子どもの弱視について

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

夜は寝ないし、好き嫌いは多いし、およそ健康的な生活を営んでいるとはいえない我が息子ですが、これまで大きな病気もなく、元気なところだけは本当にありがたいと思っていました。

彼が生まれる前、「とにかく五体満足で、健康であれば何もいらない」という月並みな親の気持ちを痛いほどに実感したものですが、その願いが叶って、本当にこれまで健やかに成長してくれました。

 

ただひとつ、以前からずっと気になっていたのは視力の問題です。

 

絵本に埋もれるようにして暮らしている息子ですが、読むときにかなり顔を近づける癖がありまして、姿勢もよくありません。

また、たまにテレビを見る際にも、字幕などが流れると画面に近づこうとします。

妻が随分と気にして、またその癖を直そうとしてきたのですが、どうも遠くが見えていないようなのです。

 

3歳児検診の時に視力検査を行いましたが、本人がまともに検査をやろうとしないこともあり、正確な結果は出ませんでした。

先生は「まだ視力は発達途中だし、様子を見ましょう」。

 

それでずっと気を付けつつ様子を見ていたのですが、やっぱりおかしいと思い、去年の暮に眼科へ連れて行きました。

その結果、両目とも近視で、なおかつ弱視であると診断されたのです。

 

弱視とは、ピントを合わせる機能が未発達なために、眼鏡をかけても矯正視力が出ない状態です。

近視に限らず、遠視や斜視であったり、片目だけ弱視だったりのケースがあり、子どもの50人に一人の割合で発見されるといいます。

治療方法は、治療用の眼鏡をかけたまま生活すること。

今の状態では眼鏡をかけても0.1程度の視力しか出ませんが、ピントの合った状態に慣れさせることで、徐々に弱視を克服していくそうです。

とりあえずは「眼鏡で1.0」が出ることを目標に。

 

子どもの視力は8歳くらいまでは成長するので、早期発見すれば治る確率は高いそうです。

とは言うものの、やはりショックでした。

 

ことに妻の精神的打撃は物凄く大きかったです。

もともと不安感情が強く、常に心の負担と戦っている人です。

子どもを持ちたいと私が言った時、「こんな恐ろしい世の中で子どもを産むなんて、自分にはとても無理」だと言った人です。

 

どうしても息子のことは「自分(と私)のせいだ」と考えてしまう人です。

もちろん子どもに対する責任感は強い方がいいのですが、彼女の場合、自分を責めすぎる傾向があり、問題は彼女自身がそれに耐えられるだけ強くないことです。

 

眼科医さんが、5歳半での弱視の発見は決して遅いことはない、就学するまで気づかないケースも多いと言ってくれても、「どうしてもっと早く連れてこなかったのか」「3歳児検診の時に連れてくるべきだった」「ずっとサインは出てたのに」と自分(と私)を責めずにはいられません。

 

また、弱視や近視の原因というのははっきりと特定はされておらず、遺伝による影響が最も大きいようなのですが、「本を近くで読ませ過ぎたのかもしれない」と考えずにはいられないようです。

 

それに関しては私も考えてしまうところではあります。

私たちがやってきた育児のせいで息子の目が悪くなったのかどうかについては、現時点で結論を出せることではないものの、やはり思い返せば「あれもこれも」と思い当ってしまいます。

 

そして、今にして思えば、息子が公園に行っても他の子たちと活発に遊ぼうとせず、砂遊びばかりしていることや、あれほど好奇心が旺盛な割に動物園や水族館では思ったほど興味を示さなかったことなど、原因はそもそも「あまり見えていなかった」からなのでしょう。

また、人の多いところへ行くとよく他人を親と間違えたり、部屋の中で落としたものを見つけられなかったりしたのも、視力の問題だったのかもしれません。

そうとは知らずに、物を踏んだりするたびに叱っていたことを、妻は激しく後悔し、いたたまれない気持ちになっているようです。

 

この年末年始、私は息子と妻の両方が心配で、言い知れぬ苦しみを味わいました。

 

けれど、妻には「責任感がない」と言われそうですが、私は過去を悔やむのは苦手です。

これからやるべきことをできる限りやるしかありません。

 

弱視の治療で気を付けるべきは、「可哀そうだから」と眼鏡を外したりしないこと。

入浴や就寝時以外はとにかくずっと眼鏡で生活することで、早く慣れさせる必要があるのです。

 

