「それって子どもを幸せにするの?」

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

もうすぐ10月ですね。

そしてどうやら消費税は10%に増税されるらしいですね。

 

これ、我々庶民にとって物凄い打撃だと思うんですけど、なんかフワフワしてますね。

他人事みたい。

この前8%に上がる時だって割と大騒ぎしたのに、今回はなんか(表面的には)静かです。

どういうことなんでしょう。

古本屋という商売は基本的に価格設定が自由で、当店も消費税は一応価格に含まれる計算で絵本の値段を付けております。

もちろんそれは8%設定ですが、かと言って10月になったとたんに全商品を10%設定に値上げするのかと言えば、そんなことはしません。

面倒すぎるから。

 

ただ、今後は古本といえど値上がりは避けられないでしょうし、これから入荷する絵本に関しては多少価格設定を考えなければならないとは思います。

嫌なことです。

誰だって増税は嫌なことだと思うのですが、「でも仕方がない」というのが大半の国民の意見なのでしょうか。

本当に仕方がないのでしょうか。

 

本来、税金はその共同体に暮らす人々の生活をより良くするために使われるべきものです。

そうでなければ、誰も自分の稼ぎから少なくない額を収めたりしません。

 

けれど、実際に税金が何に使われているかを把握するのはなかなか難しい。

私もちょっと内閣官房のHPを見たりして確認しようとしたんですけど、よくわかりません。

ああいうのは庶民の知識でも理解できるように明示すべき種類の事柄だと思うのですけど、よくわからないのです。

つまり現実問題として私は「何に使われているかよくわからないお金」をせっせと収めていることになります。

私だけでしょうかね。

 

ただの愚痴になるのかもしれませんが、この機に少し思うところを綴っておきます。

 

消費税に限らず、私が関心があるのは、個々の政策の是非ではなく(そんなのよくわかんないし)、全体としてこの国がどの程度「子どもを守り育てる」ことに真剣であるかどうか、です。

物凄く簡単に言えば「それって子どもを幸せにするの?」ということです。

 

その意味において、消費増税は確実に子育て世代の生活を圧迫するでしょう。

増税分の使い道は少子化対策にも充てるそうですが、そもそも子どもを産まない最大の理由は収入が少ないことですから、何をしてるのかよくわかりません。

 

消費税が5%から8%に増税された時も政府は「全額を社会保障の充実に充てる」と公約してましたが、結果としてこの数年間で社会保障が充実したとか、生活が豊かになったという実感は私には皆無です。

私が子育てを始めたのはすでに8%になってからですが、消費増税によって子育て環境が改善された、子どもを産みたくなったという話は寡聞にして知りません。

そこから考えると、消費税が10%になることで育児を巡る環境はさらに悪化するような気がします。

 

繰り返しますが、私が問題にしているのは「政策の是非」ではありません。

「事実」として、子どもたちがどう扱われているかです。

 

OECD(経済協力開発機構)の調査によると、日本の教育への公的支援の割合は2018年時で34か国中最下位でした。

日本は「育児に良い国」ランキングでは先進国中最低クラスです。

 

「子どもを産みたくない」という若者の感性は非常に現実的で正しいと言えるのです。

かくもこの国で子どもを産み育てることはハードな行為となっているのです。

 

そしてその結果として、「育児」=「苦痛」「酷使」「不安」「犠牲」というマイナスイメージが膨らみます。

それはそのまま子どもそのものへのマイナスイメージへと繋がります。

非協力なパートナー、育児休暇をろくに取れない会社、電車やバスでの子連れの人に対する冷視。

 

そりゃあ、産みたくないでしょ。

この状況で「子どもを産もう」と決意した人は、それだけで表彰に値する勇者だと思います。

私も勇者。

 

結論を言いますと、この国は子どもに興味がないということです。

全然ない。

寂しいですね。

 

ま、昔の自分を省みれば、偉そうに他人の批判はできませんが。

ともかく、現実は上記の通りです。

かと言って打ちのめされている時間は我々にはありません。

我々の手には子どもの生命が預けられているのですから。

 

国が当てにできない以上、できることは個人的な範囲に限られます。

私の場合、子どもと精一杯遊んであげること、そして絵本をどんな時でも面倒がらずに読んであげること、主にこれだけを心掛けてきました。

 

結果はどうなるでしょうか。

どうなるでしょうね。

 

願わくは、息子の世代が築く社会が、子どもたちにとって幸せなものでありますように。

 

