【絵本の紹介】「いつもちこくのおとこのこージョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー」【387冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回はジョン・バーニンガムさんの絵本を紹介しましょう。

長いですよ。タイトルが。

いつもちこくのおとこのこ−ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー」です。

作・絵:ジョン・バーニンガム

訳:谷川俊太郎

出版社:あかね書房

発行日:1988年9月

 

もうこのタイトルだけでも面白そうで手に取らずにはいられないですね。

外国の名前はファーストネームやらミドルネームやら色々と長いけれど、それをあえて略さずに忠実に表記するだけでなんだかユーモラス。

しかもこの長い名前は文中で何度も繰り返して唱えられます。

 

ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーは表紙の男の子の名前ですけど、彼の前にいるのは学校の先生。

何やら悪魔的な顔と魔術師的な指先、それにいささか巨大なデフォルメによって、主人公の長い名前がまるで呪文のように聞こえてきます。

 

谷川さんの訳文もリズミカルで、絵本の王道的繰り返し展開が心地よく読めます。

ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー、おべんきょうしに てくてく でかける

ところが途中の道でわにがマンホールから現れて、ノーマンのかばんに食いつきます。

ノーマンは手袋の片方を犠牲にかばんを取り戻し、学校へ向かいますがすっかり遅刻。

先生はノーマンに遅刻と手袋紛失の理由を問いただします。

 

ノーマンは正直に起こったままのことを話します。

しかし、そんな話を先生が信じられるはずがありません。

このあたりでは げすいに わになど すんでおらん。いのこりして <もう わにの うそは つきません、てぶくろも なくしません。>と 300かい かくこと

と罰を与えます。

ノーマンはその通りにします。

 

そしてまた別の日、学校へ行く途中でノーマンは、今度はライオンにズボンを食いちぎられ、木に登ってやり過ごします。

もちろんまた遅刻。

先生はノーマンに遅刻の理由を問いただし、ノーマンはまた正直にありのままを答え、もちろん先生は信じずに罰を与えます。

 

そしてまた別の日、今度はノーマンは通学途中に高潮に呑み込まれて遅刻。

先生に罰を受けます。

淡々と繰り返されるありえない出来事。

あまりにも不運なノーマンが気の毒だけど面白い。

さあ次は何が起こるのか……と思っていると、今度は何も起こらず、ノーマンは遅刻しません。

 

ところが、教室に入ってみると先生がゴリラに捕まって屋根にいます。

ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー、わたしは おおきな けむくじゃらの ゴリラに つかまって やねに おる。すぐに わたしを おろすこと

と先生はこんな状況でも命令口調で言いますが、ここでノーマンはさらっと、これまで自分が先生に言われた通りに

おおきな けむくじゃらの ゴリラなんてものは このあたりの やねには いませんよ

とスルーするのでした。

 

★      ★      ★

 

ユーモアの中に大人がドキッとするようなスパイスが効いた作品です。

不条理な目にあってもどこか飄々としたノーマンが、最後の最後に無理解な先生にお返しをする痛快な物語……というのが一読した印象かもしれませんが、この先生がどこか憎めないんですね。

 

それはキャラクターデザインや滑稽なオーバーアクションによるところも大きいけれど、バーニンガムさん独特の人間理解がそうさせているように感じられます。

バーニンガムさんの絵本にはいつもある種の突き放したような素っ気なさがあり、問題提起のようなものはあるけれども「こうなるべき」という説教臭さは微塵もありません。

そのことがかえって彼の作品を限りなく優しいものに仕立てています。

 

ノーマンの正直な告白を頭から信じようとしない無理解な先生は世間の大人の代表です。

飄々と振舞いつつ、世間の仕組みに抗う力はまだないノーマンはまさに世の子どもの代表です。

 

子どもには次々と驚くべき事件が起こり、子どもたちはそれを飄々と受け入れます。

大人たちはすでにそんな瑞々しい感性を失い、子どもたちをどう管理するかしか頭にありません。

 

でも、かといってバーニンガムさんは「だから大人は駄目なんだ」とは言わないのです。

ただ「そういうもの」として大人と子どもの「断絶」を飄々と受け入れ、描きます。

 

この構図は「なみにきをつけて、シャーリー」にも見て取れます。

 

≫絵本の紹介「なみにきをつけて、シャーリー

 

ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーは淡々と「おべんきょうしに」出かけていきます。

ワニやライオンや高潮に襲われ、先生に何百回もの反省文を書かされ、彼は結局何を学んだのでしょう。

 