また、子どもですから眼鏡の扱いが下手で、すぐにフレームを歪めたりしますが、ずり落ちた状態でかけていることも含め、「正しい位置で」かけていないと治療の意味はありません。

だから、眼鏡屋さんを選ぶ際はできるだけ近所の方がいいと思います。

 

私たちも悩んだ上で近所の眼鏡屋さんにしましたが、正解だったと思います。

すでに何回もフレームを直してもらいに行ってます(タダです)。

 

家では、妻は今まで以上に息子につきっきりで、常に眼鏡の位置を気にしています。

幸いなことに、息子は眼鏡自体は嫌がっていないようです(「のび太と同じ」が嬉しそうです)。

嫌にさせないのも親の役目だと思います。

私としては、眼鏡をかけることが「可哀そうなこと」「嫌なこと」「ダメなこと」という気配を絶対に出さないように気を付けています。

 

そんなわけで、5歳になってからもっと大変さが増した育児ですが、今こそ私がしっかりしないといけない時期だと思って自分を励ましております。

 

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サンタさんは信じてるけど、「いい子」にはならない息子

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

クリスマスも終わり、いよいよ2018年もあとわずか。

28日〜新年7日までの間、当店は出荷作業をお休みさせていただきます。

ご注文は常時受け付けておりますが、休み期間中の受注分の発送は8日からになりますので、ご了承ください。

 

さて、我が家の息子も5歳になり、クリスマスプレゼントに期待するようになりました。

去年までは受動的だったんですが、今年はかなり前から「クリスマスにほしいもの」リストを作成しておりました。

ラジコン飛行機、デジカメ、携帯、スマホ……やっぱり普段触れない電子機器がメインに。

絵本や児童書は頼まずとも勝手にこっちがどんどん入荷してくるので、特別なプレゼント感はないんでしょうね。

 

しかし、そもそもこの子、サンタさんを信じてるんだろうか? という疑惑が私の中にありました。

普段から図鑑ばっかり読んでて、「サンタさんがそりに乗ってプレゼントを持ってくる」というファンタジーを果たして受け入れるのかな、と思ったんです。

大好きな漫画の「ドラえもん」には、わりとはっきりとサンタがいないことを前提にしたエピソードもありますし。

 

でも、どうやらそれはそれ、ということらしいです。

今年はサンタさんへの贈り物(折り紙)や手紙を用意するなど、待ち遠しさを見せていました。

 

私としては別に息子がサンタを信じようが信じまいがどっちでもいいんですけど、決まり文句的に使われる「いい子のところにはサンタがくる」という言い回しはなるべくなら使いたくありません。

それは裏を返せば「いい子にしてないとサンタさんが来ないよ!」という大人の脅迫でもあるように思うからです。

 

しかしまあ、サンタさんのパワーを借りたくなる親の気持ちはよくわかります。

これまで度々書いてきましたが、息子は寝るのが大嫌いです。

多少はましになりましたが、いまだに就寝時間は安定しませんし、自分から寝ようともしません。

ちょっと油断するとすぐに夜型生活になってしまいます。

 

で、この前、「クリスマスにほしいもの」リストを嬉々として綴っている息子に対し、妻が「夜に寝ないとサンタさんは来ないよ!」と脅しちゃったんですね。

これは息子にとっても重大問題だったらしく、かなり考え込んでいた様子でした。

 

そして次の日、息子は自分なりに結論を出しました。

じゃあ、もうプレゼントは諦めるしかないね

 

えええ。

 

そこまで寝たくないの?

もうそれ以上何も言えない妻でしたが、実は内心で私は「こいつ、カッコイイな」と拍手を送っていました。

 

内容は褒められたものではないにしろ、息子は大人の利益誘導に乗せられなかったわけです。

バカバカしい話に思われるかもしれませんけど、これはある意味で私が目指してきた育児の正しい成果とも言えます。

ま、かと言って本当にあげないわけにもいかないので、クリスマス当日にはちゃんと枕元にプレゼントを置いておきました。

ちなみに息子が寝たのは深夜2時。

 

サンタクロースからの手紙も添えたんですが、そこで私もささやかな誘導を試みて、内容に「来年も来るから、ちゃんと夜に寝るようにしようね」という一文を添えてみました。

 

朝起きた息子はプレゼントと手紙を発見して大いに感動。

でも、例の手紙を読むと、黙ってペンを持ってきて、「ちゃんと夜に寝るようにしようね」の部分に線を引いて消してしまいました。

 

腹立つくらいカッコイイな、もう。

メリークリスマス。

 

