豪雨災害のこと

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

先日の地震に続いての豪雨災害で、西日本は甚大な被害を受けました。

被害に遭われた方に心よりお見舞い申し上げます。

 

我が家もお店も、今回の雨によっては大した被害は受けませんでしたが、他人事ではありません。

関西を中心とした大きな地震は、いつ起こるかわかりません。

それは一か月後かもしれないし、明日かもしれないし、今この瞬間かもしれない。

 

防災意識は言うまでもなく重要ですが、いくら万全に備えていても、自然の力は時に人間の努力を簡単に凌駕します。

幼い子どもを持つ親としては、最悪の光景を想像してしまうこともしばしばです。

 

突発的な事故や災害に遭遇した時、適切に最善の行動を取るためには、常に落ち着いた心が必要です。

恐怖や苛立ち、焦燥や無気力は人間の生命力を削ぎます。

私は常々、子どもを育てるにあたって、可能な限りそういう負の感情から自由な人間に成長させたいと考えています。

 

どんな時でも、落ち込んだり取り乱したりせずに、今できる最善を成そうとする人間こそが、「運のいい人」なのではないでしょうか。

息子にはそういう人間に成長して欲しいものです。

そして願わくは、悲劇的な大災害など起こらないでいてほしいものです。

 

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絵本の収納がいかに大変かというだけの話

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

GW只中ですが、どうお過ごしでしょうか。

私事ですが、先月末に自宅を引っ越しました。

 

お店の住所は変わりません(当店はネットショップであり、実店舗販売は行ってません。念のため)。

GWの休みを利用して、4月の28〜30日中に片付けてしまおうと思っていたのですが、見通しの甘さと段取りの悪さで、今も荷ほどきが終わっていません。

以前に引っ越したのは7年前で、もちろん息子は生まれていませんでしたが、当時と今とでは荷物の量が桁違いです。

自分のものなんて、この数年でむしろ減ったんですがね。

 

息子が生まれてから何が増えたって、言わずと知れた絵本(と本棚)です……。

ダンボールに詰めた荷物の8割以上が絵本だったと思います(これが重い!)。

 

そして、やっとこさ新居にそれらを運び終えてから、今度はまた本棚にしまう作業があるわけですが、これがなかなか難しいんです。

絵本というものは形も大きさもバラバラですので、なかなか整然とは並べられない。

出版社別や作家別に分類しようとしても、高さが揃わないので、そもそも同じ幅の棚に入らない大きな絵本が何冊も出てくるのですね。

 

大きさ別で揃えると、今度はどこに何があるのかが分かりにくい。

数千冊ありますので。

息子に「あれ読んで!」と言われてからウロウロ探し回って、見つけた頃には息子が一人で違う本を読んでたり。

なおかつ、やっと慣れてきて位置関係を把握したころに、新作絵本を大量に仕入れてきた妻が本棚の配置換えをやったりするし。

 

だから、この機に絵本棚を完璧に整理しようと思ったのですが……。

ほとんど徹夜で作業して、ようやくある程度は分類できた時、まだ開けてない絵本のダンボールが4つくらいあったことに気づき、そこで心が折れました。

 

もういいよ、適当で……。

 

といわけで、明日からの連休も、片付けに追われそうです。

他にも色々と役所関係の手続きは多いし、家族が増えてからの引っ越しとはこんなにも面倒なものか。

 

私と妻が忙しくてあまり相手をしてもらえない息子は、勝手に玄関のドアを開けて外へ遊びに行く始末。

気づいた妻が半狂乱になって飛び出したら、家の前で遊んでました。

 

こんな形で息子の成長を感じております。

 

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倫理と想像力【自由な子どもを育てるということ・2】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

新年度が始まり、一気に暖かくなりましたね。

新しい生活に入って忙しく過ごされている方も多いと思います。

 

我が家では息子の小学校就学を考えて、そろそろ準備を始めています(まだ2年あるけど)。

当人は相変わらず好き勝手に遊び暮らしておりますが。

以前にも書いた通り、今のところ幼稚園には通っていません。

 

幼稚園にも保育園にも通わなかった子どもは、集団生活の経験がないので、小学校に入学してから協調性のなさやマナー面で苦労するなどと聞くと(そんなもん人それぞれだとは思いますが)、せめて1年でも通わせた方がいいのかしらと迷ったりもします。