それはラストシーンにおける「…なんてものは このあたりには いませんよ」という、(それまで自分が言われ続けてきた)返答です。

こうして子どもは世間知を身につけ、やがては大人になります。

そしてやっぱり次の世代の子どもに向かって、あの先生のような態度に出るのかもしれません。

 

繰り返しますが、バーニンガムさんはそれを「悪いこと」としては描きません。

「そういうもの」だと、そっと示すだけです。

 

さりとて、この大人と子どもの断絶は永遠に繰り返されるものとは限りません。

ノーマンが学んだことは他にもあるからです。

それは「この世には思いもよらぬことが実際に起こり、そしてそれは体験したものにしか理解できない」ことです。

 

この絵本における未来への可能性というか光のようなものはそこにあります。

最後にノーマンは「もっと おべんきょうしに」出かけていきます。

まだ学びが終わっていないことそのものが、人間の希望なのです。

 

推奨年齢:6歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆

名前の響きの心地よさ度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「いつもちこくのおとこのこージョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー

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【絵本の紹介】「くろずみ小太郎旅日記 おろち退治の巻」【385冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回は絵本界の浪曲師・飯野和好さんによる「くろずみ小太郎旅日記 おろち退治の巻」を紹介したいと思います。

作・絵:飯野和好

出版社:クレヨンハウス

発行日:1997年3月

 

以前このブログでも取り上げた「ねぎぼうずのあさたろう」シリーズと並ぶ、同作者の人気シリーズ。

 

≫絵本の紹介「ねぎぼうずのあさたろう その1」

 

やっぱり時代劇風・浪花節風・講談風の作品で、主人公は炭。

昔はどこの家庭にもあった一般的な燃料ですが、今は焼き鳥屋にでも行かないと見ることも少ないですね。

炭を擬人化するとか、いかにも飯野さんらしい。

 

この「くろずみ小太郎」は忍術の心得がある旅の若者。

テキストは「ねぎぼうずのあさたろう」よりもさらに簡潔、というより圧倒的に絵に比重があり、オール見開きの迫力あるカットが連続します。

ことにおろちが登場するまでの展開は、他の作家なら2場面くらいにまとめてしまうところを5場面もかけて(しかも全部見開きで)描いています。

その間テキストはほんの1、2センテンス。

冗長というのではなく、あえて「間」を取ることで、講釈を聴いているような、紙芝居を観ているようなワクワク感を呼び起こされます。

 

さて、巨大なおろちにあっさりひと呑みにされてしまったくろずみ小太郎、おろちの腹の中で「たどん」(炭を練った玉)に火をつけて明かりにすると、先に呑み込まれていた旅の親子の姿が。

これははやくだっしゅつしないと とかされてしまうぞ

一計を案じた小太郎は、「特大の下しぐすり」の術で、おろちに下痢を起こさせ……

ま、ようするに下の出口から旅の親子ともども飛び出します。

 

おろちはぐったり。

脱出に成功したくろずみ小太郎は再び旅を続けるのでした。

 

★      ★      ★

 

飯野さん一流の、泥臭くも迫力いっぱいの画面、アングル。

今の日本ではなかなか見られない雄大な景色、たなびく雲。

こういう時代には本当に忍術使いやおろちが生きていたのではないかと想像させるのに十分な絵筆の力を感じます。

 

あとがきでも書かれていますが、この絵本のモチーフとなっているのは古典落語の「夏の医者」という噺です。

落語にはこの大蛇=「うわばみ」というやつがよく登場します。

人間を丸のみにしてしまうほど大きな蛇で、「夏の医者」では、古いチシャを食べて当たった病人を見舞いに行く途中で医者がこいつに呑み込まれてしまいます。

腹の中で医者はやっぱり下剤を撒き、うわばみの肛門から脱出するけれども、大事な薬篭(薬かばん)を腹の中に忘れてきてしまい、うわばみにもう一度呑んでくれと頼みます。

するとうわばみは「夏の医者(チシャ)は腹に障る」と断る……というサゲになっています。

 

毎日暑い日が続きますが、みなさまも食べ物にはご注意くださいね。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆

忍術らしさ度:☆

 

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【絵本の紹介】「どろぼうがっこう」【384冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

長い梅雨がやっと明けて、一気に暑くなりましたね。

今回は加古里子(かこさとし)さんがセツルメント運動時代に子どもたちのために描いた紙芝居をもとにした絵本「どろぼうがっこう」を紹介しましょう。

作・絵:加古里子

出版社:偕成社

発行日:1973年3月

 

