを教わりたいというカッコウ、小太鼓とセッションをしたがる子だぬき、演奏で病気を治してほしいという野ねずみの親子。

ゴーシュはそれらを鬱陶しがりながらも、徐々に態度を軟化させていきます。

そして彼らとの交流の中で、次第に演奏にも変化が現れます。

 

音楽会本番、ゴーシュたちの演奏は大成功をおさめます。

さらにアンコールを求める聴衆に、楽長はゴーシュが一人で何か演奏するように言います。

ゴーシュはやけくそであの猫を苦しめた「インドのとらがり」を弾きますが、意外にも聴衆はじっと聴き入り、楽長からも褒められます。

ゴーシュはいつの間にか以前とは比べ物にならないくらい上達していたのです。

 

★      ★      ★

 

ここには楽器の熟達を通じて、人間が何かを学ぶということについて描かれています。

顔を真っ赤にし、全身に力を込めて演奏しようとするゴーシュ。

いくら熱心であっても、それでは楽器の演奏はうまく行きません。

 

ゴーシュの「力み」は、動物たちへの傲慢で狭量な態度からも読み取れます。

しかし、物語が進むにつれ、少しずつゴーシュは彼らに心を開き、素直さを見せ始めます。

そして同時に、これまでの頑なな自分自身の殻を破る勇気も持ち始めるのです。

 

単に指先の鍛錬だけでは、真にレベルの高い演奏には辿り着けません。

上記のような精神的・人間的成長があって初めてそのレベルに到達できます。

逆に言えば、だからこそ人を感動させることができるのです。

これは楽器に限った話ではなく、あらゆる芸術につながることだと思います。

 

この素晴らしい絵を描いた茂田井さんですが、彼に「セロひきのゴーシュ」の挿絵を依頼した「こどものとも」編集長の松居直さんが、1984年3月号の「別冊太陽」にその経緯を詳しく書かれています。

 

松居さんが茂田井さんの家を訪ねた時、茂田井さんは持病の喘息が悪化して臥せっており、奥さんが出てきて仕事の話を断ろうとしました。

すると話を聞いていた茂田井さんが「あがってもらいなさい」と声をかけます。

病状を気にして帰ろうとする松居さんに、茂田井さんは「賢治のゴーシュでしょう。それが出来るなら、ぼくは死んでもいいですよ」。

そして実際、1956年に「こどものとも」第2号として「セロひきのゴーシュ」が発表された翌年、茂田井さんは息を引き取ってしまいます。

 

別々の時代に生まれ、共に若くしてこの世を去った薄命の詩人と画家は、絵本という形で見事な合奏を実現したのです。

 

推奨年齢:5歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

「インドの虎刈り」「愉快な馬車屋」聴いてみたい度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「セロひきのゴーシュ

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【絵本の紹介】「ボタンのくに」【367冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

新型コロナウイルス感染症問題が混迷を深める中、混乱と不安のままに突然の休校が宣言され、困惑している子どもたちや保護者の方々も多いことでしょう。

休みだからといって人の多いところには行けないし、どうやって過ごせばいいのか。

 

今こそ読書しましょう。

私は幼稚園にも行かずきょうだいもいない息子と6年間遊んできましたが、やっぱり絵本や他の本に随分助けられました。

テレビもつけないし、ゲームもしませんので。

 

こんな時に……とも思いましたが、こんな時だからこそ絵本の紹介をしていきたいとも思います。

今回は西巻茅子さんのデビュー作「ボタンのくに」を紹介します。

作:中村成夫・西巻茅子

絵:西巻茅子

出版社:こぐま社

発行日:1967年8月30日

 

ぬいぐるみのうさぎから取れた「あかいボタン」の冒険を描いたファンタジー絵本。

丸と三角を組み合わせたシンプルな造形で擬人化されたボタンたち。

 

西巻さん独特の子どもの落書き帳のような楽しい画面に惹きつけられます。

そして実際、子どもたちはこの絵本に言い知れぬ親近感と共感を覚えるようなのです。

 

1966年、こぐま社を設立した佐藤英和さんは、安易な流行を追った絵本作りに警鐘を鳴らし、日本の子どもたちのために本当に後世に残る良い絵本を世に出すため、熱意をもって仕事をされていました。