 

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子どもの自己中心性を守る【「自由な子ども」を育てるということ・3】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

息子も5歳になり、遊びに行ける範囲も広がってきましたが、電車に乗る時にはまだまだ周りに気を使ってしまいます。

大声は出すし、じっとしないし、知らない人のスマホ画面をのぞき込むし(距離感おかしい)。

 

家であれば何をしたって注意しなくて済むんですが(妻は結構口うるさくなってきてますが)、やっぱり他人がいる場所ではそうはいきません。

「だめ」「やめて」「言うことを聞きなさい」という言葉を使わずして、罰や褒賞で釣ることもせずに、どうやって大人しくしてもらうか、いつも頭を悩ませています。

で、結局は「まだまだ電車に乗せるには未熟なんだな」という結論になってしまいます。

私自身は電車でよその子が走り回ろうが歌おうがもたれかかってこようが一切気にしないんですが、世間はなかなかそうは思ってくれないようです。

子どものうちからマナーをしっかりしつけないと」という考えはまだまだ力を持っていますから、仕方のないことです。

 

しかし、就学以前の子どもに公共精神を説いたって理解できません。

子どもは自己中心的であるからです。

そして「自己中心的であること」は守られるべき子どもの特権だと思います。

 

大人はダメです。

もう子ども時代は過ぎましたから。

たとえそれが満たされない思い出であったとしても、それはもう戻ってはきません。

気の毒ではあるけれど、せめて未来の子どもたちには、そういう思いをさせないようにしましょう。

 

でも、世の中を見ていると、大人は割と本気で子どもを相手に「自己中心的である権利」を争っています。

「子どもを大人と同列に扱う」ことは、子どもに対する敬意とは違います。

 

もちろん、幼児的自己中心性はいずれは克服されねばなりません(できなかった大人はたくさんいますが)。

しかし、それは「早ければ早いほどいい」というものではないと思います。

 

そもそも「自己中心性」は絶対悪ではありません。

すべての個人的な行為や欲求を否定すれば、この世には愛も生まれません。

 

強い信念や断行力、創造性や表現力も、自己中心的な力から生み出されています。

自己中心性とは言い換えれば、自分がかけがえのない「個」であるという認識です。

人間はまず自分自身を愛さなければなりません。

そしてそこから他者への愛やすべてに対する感謝心が芽生えてくるのです。

 

だから、せめて7歳くらいまでは、思いっきり自己中心的であっていいと思うんですよ。

これからの長い人生には、その力が必要です。

無理に抑えつけて芽を摘まないでいて欲しい。

 

私はずっと「自由な精神」を持った子どもを育てたいと考えています。

「自由な精神」とは何ものにも強制されない想像力と思考力のことです。

「自由な精神」はいずれ「幼児的自己中心性」を克服します。

 

衝動的な本能や欲望のままに行動することは自由でしょうか。

自己中心的な犯罪行為に走る人間は真の意味で自由と言えるでしょうか。

 

自分を本当にかけがえのない存在だと感じているなら、成長するうちに自分の中に「もう一人」いることに気づきます。

 

例えば、自分の友人や恋人が大切にしている物が目の前にあったとします。

自分の本能的欲望に正直になってみれば、これを盗んでしまいたい気持ちがあることに気づきます。

しかし、一方で、そんなことをして悲しむ友人や恋人の姿を想像し、そのことで心を痛める自分も確かに存在するわけです。

 

この「もう一人」の声を大事にすることが「自由な精神」であり、身体的・直情的な欲望に従ってしまう人は自分の中に「もう一人」いることに気づいていないのです。

なぜ気づけないかと言うと、彼らは自分自身をちゃんと見つめていないからです。

自由な想像力がないからです。

 

「自己中心的」な大人というのは、実のところ言葉の全き意味では「自己中心的」ではないのです。

彼らには大切にすべき「自己」への配慮が欠けているのです。

 

社会的なマナーやモラルを教えるには、いずれ適切な時期が来ます(来てくれないと困る)。

それが小学校時代ではないでしょうか。

何事にも旬があるように、逆にその時期を逃して、思春期に入ってしまったらそうした教育は難しいでしょう。

 

焦らず、機を逃さず。

 

これは絵本の読み聞かせをしていても思うところです。

「何度でも読む絵本」がある一方で「今しか読まない絵本」もあり、「ずっと読まない絵本」があり、「まだ読まないけど、いずれ読む絵本」があるんです。

それを見極めるためには、常に子どもを観察し、近くで触れあっていなければなりません。

 