歌舞伎役者みたいな「くまさか とらえもん せんせい」の指導の下、生徒たちは立派な悪い泥棒になるために「どろぼうがっこう」で勉強しています。

見た目は完全におっさんなのに、行儀に並んで先生の言うことに「はーい」と返事をする「かわいい せいとたち」。

どろぼうがっこうですから、授業内容も宿題も盗みに関することばかりです。

でも、顔は怖いけどどこか抜けている生徒たちはおかしなものばかり盗んできて、先生を怒らせてしまいます。

 

さて、そんなどろぼうがっこうにもちゃんと遠足があります。

どろぼうがっこうの遠足は夜、「かねもちむら」へ泥棒に繰り出すのです。

♬ぬきあし さしあし しのびあし」……のワクワクするリズムに乗って、くまさか先生と生徒たちは一番大きな屋敷へ忍び込みます。

そこで頑丈な鍵のかかった部屋を見つけ、鍵を破って侵入しますが、中はまっくら。

右も左もコンクリの壁。

一体この部屋は……?

その時、ぱっと電気がつくと、なんとそこは牢屋の中。

この建物は刑務所だったのです。

どろぼうがっこうの面々は、間抜けにも自分から牢屋の中へ入ってしまったというわけでした。

 

★      ★      ★

 

絵本界の大御所、加古さんについては過去記事で何度となく紹介してきました。

若いころに敗戦を経験し、それからの人生をひたすら子どもの支援に捧げることを決意した加古さん。

 

上記した通り、この作品はセツルメントの子ども会で演じた自作の紙芝居が原型になっています。

加古さんはそれまでも何度かその会で紙芝居を披露したのですが、これがあまり受けない。

面白くないものには見向きもしない正直な子どもたちの反応にショックを受けた加古さんは、子どもたちの遊びの中に入っていき、そこで子どもというものをとことん観察します。

 

そうして生まれたのが「どろぼうがっこう」というわけですが、加古さんにとってはまるで自信のない出来だったようで、時間のない中で作った乱暴な絵(紙芝居時はほぼ単色に近い絵だったのです)によるお笑い劇を子どもに見せることに躊躇いすら覚えていたといいます。

ところがこれが加古さんの予想を遥かに裏切って、子どもたちから大絶賛。

ことあるごとにアンコールを受ける大人気作品となったのですから、加古さんは改めて大人と子どもの作品を見る目の乖離を感じたようです。

この経験が加古さんの絵本作りに大きな影響を与えたことは言うまでもないでしょう。

 

キャラクターデザイン通りに、劇中での「くまさか せんせい」は常に歌舞伎役者のような独特のポージングを決めています。

しかし、歌舞伎狂言になじみの薄い現代の子どもたちにはこういう細部は伝わらないかもしれません。

大泥棒が子どもたちにとって一種のヒーローであった時代、お芝居が盛んであった時代はすでに遠くなりました。

 

それでもなお、「どろぼうがっこう」は今の子どもたちにも変わらず支持され、読まれ続けています。

目まぐるしく流行が移り変わる世の中にあって、絵本というものは本当に息の長いメディアです。

後の世代に残したい文化、芸術、そうしたものを絵本に盛り込んでおくことは、だから非常に意味のあることといえるかもしれません。

 

そしてもし子どもがそうした文化に興味を示したとしたら、旬を逃さず様々な芸術文化に触れさせてやれるよう、大人の自分も勉強を怠ってはならないと感じます。

 

推奨年齢:3歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆

憎めない泥棒度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「どろぼうがっこう

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【絵本の紹介】「キャベツくんのにちようび」【383冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

熊本ではまた豪雨災害で大変なことになっているようですね。

大阪でも今日は朝から雨です。

今年は梅雨が長い気がしますが、この湿度で気温まで上がってきたら、マスク必須な今の生活がきついものになりそうです。

学校での熱中症も心配だし。

 

さて、なんとなく重苦しい空気を吹き払うような楽しい絵本を紹介しましょう。

久々登場「キャベツくん」シリーズより「キャベツくんのにちようび」。

作・絵:長新太

出版社:文研出版

発行日:1992年5月20日

 

このブログで「キャベツくん」を紹介したのは3年以上も前ですね。

いやあ、ほんとに久々。

 

≫絵本の紹介「キャベツくん」

 

