【絵本の紹介】「もとはねずみ・・・」【358冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回もねずみの出てくる絵本を紹介します。

マーシャ・ブラウンさんの「もとはねずみ・・・」です。

作・絵:マーシャ・ブラウン

訳:晴海耕平

出版社:童話館

発行日:2011年3月20日(改訂版)

 

原作はインドの昔話のようです。

以前は冨山房から八木田宜子さんの訳で「あるひねずみが・・・」という題で出版されており、そちらが絶版となって童話館から「むかし、ねずみが・・・」で出版、さらに改訂されて「もとはねずみ・・・」と改題されるという、やたら紛らわしい作品です。

 

原題は「ONCE A MOUSE…」で、1962年のコールデコット賞受賞作品。

マーシャ・ブラウンさんは同賞を三度受賞するという化け物作家(誉め言葉)ですが(ちなみにもう一人の『化け物』はデイヴィッド・ウィーズナーさん)、彼女の絵本制作におけるストイックさを知れば、それが単なる天分ではなく、絶え間ない努力と妥協を許さない仕事ぶりによるものだと理解できるでしょう。

 

その「絵本職人」っぷりは、巨匠ヴァージニア・リー・バートンさんやアメリカ絵本のパイオニア、ワンダ・ガアグさんを彷彿とさせますが、特にブラウンさんのポリシーを感じるのは、作品に応じて表現方法を変えるという点です。

 

どんな画材で、どんな色使いで、どんな技法を用いれば、題材となる物語に相応しい表現となるのか。

ただ手慣れた手法、あるいは一度成功したやり方を踏襲する怠慢を、ブラウンさんは徹底して退けます。

 

今回は色数を抑えた木版画ですが、例えばこのブログでも取り上げた「三びきのやぎのがらがらどん」や「影ぼっこ」と比較してみると、これらが同じ作家による作品とは思えないほどの歴然とした違いがあります。

 

≫絵本の紹介「三びきのやぎのがらがらどん」

≫絵本の紹介「影ぼっこ」

 

これだけ変化しながら、そのどれもが高い完成度を維持しているというのは、当然のことながら突出した基礎的画力のなせる業で、やっぱり「化け物」だと唸るほかありません。

 

さて、内容に入りましょうか。

 

インドらしく「行者」が座禅を組み、「おおきいということ ちいさいということ」について哲学的思索にふけっていると、ふいに目の前をねずみが走り抜けて行きます。

カラスの餌食となるところを、行者は助けてやり、自分の庵に連れ帰ります。

しかし、今度はねこがねずみを狙ってきます。

行者は魔法によってねずみを大きなねこに変えます。

さらに犬に変え、とらに変えます。

これによって、もとは小さなねずみだった生き物は、森の中で狙われることのない頂点に立ったわけです。

 

ねずみだったとらは、我が物顔で歩き回り、他の動物に威張り散らすようになります。

そんなとらを、行者は諫めます。

わしがいなかったら、おまえは、あいも変わらぬ ちいさな ねずみではないか

そのように おくめんもなく ふるまうものではない

すっかり傲慢になっていたとらは、この意見に対し「はじをかかされた」と腹を立てます。

そして自分の過去を知るこの行者を殺してしまおうと企みます。

 

が、行者はそんなとらの心を見抜き、一喝します。

とらは元のちっぽけなねずみに戻され、森の奥へと姿を消します。

 

行者は再び、「おおきいということ、ちいさいということ」についての瞑想を深めます。

 

★      ★      ★

 

素晴らしい木版画が、インド的、東洋哲学的なイメージをいっそう膨らませてくれます。

物語としてはなかなか難解ですが、こうした神秘的な匂いのする昔話を単純な解釈や教訓に落とし込むのは野暮でしょう。

 

ただ、「おおきいということ、ちいさいということ」というテーマが掲げられているので見落としがちになるのですが、私はそこはあまり重要でないような気がします。

というより、ここでの「大きい小さい」は「強さ弱さ」の意味合いが濃いです。

 

ほとんどの場合、動物的には「大きさ」がそのまま「強さ」に直結します。

しかし、人間は例外的にその原則から外れます。

この物語においては「行者」は自分よりも巨大な「とら」より強いのです。

 

行者は修行を積み、瞑想という形で「考え」を深めることによって祈りや魔法の力に通じます。

人間と他の動物を分けるのはこの「思考能力」です。

 