子育てとは、なんと手間暇のかかることでしょうか。

だからこそ、なんですけどね。

 

関連記事≫「自由な子ども」を育てるということ

≫倫理と想像力【「自由な子ども」を育てるということ・2】

 

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すべての親は「もぐり」である。

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

人類共通のテーマ、育児。

私は育児において「すべての親は『もぐり』である」と考えています。

 

なんか村上龍ぽいけど、自分で考えた言葉か、何かで読んだのか、ちょっと思い出せません(A・S・ニイルあたりが言ってそうですけど)。

今回はこの言葉の意味するところを少し綴ってみます。

育児という正解のない問題に悩み、苦しむのが親の定め。

特に核家族が進んだ現代、母親や父親だけに重責がのしかかり、大変な負担を感じている人たちもたくさんいるでしょう。

 

そんな中、「先輩」として頼りになるのは自分たちの両親かもしれません。

何かとアドバイスを求めたり、経済的な援助を受けたり。

しかし一方で、世代間での子育てに対する価値観のギャップを感じたり、衝突してしまう人も大勢いるようです。

 

読み聞かせを中心にした我が家の子育てについては何度も書いていますが、こうしたやり方に対し、私の両親は「ふーん」という程度の関心しか示していません。

別に賛成も反対もしないし、意見も言いません(大変やな、くらい)。

 

もともと私の親はさほど遠くもないところに住んでいるのに「孫の顔を見せに来い」と言ったことは一度もないし、逆にうちに遊びに来たことも(私が呼んだ時以外)一度もないような方たちです。

ま、それについては妻も気を使う必要が無くて楽なようです。

 

しかしそんな淡泊な私の母親でさえ、ある点に関しては意見がましいことを言ってくるんですね。

それは何かというと、息子の「睡眠」と「トイレ」関係についてです。

 

トイレに関しては、もう息子も一人でできるようになったので過去の話ですが、おむつ時代には息子を見るたびに「まだおむつ取れてないの?」と口ぐせのように言っていました(これを本人の前で言うので閉口しました)。

 

もう一つの睡眠問題については、これはいまだに解決していなくて、息子は決まった時間に寝るということをしません。

そう言えば昨日は久々に徹夜してました。

ちゃんと寝かしつけないと」というのは、私の母親に限らず、色々な人たちからも言われてきました。

 

ま、それはもっともな意見だとは思うんですが、ちょっと寝かしつけたくらいで寝るようなら私たちも苦労してません。

寝ないんですよ、ヤツは。本当に(涙)。

寝たら負けと思ってるんです。

 

それを抑えつけて寝かすために暗い部屋に一人で閉じ込めるとか、怖い話で脅すとか(それをやっても寝るとはとても思えませんが)、そういう方法は自分の方針として矛盾が生じるのでできません。

子どもの生活には規則正しいリズムが必要で、それは幼いうちに身に付けさせなければならないという意見はまったくもって正しいと思いますが、人間はひとりひとり違うし、環境も違います。

 

親子間の子育て価値観のギャップというか摩擦は、この「子どもも親も全部それぞれ他とは違う」ことをちゃんと理解していれば起きない問題だと思います。

 

うちの母親がどうしてそういうことを言うかというと、別に深い考えがあるわけではなくて、ただ自分もそうされたし、自分の子どもにもそうしたから、という以上の理由はないわけですね。

その他の育児観も、大体はそんなものです。

その結果が私みたいな人間なわけですから、私はあまり親の意見を参考にしようとは思えないんですね。

 

温故知新という概念は、育児に関してはあまり当てにはならないと思います。

第一、子どもの扱いに関する過去の歴史を調べれば、いかに最近まで子どもの人権が無視され、踏みにじられてきたのかは明白です。

 

もちろん、きちんとした科学に基いた知識は大事です。

乳幼児に与えてはいけない食べ物(ハチミツとか)や、させてはいけないこと(うつ伏せ寝とか)を知らなかったための悲しい事故は、過去に学ぶことの大切さを示しています。

 

重要なのは「時代が流れても不変なもの」と「時代によって移り変わるもの」を見定めることです。

親が間違っていて私が正しいということではなく、時代の違いというものを考慮しなければならないのです。

 