そして当時まったく無名だった西巻さんの絵に可能性を感じ、「絵本を作りませんか」と持ち掛けます。

 

それから3か月ばかりで描き上げた絵に、中村成夫さんが文章を付け、たちまち「ボタンのくに」が完成します。

無我夢中で作ったこの作品に対し、気恥ずかしさを覚えていたという西巻さんですが、発行されて2年ほどしたとき、佐藤さんのもとへ読者の母親から手紙が届きます。

 

その内容は「絵本に魅せられて」(佐藤英和・こぐま社)の中に詳しいですが、この絵本がいかに子どもの心を捉えて離さないか、そして大人目線では見逃してしまう魅力が存在することが綴られていました。

 

本当にこの作品は、一読しただけではなかなかその魅力のすべてに気づくことは難しいです。

ただ、子どもは実に的確な評価を下します。

 

あかいボタン」は「あこちゃん」のぬいぐるみのうさぎの「ぴょん」の片目に使われていたものですが、取れて草むらに落ちてしまいます。

転がって行った先は「ボタンのくに」。

黄色いボタンの女の子たちに遊園地へ案内されます。

はりやまの スキーじょう」で遊び、黒いボタンにぶつかって追い回され。

リボンのかわ」を渡り、「いとくずの ジャングル」を抜け……。

逃げ込んだボタンのお城には、いろんな形、いろんな大きさのボタンがいっぱい。

赤いボタンは王さまに呼び出され、そこでぴょんからきた手紙を読んでもらいます。

 

片目を失くしたぴょんが困っていることを知り、赤いボタンは「ぱちんこロケット」で帰って行きます。

あこちゃんの家の庭に落ちた赤いボタンは、無事に発見され、ぴょんの目に戻ります。

 

★      ★      ★

 

針山や裁縫道具も子どもたちの生活から離れたものになりつつありますけど、この絵本の魅力は衰えません。

「子どもの落書き」と評しましたけど、当然「崩して描く」ためには基本的画力がしっかりしていないとできません。

単に「子どもみたいな絵」を描いたら子どもが喜ぶ、と考えたら見誤ります。

 

ボタンのくにの遊園地のカット、はっきりした線や色はありませんが、どうしても見入ってしまいます。

裁縫道具で作られたひとつひとつの遊具、ボタンたちひとりひとりの行動をずっと追って行くうちに、自然とこの空想世界へ引き込まれていくのを感じます。

 

一枚の紙にいっぱいにお絵描きすることの楽しさ、そして描き込んでいくにつれ、絵に命が吹き込まれていくのを感じた時の純粋な歓びがここにあります。

 

私も息子のために何百枚となく絵を描いてきましたけど、「子どもが喜ぶ絵」というのは単純な「上手下手」とはさほど関係ないのですね。

私ははっきりと下手ですけど、描きながら「あ、これは息子がぜったい喜ぶな」という絵はわかります。

 

絵本の絵というものは、やはり「どう描けば子どもが喜ぶか」を突き詰めた先にあるものだと思います。

「子どもが喜ぶ絵」は大人にも喜びを与えるものです。

大人の方が鈍感ですけどね。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆

不思議の国のアリス感度:☆☆☆

 

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【絵本の紹介】「かぼちゃひこうせんぷっくらこ」【344冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

ハロウィン近しということで、かぼちゃの登場する絵本を持ってきました。

北欧の児童文学作家と童画家による「かぼちゃひこうせんぷっくらこ」です。

作:レンナート・ヘルシング

絵:スベン・オットー

訳:奥田継夫・木村由利子

出版社:アリス館

発行日:1976年10月10日

 

二匹のかわいいクマが巨大なかぼちゃ型飛行船に乗って遊覧している表紙絵。

楽しそうな作品で、読んでみると実際に楽しいんですけど、くまくんたちの会話に差し込まれる哲学的・詩的な表現がやけに心にひっかかって、咀嚼しきれない不思議な読後感を残します。

派手ではないけど、忘れることのできない、独特な作品。

 

二匹のクマは「おおぐま」「こぐま」というそのまんまなネーミングのキャラクター。

しかし読み進めるうち、そういう呼び名にも意味が込められていることに気づきます。

 

二匹は親子や兄弟ではなく「ともだち」で、一緒に住んでいるルームメイト的関係。

ある時、こぐまくんの食事の中に何かの種が紛れ込みます。

 

うえてみようよ。こぐまくん

あめがふっているのに?