それは武器を作ったり集団を編成したりといったレベルの話ではなく、「自我意識」の問題です。

人間だけが「己とは何か」について思考します。

 

その内省を怠るもの、大きくなったことで有頂天となり、本来の自分を見失うねずみ=とらは、物語的意味においては「弱い」ままなのです。

 

弱さや醜さを含めた自分の存在を見つめ、認めること。

言葉にすれば簡単ですが、これができる人間は非常に少ないでしょう。

それは単なる開き直りや諦観とは違います。

 

それができないから、人は「大きさ小ささ」という「目に見えるもの」に囚われ、振り回され、ねずみと同じ運命を辿るのです。

真に重要なのは「目に見えるもの」ではなく「目に見えないもの」の中にこそある。

つまり、思考、イメージの世界に。

 

実にインド的・東洋的な理念に導いてくれる絵本ではありませんか?

 

推奨年齢:6歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆

行者さんなんか可愛い度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「もとはねずみ・・・

■これまでに紹介した絵本のまとめはこちら→「00冊分の絵本の紹介記事一覧

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【絵本の紹介】「ねむりひめ」【311冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

新年度が始まりました。

気持ちも新たに仕事や子育てに取り組んでいきたいと思っています。

 

今回は誰もが知っているグリム童話から、フェリクス・ホフマンさんによる「ねむりひめ」を取り上げましょう。

原作:グリム童話

絵:フェリクス・ホフマン

訳:瀬田貞二

出版社:福音館書店

発行日:1963年10月1日

 

ホフマンさんはスイス生まれでドイツの美術学校を卒業、版画・壁画・ステンドグラス制作などでも高く評価されている方です。

絵本作品としてはグリム童話原作の作品を数多く手がけ、そのどれもが素晴らしい完成度を誇っています。

 

このブログでは以前に「おおかみと七ひきのこやぎ」「ながいかみのラプンツェル」を紹介しました。

 

≫絵本の紹介「おおかみと七ひきのこやぎ」

≫絵本の紹介「ながいかみのラプンツェル」

 

上記の記事中でも触れていますが、絵の美麗さは当然ながら、ホフマンさんの絵本作家としての優れた才能は構図の妙にあります。

各カットのアングル・テキストの配分・余白に至るまで一分の隙もなく計算され尽くしているのです。

 

特にこの「ねむりひめ」は作者の最高傑作と言ってもよく、翻訳の瀬田貞二先生はその著書「絵本論」で、この作品をほとんど手放しで激賞しています。

 

推奨年齢は4歳からと設定されてますが、テキストは結構多め。

子どもを望む王と妃の間についに女の子が生まれます。

喜んだ王はたくさんの人々を招いてお祝いをしようと計画します。

 

ところが都合により国に13人いる「うらないおんな」のうち一人だけは招待されませんでした。

お祝いの席で、招かれた占い女たちは姫に「よいこころ」「うつくしさ」といった運を授けます。

ところがそこへ、一人だけ招かれなかった占い女が姿を現し、姫に呪いをかけます。

それは姫が15になったら、「つむ」に刺されて死ぬという恐ろしいもの。

 

誰もがぎょっとする中、まだ贈り物をしていなかった占い女が、呪いを軽くします。

姫は死ぬのではなく、100年の間眠りにつくことになると言うのです。

 

その後、王は愛する娘を守るため、国じゅうのつむを燃やしてしまいます。

姫は美しく利口に成長し、15の年を迎えます。

 

ある日、王と妃が留守中に、姫は城にある古い塔の一室で、麻糸を紡いでいるおばあさんに会います。

興味を持って手を伸ばしたとたん、姫はつむに刺されて眠り込んでしまいます。

 

この眠りは城じゅうに広がり、帰ってきた王と妃を含め、城内のすべての人々がそのままの姿勢で眠ってしまいます。

城の外壁には茨が生い茂り、誰も中に入れなくなります。

いつしか姫は「ねむりひめ」と呼ばれるようになります。

色々な国の王子が噂を聞いて姫を助け出そうとしますが、すべて失敗します。

 

長い年月が過ぎ、一人の王子がねむりひめの噂を知り、彼女に会いにやってきます。

ちょうどその日が姫が呪われてから100年目に当たるため、王子は何の苦労もなく城内に入ることができ、眠っている姫を発見します。

王子が姫にキスをすると姫は目を覚まし、止まっていた時間が再び動き始めます。

姫と王子は結婚し、いつまでも幸せに暮らします。

 