 

■これまでに紹介した絵本のまとめはこちら→「00冊分の絵本の紹介記事一覧

■えほにずむでは、このブログで紹介した以外にも、たくさんのよい絵本を取り扱っております。ぜひ、HPも併せてご覧ください。

絵本の買取依頼もお待ちしております。

 

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絵本の森で6年間。【絵本と育児・6歳まで】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

お店と息子の誕生日は同じなので、お店ができた時に3歳だった息子は6歳になりました。

というわけで、節目のレポートを。

3歳・4歳・5歳時点でのレポートはこちら。

 

≫3歳までに絵本を1000冊読み聞かせたら

≫絵本の海を泳ぐように。【4歳までの読み聞かせ育児レポート】

≫読み聞かせ育児・5歳まで

 

当初の理念と方針はさほどブレていません。

絵本の力を大いに借りて、どうにかここまでやってきました。

 

息子は日々成長変化し、もう今では「絵本読んで」とせがんでくることは少なくなりました。

「いつでも、何冊でも、何度でも」の読み聞かせが懐かしくもあります。

 

≫たまには児童書感想文

 

ただ、子どもの自然な甘え・欲求・好奇心に可能な限り答えるという姿勢に変わりはありません。

絵本も遊びも、とことんまで付き合うのが親の役目です。

……あんまりできてませんけど。

↑自分の胎児時代の超音波写真を模写しようとしているらしい。

 

とにかく今年は息子の弱視治療(と言っても眼鏡を正しくかけて生活するだけですが)が重要課題でした。

何回フレーム直してもらいに眼鏡屋さん行ったかわかりません。

 

≫子どもの弱視について

≫子どもの弱視治療経過

≫子どもの弱視治療経過・2

 

とりあえず矯正視力で1.0は出るようになったので、一応治療は成功ということになります。

夜空の木星を見つけることができます。

 

はっきり大丈夫だなと思ったのは、先日小学校見学に行った時、教室の一番後ろから黒板の小さい字が読めたからです。

これなら眼鏡の度数も上げずに済みそうです。

 

そう、小学校を見に行ったんです。

何しろこの子は保育園も幼稚園も行ってないし、きょうだいもいないし、およそ集団生活の経験が皆無なので、親としては少々不安があるところです。

見学したのは普通の公立小学校ですが、別にいいんですけど、1年生の国語の授業だと9月の時点で「カタカナの書き方」とかやってるんですね。

そんなもんだったっけ……自分の時のことは何も覚えてませんけど。

 

息子にとって小学校生活がどういう位置づけになるかは予想できませんが、私としては「遊びに行ってこい」という心境です。

あんな性格で友だちできるかな。

↑息子作のピタゴラ装置。プラレール・トミカ・ニューブロック・積み木などを組み合わせてます。

 

我が家では大量の絵本や図鑑以外に知育教材のようなものは何もありません。

幼児塾なんか行かせません。そんな余裕ないし。

就学前の幼児教育(あんまり好きな言葉じゃないけど)は絵本だけで十分すぎるくらいだと思います。

面白くて、美しくて、言葉や知識の宝庫で、最高のコミュニケーションツールで。

めちゃくちゃ贅沢じゃないですか。

 

たくさんの絵本に触れることが、子どもの言語能力形成に非常に有効だということについては論を待たないでしょう。

まず「ことば」があるのです。

世界を理解するのも、自己の内面を知るのも、「ことば」が始まりです。

「ことば」の重要性については、いずれまた改めて記事にしてみたいと考えています。

 

息子の言語能力については、別に系統立てて教えているわけじゃないので、「何年生くらい」という量り方はできません。

少なくとも小学校で習う漢字は大部分読めるでしょう。

ただ、知識の元がほぼ児童書や図鑑なので、人名漢字とかはまったく読めないことが多いです。

「弊害」とか「画期的」とか、普段の会話の中で使ってきます。

↑息子の漫画「ピタゴラ子宮スペシャル」。

 

人体に関する図鑑が大好きで、特に最近なぜか「子宮」にハマってます。

「子宮漫画」という「画期的な分野」(息子談)を開拓。

ちなみに息子は受精についてもちゃんと知っています。

もちろん照れなんかないので、人がいるところでも大声で「精子と卵子が〜」とか言い出すので、なかなかスリリングです。

↑中身はこんなんですけど。

 