あめも また たのし、かささせば……

おおきなくまは きんのかさ ちいさなくまは ぎんのかさ

 

こんな洒落た会話を交わしつつ、二匹は種を庭に埋めます。

やがて種は芽を出し、どんどん大きくなって、かぼちゃを実らせます。

かぼちゃはさらに巨大化していき、家を圧迫し始めます。

二匹はかぼちゃをくり抜き、窓を開け、かぼちゃの中に引っ越します。

やがて嵐の夜にかぼちゃは海に吹き飛ばされ、船になります。

ぼくたち、うみぐまだ。おおくまくん

こんなときは つりにかぎるぞ。こぐまくん

二匹は魚を釣り、船上生活を楽しみます。

冬が来て雪が降ると、

このままいくと、ぼくら、しろくまになるぞ

ゆき また たのし、ひをたけば……

 

火をくべると、暖まった空気によってかぼちゃは空に浮かびます。

おう。こんどは そらくまだな。こぐまくん

そんなくま、どこにもいないよ。おおくまくん

えほんのなかに いるじゃない?

おおくまくん。ぼくたち、そらをとんでいると、”おもった” から、ぼくたち、ほんとうに いるんだね

おもうこと また たのし、か! こぐまくん

 

かぼちゃひこうせんは「ぷっくらこぉ ゆったりこ」と空を飛んでいきます。

 

★      ★      ★

 

この絵本を特別な印象にしているのは、やっぱり文章の軽妙さ・不思議さでしょう。

幼い子には難解に思われるかもしれない言い回しが多用されますが、子どもにとって重要なのは「意味」以前に「響き」です。

繰り返される「……もまた たのし」という言葉の、本当に楽しくなってくるリズムの良さ。

 

どんどん大きくなって、船や飛行船になるかぼちゃ。

伸びやかな空想の世界は絵本にはよくあるところのものですが、最終シーンにおける二匹の会話は、ちょっと普通の絵本ではありません。

 

このくまたちは「絵本の中」にいるのであり、それゆえに「うみぐま」にも「そらくま」にもなれる自由さを持っているのだということ、そしてその自由さはまさにこの絵本を読んでいる読者の「思考」の中にこそ存在しているのだということを、二匹の会話は示唆しているのです。

 

ぼくたち、そらをとんでいると、”おもった” から、ぼくたち、ほんとうに いるんだね」というデカルト的なこぐまくんのセリフは、「空想絵本」としてあっさり読み込もうとする大人の鈍った思考に鋭い一撃を打ち込みます。

 

この不思議な絵本の舞台は「心」であり、その世界は「詩」と「哲学的思考」によって無限に広がっていくのです。

 

推奨年齢:6歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

二匹の精神的豊かさ度:☆☆☆☆☆

 

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【絵本の紹介】「まあちゃんのながいかみ」【340冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

「果てしなく自由な空想は子どもの特権」と言われると、特に抵抗なく首肯してしまいそうですが、実際のところは少し違うと思います。

全ての子どもが柔軟で伸びやかな空想力を発揮できるかというと、そうでもありません。

空想力は適切に育てないと伸びない種類の能力です。

そのための最適な時期が子ども時代であるということです。

 

普通に考えて、人生経験も知識も不足している子どもには、空想に用いる「手持ち材料」が大人に比べて足りないわけです。

その限定的な「枠」から一歩外へ出してやるには、大人の導きが必要です。

 

私もよく息子と「空想ごっこ」をやります。

そんな時、私の方から目先を変えてやると、それをきっかけにして息子がどんどん先へ進んでいくことがあります。

「こんなのもある、こんなやり方もある」……「枠の外」へ飛び出し、走り出した子どもの表情は輝いて見えます。

もうそうなれば、大人の出る幕はありません。

 