★      ★      ★

 

前述した「絵本論」で、瀬田先生はこの作品を各場面ごとに実に詳細に分析・解説しています。

おそらくこれを超える「ねむりひめ」評はないでしょう。

ホフマンさんがいかに心を砕いてこの絵本を作っているかが深く理解できる名解説になっています。

 

幻想的で繊細なタッチ、表情豊かな人物。

各カットの構図は、読者の視線誘導までも考慮して練り込まれています。

例えば王子が姫のもとへ辿り着くクライマックスでは、左下から右上へと流れる絵を、テキストと共に追っていくことになります。

その際、複雑に絡まり合いながら伸びる茨のつたも実に効果的に描かれています。

 

止まった時間の描写も秀逸で、随所に描かれる猫や鳥もどこか象徴的で、無駄が一切ありません。

これは積み木を一段一段重ねて行くような慎重で注意深い作業だと思います。

 

さて、子どもに聞かせる物語としてはどうでしょう。

とても人気のある童話ですが、よく考えてみると妙なお話です。

 

壮大でドラマチックな展開の割に、クライマックスで王子は何の障害も苦労もなく姫の救出に成功します。

大人としては、王子にはもう少し苦難を乗り越えるストーリーが用意されるべきな気もします。

 

姫は不幸に見舞われますが、結局は100年という時間が全てを解決し、特に何をするわけでもなくハッピーエンドを迎えます。

つまり、この物語には戦いや努力といった能動的なものがほとんどなく、登場人物は運命に従って「あるべきところ」へ導かれるのです。

 

そこから読み取ると、これは人生における避けようのない幸不幸、カルマを描いた物語と言えそうです。

 

王子はちょうど100年目のその日に現れ、姫と巡り会います。

一見偶然のような出会いが、実はそれこそ紡がれた糸のように、因果に導かれているのかもしれないのです。

 

カルマ・因果律という考え方は、ともすれば人間に無力感を抱かせるものとして忌避されがちです。

けれども、本当に心から「運命」というものに向き合い、過去から未来へと繋がる糸の上で生きていることを感じる時、その考え方は人生を力強く生きるためのものとも成りうるのです。

 

子どもたちは、「どんな不幸や不運があろうとも、必ず最後は幸福になる」物語を欲します。

彼らは本能的に「この世界は美しく、素晴らしいところである」ことを信じているし、信じるべきだと感じているのです。

 

我々大人が、それを信じさせてやらないで何とするのでしょう。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

暗示的度:☆☆☆☆☆

 

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【絵本の紹介】「パンぼうや」【274冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回はロシアの民話絵本を紹介します。

マーシャ・ブラウンさんによる「パンぼうや」です。

作・絵:マーシャ・ブラウン

訳:おがわきよし

出版社:童話館

発行日:2014年12月20日

 

この作品は以前は「パンはころころ」という邦題で、冨山房より刊行されていました(翻訳は八木田宜子さん)。

絶版により入手困難になっていましたが、近年童話館より新たに発行されました。

 

先にあらすじを言ってしまうと、おじいさんがおばあさんに頼んで焼いてもらった丸いパンが逃げ出すというもの。

自分を食べようとする動物たちを次々に出し抜いて逃走を続けるパンでしたが、最後は狡猾なキツネのおだてに乗せられて、まんまと食べられてしまいます。

 

ロシア民話としては定番のようで、様々な作家が再話しており、日本で刊行されている作品も多数あります(瀬田貞二さんによる「おだんごパン」など)。

一作ごとにがらりと手法を変えて、そのお話に最も適した表現を試みるマーシャ・ブラウンさんが、今回も実にいい仕事をされています。

 

文章のリズムが非常に重要なお話で、登場人物たちのセリフはミュージカル風です。

それに合わせて、キャラクターの絵はみんな踊っているような動きを見せています。

パンぼうやが転がりながら外へ逃げ出すシーンの構図もよく計算されています。

読者は右から左へ、パンの動きを目で追うことができ、それを追いかけるおじいさんのポーズもリズムがあって滑稽です。

 