あまり知りもしない断片的な知識で、漠然と「昔の子育てはよかった」などと口にする人がいます。

「昔はよかった」というのは簡単ですが、時代を戻すことはできないし、昔と同じ生活をするためには、たくさんの今あるつながりを断ち切らなくては不可能です。

仮にそこまでやって子どもを育てたとして、さて、成人してからその子はどうやって社会に入っていくのでしょう。

 

だから私は無責任な「昔はよかった」には耳を貸さないことにしています。

私たちの時代の不利益なもの、有害なもの、そうしたものを直視した上で、いかにして子どもをそこから自由にするかを模索し続けることが本当に必要な姿勢ではないでしょうか。

 

たとえば私は絵本屋の立場として、インターネットやスマホに代表される電子機器の子どもへの有害性を懸念しています。

かと言ってこれからの時代、そうしたものから完全に子どもを引き離すことは難しいでしょう。

第一、親だってPC文明の恩恵を受けています(この文章も)。

これからもそうした分野はどんどん進歩していくでしょうし、子どもたちがそれらに興味を持つことを阻む権利は親にはありません。

 

時代は変化し、環境は変化し、子どもたちも変化します。

そして、われわれ自身も。

育児にマニュアルが存在しないことは当たり前なのです。

 

何一つ確かなものがない中で、それでも立ち止まっているわけにはいかないのが育児です。

泣き止まない赤子を前にした親は、急患を前にした無許可の医師のようです。

 

自分にはライセンスなどないけれど、かと言って現状、目の前の子どもという急患に処置を施せるのは自分しかいない。

やらなければ子どもは死んでしまう。

 

そうである以上、自分の経験と感性と知識を総動員して、使えそうなものは何でも使って、手を貸してくれる人がいたらお願いして、どうにか目の前の生命を助けなければならない。

 

で、冒頭の言葉に行き着くわけです。

すべての親は『もぐり』である」。

 

もぐり「だからこそ」、常に自分自身をチェックし、勉強を怠らないように、そして精神の健康にも気を配らなければなりません。

もぐり「だからこそ」、過剰な自信を持たないよう、逆に自信が無さ過ぎて臆病にならないよう、正しく自分を見つめる必要があるのです。

 

私はそう考えて、どうにか無許可で親をやっています。

そしてもう一つ、私が気を付けようと思っていることがあります。

それは将来的に孫ができた時、息子に偉そうに子育てについて意見しないということです。

 

息子はきっと、私には理解できないやり方で、私より優れた方法で、その時代に適した子育てを見つけるでしょうから。

 

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絵本読み聞かせ育児・5歳まで

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

息子が5歳になりました。

「もう」5歳、「まだ」5歳、どちらの気持ちも等しくあります。

「自由な子ども」「主体的に生きることのできる子ども」を育てることを目指して5年間。

「いつでも、何冊でも、何度繰り返しても」の読み聞かせ、素直な欲求を可能な限り満たしてやること、交換条件を出さないこと、行動を惜しまないこと……。

 

私たちの育児がどういうものかは、過去記事を読んでいただければと思います。

≫3歳までに絵本を1000冊読み聞かせたら

≫絵本の海を泳ぐように。【4歳までの読み聞かせ育児レポート】

 

正直なところ、肉体的にも精神的にもハードな5年間でした。

妻は長い間産後うつに悩まされ、私は甲状腺の病気にかかり。

≫「逃げるは恥だが・・・」【産後うつの対処法】

振り返ってみると、我ながらよくやったなーと思います。

もちろん親としては未熟でしたが、自分にやれる限界に近いところまではやったと言えます。

私の人生において、最も悔いのない5年間でした。

そんな風に思わせてくれた息子には感謝しかありません。

 

過去記事を読み返してみると、子どもに対する考え方は今とほとんど変わっていません。

ただ、息子が3歳くらいの頃にはどこか肩に力が入ってるな、と自分の書いたものを見て思います。

あの当時は、自分たちの育児を、他の誰かにも奨めたいという気持ちが強かったのでしょう。

 

しかし、今では私たちの育児のやり方を、他の人にも奨めようという気はすっかり薄れました。

だって、相当しんどいですから。

親が無理をして倒れたら元も子もないです。

ただ「こんなやり方もあるよ」と示すことができればそれで充分だという気になりました。

 

そして、この5年で、息子の成長に対する焦りや不安といったものはほぼなくなりました。

今まではやっぱり「本当にこれでいいんだろうか」という気持ちが常にあって、そのために肩に力も入ってたんだと思います。

もちろん今でも心配事はありますけど、息子を見ていると「これでいいんだ」と信じられるようになってきたのです。

 