しかし、マナーや協調性は大事なことですが、それをそんなに早くからしつけることが、本当に子どものために良いことなのかどうか、いまだに疑問なのです。

このブログを始めたばかりの頃に、「自由な子ども」を育てるということという記事を書きました。

当時3歳だった息子は4歳半になりましたが、子育てに関する基本的な考えは、この時に書いた内容とほぼ変わっていません。

その一方、「自由に育てる」というと聞こえはいいけれど、子どもがわがままになってしまうのでは……という葛藤も、まだ完全に払拭できたわけではありません。

 

生後半年から続けている読み聞かせによって、息子の言語・読書能力はずいぶん高くなったと思いますが、情緒面の発達は緩やかなもので、むしろ普段から幼稚園で保育士さんや友達と触れ合っている同年代の子どもたちに比べたら幼いようにも見えます。

兄弟もいないので、考えてみればこれで協調性が育つはずがないかもしれません。

 

家では「しつけ」と言われるようなことは特にやってません。

好き嫌いは多いし、片付けは滅多にしないし、服を着変えるのに何十分もかけたりするし(絶対に手伝いませんが)、夜更かしはするし、眠いから不機嫌になって悪さするし、でも謝らないし(私は「謝りなさい」とは言いません)。

 

これらを「わがまま」と言われればその通りかもしれません。

でも、これくらい子どもとしては普通、と言われればそんなものかもしれません。

 

けど、いずれにしても私は子どもに振り回されているわけではありません。

たとえどれほど迂遠な方法であるとしても、本当に倫理的な人間を育てるには、「力による強制」は可能な限り避けるべきだと考えているからです。

 

「自由な人間」は「わがままな人間」とは違います。

「自由な精神」を持った人間は倫理的に振る舞うことができるはずです。

今回はこの点について少し思うところを述べてみます。

 

「自由」が「わがまま」を連想させるのは、「自由」とは「個人」に近づくことだからです。

その反対が「集団」です。

 

「道徳」とは、「集団」の存続のために「個人」的な振る舞いを控え、「集団」の利益を優先させることです。

「集団」に属することはその人間の生存率を高めますが、同時に「不自由さ」がついて回ります。

日本では特にこの点が顕著です。

 

旧来的な「道徳」とは、親や教師など、「権威」から与えられる外的な概念です。

つまり「他人の判断」を基準に自らの行動を決めるということです。

これが「天国と地獄」のような神的な権威に替わっても、事情は同じ事です。

 

それが悪いと言っているのではありません。

国家や集団の存続を優先させることが、結果的に個人の生きる確率を高めるのですから、それは極めて合理的な振る舞いです。

ただ歴史的に見れば、人間は徐々に「集団」から「個人」へ、つまり「不自由」から「自由」を志向しているのは明らかです。

 

そこに様々な運動や反発が起こるにせよ、人間の精神は本質的には「自由」を求めているのでしょう。

 

そこで、これまで何らかの権威から与えられていた道徳の「不自由さ」に、人の本性は抵抗を始めます。

現代的人間はもはや、それが神であっても、道徳的に強制されたいとは思わないでしょう。

自らの自由な精神に基づいて行動したいと願うはずです。

 

しかしここで、最初の葛藤に行き着きます。

「自由」とは「わがまま」ではないのか。

 

確かに、すべての人間が動物的な本能や衝動のみに従って行動するのなら、暴力や犯罪がはびこる社会が生まれてしまうでしょう。

人間の魂は善良であるから、放っておいても倫理的な人間に成長する、というのはあまり科学的な見方ではありません。

野生の獣に育てられた子どもが、社会的な倫理観や道徳的概念を持つことは期待できません。

 

倫理や道徳というものは、人間の生体に自然発生するものではなく、後天的に得る概念です。

つまりは虚構なわけですが、人間が他のあらゆる動物と異なっているのは、この「虚構=物語」を取り込んで生きる生き物である点です。

 

そして、その「物語」を生み出すことができるのは他ならぬ人間の「想像力」だけです。

 

何らかの権威に依らず、外から強制されることもなく、人間は倫理的に振る舞うことができるのか。

この問いに私は「できる」と答えたい。

「想像力」を伸ばし育てることによってのみ、それは可能だと思います。

 

数えきれないほどの「おはなし」を子どもに聞かせるのが有効なのは、そこに「道徳的な教訓」があるからではありません。

もちろん多くの昔話がそうした教訓を盛り込んでいることは事実ですが、それよりも「物語を聞かせる」ことを通じて、子どもの奥深くに眠っている想像力に火をつけることのほうが遥かに重要なのです。

 

世の中の悲惨や犯罪行為のほとんどは、想像力の欠如から生まれます。

豊かな想像力を持った人間は、自らがどう振る舞えば幸福に生きることができるかを知っています。

そして彼は個人だけの幸福にとどまらず、人類全体の幸福を志向します。

それが自らの幸福につながっていることを想像できるからです。

 

