2021.05.31 Monday
【絵本の紹介】「はらぺこあおむし」【リライト】
こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。
絵本作家のエリック・カールさん(91)が5月23日にマサチューセッツ州にあるご自身のスタジオで家族に看取られながら静かに息を引き取った息を引き取ったということです。
数々の楽しい絵本を世に送り出してきたカールさんですが、代表作「はらぺこあおむし」はあらゆる絵本の中でも1,2を争う知名度でしょう。
このブログでも初期の頃にとっくに紹介済みなのですが、作者を偲んでもう一度改めて取り上げてみたいと思います。
作・絵:エリック・カール
訳:もりひさし
出版社:偕成社
発行日:1976年5月
「しかけ絵本」という分野は今でこそ一般的に広まり、次々と斬新な試みがなされていますが、カールさんのこの「穴の開いた絵本」というアイディアは、当時はコスト面などでなかなか難しかったようです。
アメリカの出版社では敬遠され、それでも諦めなかったカールさんは、日本の出版社での製本・印刷を実現させます。
ですからもとより「はらぺこあおむし」と日本には切っても切れない縁があったのですね。
ずらりと並んだ食べ物にはあおむしが食い破った穴が開いており、小さく区切られたページをめくると向こう側にあおむしの姿を確認できます。
ただこれだけの仕掛けで、子どもたちは何度もページを行き来し、穴を指でなぞり、強い興味を示します。
そしてあおむしの凄まじい食欲と「大きくなりたい」という原始的欲求は幼い子どもそのものです。
子どもたちはあおむしに自分自身を投影し、ページいっぱいに膨れ上がった巨大なあおむしにある種のカタルシスを覚えます。
また、曜日や数字の概念を盛り込んだり、ちゃんと卵→幼虫→蛹→羽化という蝶の成長を事実に基づいて描いているところも重要です。
といってこれは単なる科学絵本や成長記録絵本ではなく、人間の本質部分に語り掛ける力を持った物語絵本です。
子どもにとって、いや人間存在にとって、地を這うあおむしが美しく軽やかな蝶に成長変化する模様は、どこか比喩的な印象を残します。
子どもはまだ自分の衝動や意思がどこから来るのかを自覚しません。
しかし予感はあります。
いつか自分の精神が自由に解き放たれ、蝶のように舞い上がるであろうという予感です。
「はらぺこあおむし」は全世界で翻訳され、発行部数は5500万部以上という怪物的売れ行きを誇る絵本ですが、その理由はこの本質的な物語にあると私は思います。
「しかけ」はもちろん子どもの興味を引きますが、それは実は枝葉の部分なのです。
「こういうのが受けるんだろう」と凡庸な作家や編集者が「はらぺこあおむし」の二番煎じ的作品を作ったとしても、その本質部分を抽出できない限り、それはしょせん二番煎じで終わるでしょう。
絵本は流行りに乗って一時的に売れることはあっても、読者の大半が子どもたちである以上、長い目で見れば良作しか生き残れないからです。
また、カールさんの絵本で印象的なのはその鮮やかな色彩ですが、高校時代の美術教師が見せてくれたピカソやマティスなどの作品の複製が、彼に強い衝撃を与え、後の作品に大きく影響したといいます。
当時カールさんはナチス政権下のドイツの高校で過ごしており、そうした芸術作品は弾圧の下にありました。
「美しいものを見たい」という人間の魂の欲求は、独裁的に人を管理下に置きたいと願う人間がもっとも恐れるものです。
ですが歴史的に見ても、自由で開かれた精神へ向かおうとする魂を完全に殺すことは決してできません。
鬱屈した現代においても、自由で輝かしい未来へと向かおうとする、美しい蝶になろうとする「はらぺこあおむし」たちの魂は育っていると信じています。
それを見守るあの「おひさま」の笑顔に、作者の温かな笑顔が重なって見えます。
エリック・カールさんのご冥福をお祈りいたします。
ありがとうございました。
推奨年齢:2歳〜
読み聞かせ難易度:☆☆
あおむしの力強さ度:☆☆☆☆☆
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