情緒面に関しては相変わらず、ゆっくりゆっくり時間をかけて成長しています。

知識は急に増えることもあるけど、感情の発達にはどうしても長い時間が必要です。

 

親は気長に、じっくりと待たなければなりません。

しかし一方で、子どもは感情面でも急成長することがありますから、油断できません。

その度に親は適切な態度で子どもに接することが求められます。

 

子どもが突然今までやってたことをやめて、「これからこうするよ」と言ったら、その意思をできる限り優先すべきです。

でも、大人は急な変化に弱いんです。

とても子どもにはついて行けません。

そのくせ、子どもの成長を焦るあまり叱ったりするんですから、まったく勝手なもんです。

 

そんなわけで、妻は今でもしょっちゅう息子と喧嘩してます。

ただ彼女が偉いのは、冷静になった後でちゃんと息子に謝るところ。

これは結構大事なことです。

たとえ息子の方がとっくに忘れてケロっとしてたとしても。

 

子どもは放っておいても成長するけど、親は努力しないと成長できません。

子どもが成長するのは自分の力であり、親が成長するのも自分の力です。

そういう意味で「育児」という言葉は、使ってはいますけど適切だとは思いません。

子どもは自分の力で育つのであり、大人はそれをほんの少しサポートするだけです。

↑息子が急に思いついて書いた詩。右から文の頭文字を読むと「おとう3(さん)」。

 

さて、来年にはいよいよ息子も小学生です。

小学生になったからといって何が変わるわけでもないかもしれませんが、やっぱり節目を迎える気持ちはあります。

これからも絵本はどんどん本棚に追加していくつもりです。

ずっと読んでなかった絵本を探し始めたりすることもあるので、赤ちゃん時代の絵本も処分はできず、増える一方で大変ですけど。

 

追伸:この前初めて乳歯が一本抜けました。

 

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虐待について

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

いよいよG20に伴う大規模な交通規制が始まってます。

大阪市在住の私としては、ただただ迷惑極まりない話です。

なんか警官がいっぱいいると嫌な気分になるし(無意識に後ろ暗いことがあるからかな)。

頼むからよそでやって。

 

ところが、周囲の人々の反応を窺うと、実に大人しいのですね。

仕事やプライベート含め、大いに迷惑をこうむっているはずなのに、ほとんど文句ひとつ言わない。

偉い人が決めたことだからしょうがない、という空気です。

ま、確かに私がぶうぶう言ったところで規制が解かれるわけではないですが。

 

唯々諾々。

これが国民性なのかもしれないし、学校教育の「成果」なのかもしれません。

 

今回はまた教育に関係する話です。

先日、親権者による児童への体罰禁止規定を盛り込んだ児童虐待防止法の改正案が成立しました。

子どもは叩いて矯正しないとまともな人間にならないと考えている人、体罰が禁止されたら子どもが「つけあがる」ことを懸念してる人、そもそもしつけと虐待の区別がついてない人。

そういう人々は、法律で体罰を禁止されることを苦々しく思っているでしょう。

 

体罰に対しての私の考えは過去に書いてます。

 

≫体罰について

 

読んでいただければわかる通り、私は体罰というものを認めていません。

あらゆる体罰は子どもの成長にとってマイナスだと思うからです。

そもそも「しつけ」ということに懐疑的です。

 

でも、だから体罰を法律で禁ずることに諸手を上げて賛成かと言うと、複雑な気持ちです。

子どもを産み、育てるという行為に対し、他人がくちばしを入れることに不快な気持ちがあるからです。

 

もちろん、実際に虐待され、人権を蹂躙され、助けを必要としながら声も上げることができない子どもたちは、「他人」の大人たちが自らくちばしを突っ込んで守らなければなりません。

そして現実問題として、救わなければならない子どもたちは大勢いるのです。

 

悲しいことですが「親になるべきでない親たち」は確かに存在します。

子どもたちは何よりもまずその親たち(彼らもまた救いを必要としている存在ですが)から守られなければなりません。

 

ですから、そのための「法」は必要には違いありません。

気を付けるべきなのは、国が個人を法で縛ることそのものが「いいこと」だと誤解しないことです。

 

子どもを産むという選択、産まないという選択。

いかに子どもと関わるかという選択、関わらないという選択。

それらは根本的には個人の自由に委ねるべき問題です。

 

「産め」「産むな」「こう育てろ」「こう育てるな」というすべての強制は本来されるべきではありません。

親と子どもを巡る数えきれないほどの悲劇や悲惨を認識した上で、それでもなお、です。

そうでなければ真に自由な人間を育てることにはならないからです。

 