さて、相変わらず絵本の読み聞かせは続けてはいるのですが、実は最近はめっきり回数が減りました。

求めてこないからです。

 

今は一人で図鑑を見ていることのほうが多いです。

ちょっと前に恐竜にはまって、ずいぶんと詳しくなりました。

それに宇宙関係ですね。

ついていけません。

 

あと、絵本よりも漫画を好むようになりました。

ドラえもん」だけですけど。

ちょっと早いかなとは思ったんですけど、バカ受けでした。さすが名作。

まあ、しずちゃんのセクハラ問題とか、ジャイアンの暴力描写とか、気にし出したらきりないですけどね。

 

その影響か、最近描く絵が漫画になってます。

セリフとか擬音とか集中線とか。

やるなーと思うのは、漢字を使うべきところは漢字で書くところ。

「わからないからひらがなで書いとこう」とはならず、本を引っ張り出してきて調べて書いてます。

 

ちなみに、アニメのドラえもんは見ておりません。

この年で漫画版しか知らないというのは、ちょっと珍しいかもしれませんね。

 

テレビも、今はある程度見せてます。

全部録画かDVDで、息子が気が向いた時だけ見ます。

 

番組は「ピタゴラスイッチ」と「ダーウィンが来た」だけ。

DVDは「チャギントン」とか「Caillou」とか「Super WHY!」とかのアニメを英語音声で見てます。

 

絵本からはちょっと遠ざかってしまった感がありますけど、その代わりに今は字の多い児童書を「読んで」と言ってくるようになりました。

私も子どもの頃大好きだった「エルマーのぼうけん」3作品、「ルドルフとイッパイアッテナ」、「ぼくは王さま」シリーズ。

山下明生さんの「ジャカスカ号で大西洋で」、酒井駒子さんが新たに挿絵を描いた傑作童話「きかんぼのちいちゃいいもうと」シリーズ(これ、かなり好きです。私が)。

 

こういうのは読みだすと1時間以上かかることもあって(息子が寝るか「続きは今度」で納得してくれるまで)、こちらとしては疲れはしますが、割と楽しいです。

 

情緒的にも、だいぶ落ち着いてきたのですが、依然として幼稚園には行ってないせいか、知らない人の前に出るとむっつりとしていることが多いです。

たまに(ほんとに年に数回)実家に連れて行ったり、よそ様のお宅へお邪魔した時とかには内心「なんか賢いところ見せてくれんかな」などと親バカ丸出しで念を送っているのですが、そういう時はほんとにただのわがままな幼児になり、恥をかくだけです。

家で見せる知性の輝きなど、欠片もありません。

いいけどさあ……。

 

お隣の韓国で、同じように幼い頃から大量の絵本を読み聞かせて育った子がいて、私たちも大いに参考にしているのですが、その子が本当にその英才ぶりを発揮し出したのは小学校高学年くらいからだそうです。

 

≫読み聞かせという英才教育

 

その子は言語能力や科学知識はずば抜けているはずなのに、小学校に入った当初は全然成績も良くなかったそうです(それでも母親は一切小言を言わなかったし、「勉強しなさい」とも言わなかったところが素晴らしい)。

ただ、やはり理解力が桁違いなので、一度勉強の仕方を身に付けると、常に成績はトップ。

本人は塾にも通わず、遊んでばかりなので、周囲から不思議に思われていたそうな。

 

そんな話を知っているので、私も息子の成長に関しては気長に構えていますが、日常の何気ない言葉や振る舞いから、「おっ」と思わされることも増えており、それで充分満足しております。

些細な事ですけど、息子が「ごめんね」と口にするようになったことが嬉しいです。

何故って、私は今まで息子が何か悪さをしたりしても「謝りなさい」と言うことを自制していたからです。

 

つまり、息子は強制されたり、叱られるから仕方なくではなく、ごく自然に「あ、ごめん」と言えるようになったのです。

普段から私や妻が口にする言葉を真似ることがあっても、どういうわけか「ごめん」とは言おうとしなかったのに。

 

真似て欲しくないことはすぐに真似るけど、真似て欲しいことは真似るまでに時間を要する」というのは真理です。

 

これからも、焦ることなく、息子の成長を見守り続けたいと思います。

そして、もしこれから子どもたちに読み聞かせ育児をしようと考えてらっしゃる方がいれば、

大変だけど、その価値はある」こと、そして「無理をせず、子どもも親も楽しめればそれでいい」ことを伝えたいと思っています。

 

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