ナンセンスの神様・長新太さんの真骨頂ともいうべきシュールなシリーズですが、なんだか意味は分からなくても読むと心が晴れやかになります。

キャベツを擬人化した「キャベツくん」と、ことあるごとに彼を食べようとする困ったちゃんの「ブタヤマさん」の掛け合いはここにしかない独特の味わい。

 

キャベツと豚といえばトンカツを連想しますが、ここではキャベツが主役。

そして「ブタヤマさん」というこのネーミングセンスね。

長さんらしい。

 

二人が広々とした原っぱで遭遇するなり、ブタヤマさんは「キャベツ、おまえを たべる!」。

そこへ後ろの草むらから大きな手が出てきて、「いらっしゃい いらっしゃい おいしいものが ありますよー」と手招き。

現れたのは三匹の巨大な招き猫。

ブタヤマさんはキャベツくんを食べようとしていたのも忘れて、

キャベツくん はやく はやく」なんて言いながら猫についていきます。

そこに出現したのは見渡す限りの広大なキャベツ畑。

ブキャッ」と驚くブタヤマさんですが、キャベツ畑は一瞬で消えてしまいます。

 

猫たちはさらに二人を手招きします。

おそるおそるブタヤマさんたちがついていくと、今度は……。

画面を埋め尽くす招き猫たち。

わけわかりません。

 

これまたすぐ消えて、さらに誘導が続き、最後は豚の大集団が出現します。

キャベツくんが「ブタヤマさんは ブタを たべるの?

ブタヤマさんは「ブタは たべない。トンカツだって たべない」。

 

三匹の魔法使い?の猫たちは去っていきます。

どうもからかわれただけのようです。

 

キャベツくんはブタヤマさんの手を引き、「ぼくのうちで おいしいものを ごちそうしてあげるよ」。

 

★      ★      ★

 

とにかく憎めないブタヤマさんのキャラクター。

今回もストーリーは意味不明ながら、「ページをめくるたびに画面いっぱいに何かが出現する」という長さんが好んで使う手法は第一作「キャベツくん」と共通します。

 

長さんは空と地平線の絵が大好きで、この絵本はつまりその「どこまでも広がっていく」絵を描きたかったんじゃないかなと思います。

長さんは絵を主体にする作家さんです。

シュールなストーリーを読解しようとばかり頭をひねっていると、一番重要な絵を見逃します。

 

全カットうんと引いたアングルで、空と地平線と山、そしてどこまでもどこまでも続くキャベツ畑。猫と豚の大群。

いい眺めじゃないですか。

とっても心が満たされるような開放的な光景じゃないですか。

まあ、猫はちょっと不気味ですが。

 

あと、両手を前に突き出して、へっぴり腰で並んで猫についていくブタヤマさんとキャベツくんのポーズがコント劇っぽくて愉快です。

読者も一緒に、心の中でこんな姿勢になってちょっぴりドキドキ、ワクワクしながら次のページへ案内されます。

してみると、あのすっとぼけた顔の猫の正体は長さん自身なのかもしれませんね。

 

推奨年齢:3歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆

夢に出そう度:☆☆☆☆☆

 

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【絵本の紹介】「どんどんどんどん」【381冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回は1984年に発表された片山健さんの「どんどんどんどん」を紹介しましょう。

作・絵:片山健

出版社:文研出版

発行日:1984年10月20日

 

ギリシャ彫刻のトーガのようなオムツ(パンツ?)一丁の「こども」が無限の荒野を「どんどんどんどん」突き進んでいく、というだけの絵本。

扉絵では地平線に太陽(あるいは満月)と三日月が同時に浮かび、主人公の男の子が後ろ向きに歩いていく姿が描かれています。

 

とにかく子どもの持つ根源的な生命力やパワーを具象化したいという作者の情念が筆を走らせたような作品ですが、ドタバタナンセンスのようでいてどこかに神々しさが漂っています。

それは上記した主人公の造形・立ち姿・自然の描写などから伝わります。

 

作者は神を畏れるように「こども」を畏怖しています。

作者の経歴や作風の変遷なども見ながらそのあたりを読んでいくと興味深いのですが、まずは本を開いてみましょう。

あるひ あるひ ひとりのこどもが

どんどん どんどん ゆきました

 

というナレーションが入り、主人公の男の子はただひたすら「どんどん どんどん」突き進みます。

直線的で狂暴で、純粋。

男の子の行く手には恐竜や蛇、蛙などの爬虫類、昆虫、動物、微生物などの生き物がうじゃうじゃ出現しては、男の子に蹴散らされていきます。

 