今回紹介するのはどこまでも伸びる空想(と髪の毛)が楽しすぎる絵本「まあちゃんのながいかみ」です。

作・絵:たかどのほうこ

出版社:福音館書店

発行日:1989年9月1日(こどものとも年中向き)

 

庭らしきところでテーブルと椅子を出し、クッキーとジュースを並べ、女の子3人が語らっています。

優雅な女子会。

主人公「まあちゃん」は、タイトルに反して短いおかっぱ頭。

友人の「はあちゃん」「みいちゃん」はロングヘアを自慢します。

 

それに対抗して、まあちゃんは「あたしなんかね、もっと ずっと のばすんだから」と言い出します。

ずっとずっとずっとずっと、ずうーっとよ!

その長いことといったら……。

はしのうえから おさげを たらして さかなが つれるくらいなのよ

ギネスブックもびっくり。

 

さらにおさげはロープにもなり、牛を捕まえることもできます。

髪の毛にくるまって寝袋のように眠ることもできます。

家じゅうの洗濯ものを一度に干すことだってできるのです。

この時まあちゃんが読んでいるのは名作「どろんこハリー」。

 

友達二人はまあちゃんの空想に対し、否定するわけではなく、「そんなに ながかったら あらうのが たいへんじゃない?」「どうやって とかすのよ、そんなかみ」と、リアルな疑問を投げかけます。

 

しかし、乗ってるまあちゃんは嬉し気に疑問に答えて行きます。

最後に「ひきずっちゃって こまらない?」というもっともな質問に、まあちゃんは「パーマにしとくの」。

すると、まあちゃんの髪は巨大な森になって、小鳥やりすや虫たちが集まってくるのです。

 

このとんでもない空想に、はあちゃんとみいちゃんはそろって「それって たしかに とってもいい……」と納得し、「まあちゃんの かみ、 はやく のびるといいね」と応援するのでした。

 

★      ★      ★

 

この絵本では、現実のまあちゃんたちのやり取りがモノクロで描かれ、空想世界が鮮やかな色彩で彩られています。

子どもにとっての空想世界が、現実以上に活き活きとした実感を持って存在していることが伝わります。

 

負けん気の強いまあちゃんも可愛らしいですが、私ははあちゃんとみいちゃんの態度が素敵に感じます。

子どもは意外と冷静なツッコミをするものですが、空想そのものを否定することはしません。

まあちゃんの突き抜けた空想が「いいな」と感じたら、素直に共感することができるのです。

 

3人のやり取りに示されているように、空想とは何でもありのカオスではありません。

自分自身を含めて、ちゃんと「納得感」を与えなければならないのです。

「納得感」と「実現可能性」は必ずしもイコールではないのです。

 

私の息子も、最近になっていよいよ私の予想の範疇を超えた想像力を垣間見せることが出てきました。

たぶん、あと少ししたら私の方がついて行くのに必死になり、そしてあっという間に置いて行かれるのでしょう。

その時を楽しみにしています。

 

推奨年齢:3歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆

いい友達度:☆☆☆☆☆

 

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【絵本の紹介】「アルド わたしだけのひみつのともだち」【314冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今年亡くなられたジョン・バーニンガムさんとトミー・アンゲラーさんの絵本を読み返す機会が増えました。

私は絵本作家本人とその作品の関連性を考察したりしますが、別に優れた絵本は優れた人間から生まれるとは思っていません(逆も然り)。

けれど、この二人に関しては作品と人間性が実に一致してると感じています。

二人とも、とてもカッコイイ大人の男なんです。

 

今回はバーニンガムさんの「アルド わたしだけのひみつのともだち」を紹介します。

作・絵:ジョン・バーニンガム

訳:谷川俊太郎

出版社:ほるぷ出版

発行日:1991年12月1日

 

簡単に内容をまとめてしまえば、孤独で内向的な少女が、「アルド」という空想上のともだちを心の支えとするお話です。

表紙で女の子と肩を組んでいるのがアルド。

マフラーをした巨大なうさぎみたいな外見。

 

で、率直に感想を申し上げると「暗い」んですね。

書評なんかを見てますと「心温まる」なんてワードが出てきますが、私はあんまり心温まりませんでした。

暗いもの。

 