誰かが強制したからではなく、自らの想像力によって、自らの心に従って生きること。

それが真に「自由な人間」だと思います。

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子どもの嘘について

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

およそ世の中に嘘をつかない人間はいないそうで、嘘つき大会をやったら「私は生まれてこの方一度も嘘をついたことがない」といった人が優勝、なんて小噺もあります。

人間は嘘をつく生き物です。

 

他方、人間は嘘をことのほか憎み、糾弾する生き物でもあります。

子どもがついた小さな嘘を、厳しく咎め立てる大人がいます。

自分のことは棚に上げて。

 

でも、「嘘は良くない」なんて青筋たてて叱りつけても、「どうしてそんな嘘をつくの」と優しく問いただしても、そう言っている大人自身が普段から心にもないことを言ったりやったりしているわけですから、まるで説得力がない。

子どもはそういう大人を見ていますから、いくら叱られたところで「嘘はやめよう」と思うよりも、「もっと巧妙な嘘をつかなければ」と考えるわけです。

 

叱られないための嘘にしろ、大人の気を引くための嘘にしろ、そうした子どもの嘘の原因を作っているのは大人です。

 

もちろん、私は嘘をいいことだとは思っていません。

でも、それは道徳的な問題としてではありません。

嘘をつくと生命力が損なわれる」からです。

「噓つきは泥棒の始まり」という言葉があります。

子どもに嘘は良くないことを教えようとしてよく用いられる喩えです。

 

平気で嘘をつくようになったら、盗みも平気でするような人間になる

 

という意味だそうです。

これは真理だと思いますが、どうしてそうなるのかをじっくりと考えてみたことはあるでしょうか。

 

幼い子どもを観察していればすぐわかることですが、彼らは心と行動が完全に一致しています。

だから「嫌なものは嫌」なのです。

 

しかしそれでは世の中生きていけないので、大人はあれこれと本人の意にそぐわないことをさせようと手を回します。

我慢を覚えさせ、服従の意思を見せることを教え、悪いと思わなくてもとりあえず謝ることを強制します。

 

そして子どもは心と行動を分離させる術を身に付けます。

 

でも、これは実はとても辛いことなのです。

我々大人はもう麻痺してしまっていますが、人間というものは本来、自分の心と行動に整合性を求めます。

心と体が分裂してしまうと、外傷はなくとも、魂が損なわれます。

精神の病のほとんどは「分裂」です。

 

ですから、「平気で嘘をつく」ような人間でも、本気で自分のことを「平気で嘘をつくような人間」だとは直視したくない。

人間の魂とは、実はそんなことに耐えられないくらい誠実なのです。

だから嘘をつく人間はその一方でひたすら自己弁護を図ります。

「これは方便だ」

「生きるために仕方がないのだ」

「他の誰だって嘘をついているんだ」

等々。

 

「いや、おれは自分で自分のことをひどい嘘つきだと認めている」

という人間だって、そういう方法で自己肯定しているわけです。

開き直ったり、冷笑的になったり。

 

やがてそういう「自分の心に対する嘘」が積み重なって、とうとう心が破壊されます。

そうなった人間は、もう自分の内的な声を聴きとることができません。

彼らは自由に振る舞っているつもりで、実は外的なものに動機づけられています。

 

彼らは「本来の自分の生」を生きていません。

ですから、悪に対する抵抗力も低くなり、「泥棒の始まり」となるわけです。

 

今の世の中を見渡せばわかるでしょう。

この国のトップと言われる立場の人々は、すでに人格が崩壊しています。

そういう「親」を見て、「子」の立場の役人たちも嘘をつきます。

そしてそれは、子どもの他愛のない嘘とは比較にならないくらい悪質なものです。

 

子どもに嘘をついて欲しくなかったら、親は少しでも自分自身に対する嘘を減らして生きましょう。

繰り返しますが、それは道徳的な意味ではありません。

最も簡単な言葉で言えば、「自分を大事にしましょう」ということです。

 

 

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「逃げるは恥だが・・・・・・」【産後うつの対処法】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

これまで、色々と自分自身の育児について書いてきました。

読んで下さった方はわかるでしょうけれど、私と妻は育児に対し、結構高い理想を持っています。

ゆえに、ハードです。

 

子どもが生まれる前に夫婦でいくつかの基本方針を決めたのですが、そのほんの一例として、

 

・絵本の読み聞かせは、いつでも、何冊でも、何回繰り返しても、子どもが満足するまで。

・いつも傍にいて、ずっと話しかけてあげる。

・怒らない・イライラしない・急かさない。

・否定的な言葉を聞かせない。

・子どもがやりたがることは可能な限りやらせてあげる。

 