やがて男の子は町に出ますが、お構いなしに「どんどん どんどん」。

まるで怪獣です。

地面には亀裂が入り、町は破壊され、洪水に呑み込まれ、ついには本物の怪獣が火を吐き……。

黒煙が立ち昇り、画面の迫力と熱量は留まるところを知らず、うねりくねり、収拾がつかなくなったところで、

どーん

と、男の子は前のめりに倒れます。

 

そこで「ちょっと つかれた ひとやすみ」。

となりますが、男の子は泥で山を作っています。

一休みとはいっても、何かをしているわけで決して止まってはいないのです。

 

山ができると再び男の子は立ち上がり、「そりゃあ ただもう」「どんどん どんどん」歩いていきます。

 

★      ★      ★

 

これまで何度か片山さんの絵本を紹介してきた中でも触れましたが、彼は若いころは幻想的でエロチックな色鉛筆画家として知られていました。

この前片山さん絵の「赤ずきん」を取り上げましたが、実はそれよりずっと以前に片山さんはシャルル・ペロー版の「長靴をはいた猫」(澁澤達彦訳)の中の「赤ずきん」の挿絵を描いています。

狼に食われるシーンでの赤ずきんはヌードで蠱惑的で、子ども向けとは言えませんが非常に完成度の高い絵になっています。

 

≫絵本の紹介「赤ずきん」

 

そういうちょっと妖しいタッチの絵を描いていた作者が初めて絵本に携わったのが「ゆうちゃんのみきさーしゃ」です。

 

≫絵本の紹介「ゆうちゃんのみきさーしゃ」

 

ここでは作者一流の病的なタッチは鳴りを潜めていますが、まだどこかにその作風は残っており、子どもたちは現実世界から乖離した影のように描かれています。

それから長い間絵本の仕事から離れていた片山さんは、娘を授かったことを契機に再び絵本に向かいます。

娘をモデルとした「コッコさん」シリーズでは子どもの描き方が一変し、生々しい生命力を感じさせる顔や四肢が特徴的な造形となっています。

 

≫絵本の紹介「コッコさんのともだち」

≫絵本の紹介「おやすみなさいコッコさん」

 

「コッコさん」に繋がるのがこの「どんどんどんどん」に登場する「こども」だと考えられます。

おそらく片山さんは実際に子どもを育てる経験を持ったことで、それまでの「幻想的で儚い子ども」(いいとか悪いとかいう問題ではなく)という表現からもっと「体温や匂いや息遣い」が間近に感じられるような子どもを描きたいという衝動を持ったのではないでしょうか。

 

ここには「目的に対して猪突猛進する野生の子ども」に対する畏怖、畏敬、憧憬の念が感じられます。

作者はそのあまりの純粋なパワーに圧倒されています。

それがこの「どんどんどんどん」に凝縮されています。

 

土臭い絵の具の色遣いは田島征三さんを思わせ、開放的でありながら緊密な画面構成は長新太さんを彷彿させます。

後年、片山さんはかつての色鉛筆画で絵本「おなかのすくさんぽ」を描きましたが、そこでもやはり動物そのもののような神聖さを持った凄まじい目力の少年を主人公としています。

 

≫絵本の紹介「おなかのすくさんぽ」

 

子どもを描く・子どもの本を作るという衝動の核となる部分に何を持つかは表現者それぞれだと思いますが、片山さんの場合それは「畏敬の念」のように感じます。

「どんどんどんどん」に描かれた子どもは、制作衝動の「出発点」だということです。

 

絵本作家や子どもの本に関わる表現者にとってその「核」が何であるかは重要です。

片山さんのように「子どもに対する畏敬」から出発した表現者の作品は、読者となる子どもに素直に受け入れられるものです。

 

何故なら子どもは感受性の塊であり、たとえ言葉がわからなかったとしても「自分に向けられた感情」は感情のレベルで極めて敏感かつ正確にキャッチする生き物だからです。

例えば親が何かの原因で子どもを叱った場合、「なぜ叱られたか」はまったく理解せずに「怒っている親の感情」だけを記憶する子どもは多くいます。

 

ですから、もし子どもの本を作る人間が読者である子どもを理解しようとするのでなく、買い手である大人に対する「市場戦略」や「宣伝効果」や「流行の傾向」に照準を合わせていたとすれば、そうした本は例え売れたとしても長い時間を生き残ることはないでしょう。

子どもの本を見る目はけっして過たず、作り手の心根までも見通すからです。

 

推奨年齢:2歳〜

読み聞かせ難易度:☆

直線的度:☆☆☆☆☆

 

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