人間は進み過ぎたり、現状に留まろうとしたりしながらも、「自由になること」を志向します。

私はそう考えています。

 

もう何度も繰り返してきたことですが、真に「自由になる」とは「本能のままに行動する」ことではありません。

人間には「本能に従わない自由」があり、「自らの信念や理想に基いて行動する」自由があります。

同時に「悪を行う自由」があり、危険な誤解を恐れずに言えば「虐待する自由」というものもあるのです。

 

自由の中で善を選び取ることに価値があるのです。

法律で禁止されてるから虐待を我慢するのではないのです。

 

虐待防止法が「今、現状」必要か? と問われれば「必要である」と答えます。

しかしそれが「未来に亘って永久的に」必要か? と問われれば「NO」です。

いずれはなくなるべきだし、なくなるでしょう。

 

同じ理由で、死刑制度も刑法そのものも、いずれはなくなると思います。

人類がその時代まで生き延びていれば、ですけど。

 

虐待をしてしまう親で(正直に申し上げてまったく同情心は湧かないんですが)最も哀しいのは、自分が幼い頃に虐待を受けた人間が、親になってから自分の子に虐待を繰り返すケースです。

 

子どもをどう育てるかはそれぞれの性質や環境によって様々です。

育児はどうすれば正解、という答えはなく、どこまでやればいいかも人によって違い、比べられるものではありません。

ですから、一つのテーマとしてですが、「自分が親からしてもらった以上のこと」が子どもに対してできれば、それでいいのかもしれないと考えています。

 

虐待を受けた人間が、虐待の連鎖を自分の代で断ち切れれば、それだけで素晴らしい価値のあることだと思います。

 

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義務教育をちゃんと考える

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

前回、小学校についてちょびっとだけ語りました。

かつては子どもの教育は一部の専門家の領域でしたが、現代では誰もが「教育問題」について自分なりの考えを持ち、語ります。

特に小中学校、義務教育に関しては本当に様々な方面から意見が百出しています。

 

そのほとんどすべてが、「このままではダメだ」という現場への批判です。

どうやら現状のままではいずれ義務教育は崩壊する(あるいはすでにしている)というのが、世の大半の見方であるようです。

 

確かにそうかもしれないと、私も思います。

でも、「じゃあどうすればいいのか」については、あまり耳にしないんですね。

いや、色々構想はあるみたいなんですよ。

でも、それらはどれも「実際には実現不可能」なものばかりです。

それは彼らが悪いわけではなく、学校のような恒久的なシステムを根本的に変革することは、一人の人間の力ではとても無理だし、長い時間をかけなければできないからです。

 

逆に言えば、時間をかけずにできるような「改革」には、必ず副作用があります。

現在もそこで生活する子どもたちがいる以上、そんな急激な革命はするべきではありません。

 

できるとすれば、新しい理念を掲げた私立学校を創設することくらいでしょう。

けど私学に子どもを通わせるのはどうしてもお金がかかりますし、そうやって富裕層だけが良質な教育を受けられるような格差が広がっていくことには、個人的には不満があります。

 

とりあえず、今、成長中である子どもたちに何がしてあげられるのか。

それは結局、個人的なことしかないと思います。

学校現場の方々にクレームをぶつけるより、親としてできることを探すほうが大切だし、その方が早い。

 

そもそも義務教育の役割とは何なのか、何のために学校に行くのか、親はそれを考える必要があります。

でも、実際にはほとんどの大人が特に考えずに「そうするのが当たり前だから」「世間が許さないから」と、子どもを学校に行かせています。

 

憲法26条をちゃんと読めばわかる通り、義務教育の「義務」は子どもに課せられたものではなく、保護者(と国)に対してのものです。

子どもには十分な教育を受ける権利があり、保護者はそれを受けさせる義務がある。

 

子どもが「学校に行きたくない」と言った場合、難しい問題ではありますが、親との間にきちんとしたコミュニケーションが成立しているなら、「学校に行かない」というのは選択肢としてありです。

もちろん、学校に行かない子どもにも十分な教育を受けさせる義務は残ります。

 

私の息子がちゃんと小学校に行けるかどうか、現段階ではよくわかりません。

多分普通に行くだろうと思うけど、もしかしたら「行きたくない」と言い出すかもしれない。

 