大型絵本の体裁で、テキストは少なく、絵の余白が目立ちます。

色彩もどこか暗く儚く、危うい脆さを内包しています。

 

さらにアルドが無表情でセリフがなく、どこか不気味な点もこの作品が暗い要因のひとつです。

この暗さは、例えばぬいぐるみと少女の交流を描いた林明子さんの傑作「こんとあき」と読み比べると一層際立ちます。

 

≫絵本の紹介「こんとあき」

 

他の人の目にも見えて、大いに喋って動いて活躍する「こん」の圧倒的存在感に対し、アルドはあくまでも主人公の心の中にのみ存在し、他者には見えないし物理世界に影響を及ぼすこともできません。

この明確な陰陽はなかなか興味深いところです。

 

テキストは少女の独白で語られ、のっけから「わたしはひとりきりで すきなように ときをすごすことがおおい」と内向的。

この少女はあまり外へ出かけたり他の子と遊んだりするのが得意ではないのです。

彼女は自分のことを「とてもとてもうんがいい」と思っています。

それは特別な友だちのアルドがいてくれるから。

学校でいじめられた時、夜中に怖い夢を見て目を覚ました時、アルドが来てくれて安心させてくれるのです。

アルドのことは誰にも話せません。

言っても信じてもらえないことは少女にもわかっています。

けれど、本当にアルドはいるのだということを少女は知っています。

時にはアルドのことをすっかり忘れている日もあるけれど、本当に辛いことがあれば、アルドは必ず来てくれるのです。

 

★      ★      ★

 

少女の内面世界や、精神分析的な考察はいくらでもできますが、それは於いておきましょう。

ここではバーニンガムさんがどうしてあえてこの物語をここまで「暗く」描いたのかについて考えてみます。

アルドと少女の「遊び」のシーンは幻想的というよりも怪奇的で、はっきり言って私には怖いくらいです。

 

そして、ここには私のような大人が内心望むところの「少女の精神的成長」が描かれません。

少女は最初から最後まで内気で孤独であり(最後に他の友達と遊ぶ姿もあるけど)、アルドだけが心の支えである、という認識のまま物語は終わります。

 

そこがこの絵本が「暗い」最大の理由です。

 

大人としては、子どもが想像上の友だちを持つことは理解するけれど、いつかはそこから現実世界へ踏み出して「強く」生きて欲しいと思うことは避けがたいことです。

つまり、アルドの助けを得て、最終的には少女はアルドなしで世界に立ち向かう強さを手に入れるという物語ならば、こう暗くはならないと思うのです。

 

以前紹介した「ラチとらいおん」なんか、まさにそういう絵本です。

らいおん」はアルド同様他者にはおそらく見えませんが、この作品とは比べようもないほど明るい絵本です。

 

≫絵本の紹介「ラチとらいおん」

 

それを承知の上でバーニンガムさんはこういう描き方をしたのでしょう。

それは彼の子どもへの「無条件の承認」という限りない優しさから来ているのです。

 

彼は子どもに「成長しろ」と決して言いません。

内気な子もそうでない子も、そのありのままを受け入れ、認めます。

 

大人たちは子どもが一人遊びをしているとすぐに心配します。

「友だちと遊ぶことは無条件に良いこと」だと言わんばかりに、一人遊びをやめさせ、大勢の中に放り込もうとします。

大きなお世話です。

 

でも、たいていの子どもは素直なので、一応他の子と遊んでみます。

しかし、やっぱりそれは自分の正直な欲求とはずれているわけで、辛いわけです。

放っておいたって、友だちと遊びたくなれば遊ぶものを、周りの大人がそういう余計な手出しをするから、子どもは一人でいること・一人でいたいと思うことがまるで悪いことのように思ってしまいます。

で、余計に内向的になって、隅っこで一人になるわけです。

 

もっと堂々と一人でいたっていいじゃないですか。

一人遊びはちっとも悪いことでも恥ずかしいことでもないんですから。

 

バーニンガムさんはその懐の深さと本物の優しさから、ある種の子どもたちの救いとも言うべきこの絵本を描いたのだと思います。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆

空空寂寂度:☆☆☆☆

 

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