などがありました。

で、これを100%実践できているかと言えば、もちろんそんなわけはなく、まあいいとこ70%程度でしょう。

私は楽観的で落ち込まない性格ですので、「ま、少しずつできるようになればいいだろ」と考えることができますが、妻の方は(本人は否定してますが)完璧主義的なところがあり、できない自分(と私)を許せないことがあります。

 

息子が生まれてから、昼夜問わない授乳による疲労と睡眠不足もあり、妻は気分の波が激しくなり、塞ぎ込んだりイライラしたりすることが増えました。

 

そんな精神状態で上記のような「理想的な親」として振る舞えるはずもなく、息子に対してカッとなって叱ってしまったり、遊びに十分付き合ってやれなかったり、そのせいで余計に自己嫌悪に陥るという悪循環。

 

病院で診断されたわけではないのですが、妻はいわゆる「産後うつ」状態でした。

 

産後うつについては様々な研究が続いていますが、「マタニティブルー」とは分けられるようです。

出産直後、体調変化やホルモンバランスの乱れなどで精神不安定に陥るのがマタニティブルー。

これは一過性のものである場合が多いようです。

 

出産から数週間後〜数か月後に発症するのが産後うつ。

育児に対する不安、重圧、孤独、さらに肉体的疲労などが原因となって引き起こされる病です。

マタニティブルーと違って怖いのは、長期化する可能性があること。

 

上で、妻は産後うつ「でした」と過去形で書いていますが、実を言うといまだに完治したわけではありません。

今でも、時々は爆発しそうな瞬間があるそうです。

 

やっと最近になって「自分はおかしかった」と自覚できるようになったところです。

私たちは周囲に頼りにできる親族もいませんし、そもそも頼る気もありませんでした。

この「何もかも全部自分たちでやろう」という気持ちが、そもそも危ないのですが……。

 

核家族化が進んだ現代、妻が頼れるのは夫だけ……という家庭も多いでしょう。

ですから仕事が忙しくとも、夫はできる限り妻をフォローしなくてはなりません。

 

でも、男だってそう強いわけではありません。

ずっとイライラしている妻に不満をぶつけられる日々に疲れて、今度は夫の方が「つらい」「死にたい」などと言い出すケースもあるようです。

 

こうなると夫婦共倒れの危険すらあります。

夫婦が倒れたら子どもも倒れてしまいます。

 

かくいう私も、妻に負の感情をぶつけられ続けた一人です。

「仕事から帰ったら、家に不機嫌な人がいる」という状況がどれだけ辛いものか、よくわかります。

 

けれども、泣き言を言うのはプライドが許さないし、そもそもこういう状況も覚悟して子どもを持とうと決心したわけだし、私は努めて明るく元気に振る舞いました。

特に、子どもに対して不機嫌な態度を取ったことは(ほとんど)ありませんでした。

 

……しかし、体は正直です。

息子が1歳半ごろに、私は甲状腺機能亢進症という病気に罹り、体重が10キロ以上激減しました。

当時はあんまり忙しくて、人から指摘されるまで自分の異常に気付きませんでした。

 

もちろん、これが育児や妻のストレスが原因かどうかはわかりません。

しかし、妻の産後うつが収まってくると、私の病気も完治したのですから、おそらく関係してるんだろうと思います。

 

以上のような経験を踏まえて、「産後うつの妻に対し、夫はどうフォローすべきか」という問題について、私なりに考えた方法は、

妻の機嫌が悪くなってきたら、夫はとにかく子どもを連れて家から脱出する

というものです。

三十六計逃げるに如かず。

 

家事を手伝うとか、話を聞いてあげるとか、色々と方法はありますし、それでうまく行くなら問題はないですが、そもそも育児に疲れた女性が一番に望むことは「一人になりたい」だそうです。

一人にしてあげましょう。

 

夫の方は、普段仕事しているなら、子どもといる時間は妻より少ないだろうし、たまに一日中子どもと一緒にいても、そこまで精神的に参ることも少ないと思います。

だから夫は常に子どもを連れて即座に出かけられる準備(私は「家出セット」と呼んでいます)を整えておき、妻の様子を見計らって外出(逃走)することを薦めます。

 

こうすれば、夫の方も妻のイライラをぶつけられることもなく、夫婦仲も破壊されず、子どもに悪影響を与えることもないというわけです。

 

目下のところ私が望むのは、幼児を連れて一日中遊べる無料の施設を増やしてほしいということです。

 

 

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