行かないのは構わないけど、そうなるとさらに親の仕事は増えます。

勉強なんか教えられないし、音楽や美術やその他いろいろな学習に関して、素人にはできないことが多すぎます。

そう考えると、問題が多くとも、やっぱり学校があることには感謝せざるを得ません。

 

そして何よりも、小中学生の年の子どもにとって、親以外の大人との接触は重要だと思うのです。

特に、見上げるように尊敬できる教師に出会える幸運に恵まれれば、その後の成長に多大な良い影響を及ぼします。

それは家にいるだけでは(核家族では特に)得られない体験です。

 

私がこのブログでしょっちゅう「自由」「自由」と口にするので、子どもが教師と非対称な関係性になることに否定的かと思われるかもしれませんが、そんなことはないのです。

子どもは尊敬できる大人が近くにいることで大きく成長できるのです。

その感情は大人になっても有益です。

それは教師や権威に対する盲目的な服従とはまったく異なるものです。

 

現代では子どもに「大人を尊敬させてあげる」ことができずにいます。

大人が情けないんでしょうね。

 

学校についてはまだまだ書きたいことがあるのですが、またの機会にしましょう。

 

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競争相手は蹴落とすものではなく、引き上げるもの

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

我が家の息子も来年には小学生です。

これまでここでアレコレ書いてたように、息子はずっと家だけで過ごしており、幼稚園も保育所も行かず、友だちもいません。

この子が集団の中に入れられた時どんな反応を示すのか、不安半分楽しみ半分です。

 

わがまますぎるんじゃないかと心配した時期もありましたが、意外とよその人には礼儀正しかったりするのです。

私にはグーパンチを浴びせますが。

さて、子どもをどんな小学校に通わせるかは、親にとって悩ましい問題です。

どんな先生がいるのか、教育方針はどうなのか、周辺環境はどうなのか……など、考えればきりがない。

 

私も色々と検討してきましたが、はっきり言ってよくわかりません。

ネットで調べても、人に聞いても、小学校を評価する基準がほとんど「学力」ばかりだからです。

 

小学生の内からそんなに勉強ばかりしなくても……などと呑気に構えてる場合じゃないんだそうです。

きょうびの教育熱心な親御さんたちは、すでに小学校から大学受験までのルートを考えているのだそうです。

 

それを悪いことだとは思いません。

親心も理解できます。

 

でも、そういう「いい大学に入って、いい会社に就職して、いい配偶者を見つけて、いい家庭を築く」のが人生の目標という時代はもう終わりでいいんじゃないでしょうか。

もちろん、そういう人生は結構ですし、心から幸せな人もいらっしゃるでしょう。

しかしそれと人間的な完成度とは何の関係もありません。

 

今の社会では「同年代の競争相手」に勝ちさえすれば「成功者」になれるというルールが一般的になっています。

みんなが少しでも社会的な上昇を望んで競争を繰り返しています。

そのために子どもを幼いうちから塾や習い事に通わせるのです。

 

勉強なんて無意味、とは思いません。

勉強は大事です。

でも、それは「同年代集団での競争に勝つ」ためではなく、人間的に成長するために必要なのです。

 

きれいごとを言ってるように思われるでしょうが、その「きれいごと」を忘れてはならないのです。

そして本当は心の底では、誰もが「きれいごと」で生きるべきだと思っているのではないでしょうか。

教育に熱心な親御さんたちは、我が子の将来を真剣に考えている点、素晴らしいと思います。

でも、何が起こるかわからない世の中で、本当に我が子の将来を考えるならば、同年代集団での競争に勝つという局地的にしか使えない能力よりも、自ら必要なことを学習し、応用し、どんな状況でも愉快に生きることのできる人間力こそ重視するべきではないでしょうか。

 

息子が幼いうちから大量の絵本を読み続ける私は、他人から見れば早教育に躍起になっているように思われるでしょう。

しかし、私が息子に望むものは「競争相手を蹴落とす」能力ではなく、「競争相手を引き上げる」能力なのです。

それによって互いが、一人では到達できなかったステージへ上昇することができるからです。

それは真に自由な精神で主体的に学ぶ人間でなければできないことです。

 

小学校選びはもちろん大切です。

けれども、本当に大切な親の仕事は「どんな小学校に通わせるか」を選ぶことではなく、「どんな小学校に行っても大丈夫」な子どもを育てることではないでしょうか。

 

小学校に関しては色々と思うところもあるのですが、それはまた今度。

 

 

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