話が逸れますけど、こういう構図を日本式に左から右へ製本すると、まったくスピード感が失われ、作者の意図が破壊されてしまうことには注意を払う必要があります。

うさぎやおおかみ、くまがパンぼうやを見つけて食べようとしますが、そのたびにパンぼうやは自慢の歌声で彼らを攪乱し、素早く逃げ出します。

おおかみがパンぼうやを見失うカットなどは秀逸で、読者の目さえも欺きます。

パンぼうやの俊敏さがよく伝わるシーンです。

表紙からすでにその立ち位置を明確にしているきつねが、パンぼうやの歌を褒めちぎります。

調子に乗ったパンぼうやは、きつねのリクエストに応えて鼻の先、そして舌の先に飛び乗って何度も歌を披露。

 

最後は「パクン!」で、「おはなしは これで おしまい」。

 

★      ★      ★

 

これとよく似た話はイギリスやノルウェーなどにも残っています。

食べ物が逃げ出すというのは、日本ではあまり聞かないような気がします。

 

読み聞かせは意外に難しく、いかにしてパンぼうやのあの毎回微妙に違う歌をリズミカルに楽しく歌えるかがポイントになります。

訳者さんも頑張っているんですけど、長いんですよね、歌が。

原文だと、やっぱり歌いやすいようになってるんでしょうねえ。

 

貧しい中で粉箱の底をひっかいて作ったパンに逃げられてしまう老夫婦や、自由を求めて飛び出したのに、最後は策略によって食べられてしまうパンぼうやは、どちらもちょっと気の毒でもの悲しい。

でも、終わらせ方の見事さにより、そうしたところはさほど気にはなりません。

 

あ、食べ物が逃げ出す話、日本にもあったのを思い出しました。

最後は食べられてしまうところも一緒ですが、あちらは本当にもの悲しい。

歌ですけど。

 

推奨年齢:3歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

およげたいやきくん度:☆☆☆☆

 

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【絵本の紹介】ガルドン「あかずきんちゃん」【251冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回は最も有名なグリム童話「赤ずきん」を取り上げます。

様々な作家が絵本化しており、その数はたぶん昔話絵本としても最多クラスでしょう。

 

それらはそれぞれに個性的で、読み比べると非常に面白いのですが、その中から一冊だけを紹介するのは難しいものです。

ですので、いずれまた別の「赤ずきん」を紹介することもあるでしょうけど、今回はポール・ガルドンさんによる割とオーソドックスな「あかずきんちゃん」を持ってきました。

作・絵:ポール・ガルドン

訳:湯浅フミエ

出版社:ほるぷ出版

発行日:1976年4月20日

 

オーソドックス、というのはグリム童話に忠実であり、絵の表現もテキスト内容を過不足なく説明しているという意味です。

しかし、実のところ「赤ずきん」はグリム兄弟のオリジナル作品ではありません。

そのあたりの事情を含め、「赤ずきん」という物語そのものについては後で触れるとして、まずはこの絵本の内容をざっと追ってみましょう。

 

昔々、あるところに小さな女の子が住んでいました。

とても可愛い子で、誰もが一目で好きになるほどでした。

とりわけこの子を可愛がっていたおばあさんがくれた赤い素敵なマントをいつも着ていたので、女の子は「あかずきんちゃん」と呼ばれるようになりました。

ある時、あかずきんちゃんは病気のおばあさんのお見舞いに、お菓子と葡萄酒を持って行くようにお母さんに言われました。

お母さんは道草を食わないように言い含め、娘を見送ります。

 

おばあさんのうちへ向かう森の中で、あかずきんちゃんは狼に会います。

あかずきんちゃんは無警戒に狼と会話します。

狼はあかずきんちゃんをそそのかし、道草を食わせている間におばあさんの家に先回りします。

そして、おばあさんを丸呑みにして、自分はおばあさんに変装してベッドに潜り込み、あかずきんちゃんを待ち伏せます。

 

遅れてやってきたあかずきんちゃんは、妙な胸騒ぎを覚えつつ、ベッドの中の狼と話します。

あら おばあさんのおみみ なんて おおきいんでしょう

おまえの かわいいこえが よく きこえるようにね

まあ おおきな おめめだこと

かわいいおまえが よく みえるようにね

おくちも ずいぶん おおきいのねえ

おまえを ひとくちに たべちゃうためさ!

 

というわけで、あかずきんちゃんは狼に呑まれてしまいます。

その後、狼が昼寝しているところへ、たまたま猟師が通りかかります。

 

猟師はベッドに寝ている狼を見て、おばあさんが食べられているかもしれないと思い、狼のお腹を切り裂きます。

すると、あかずきんちゃんとおばあさんが飛び出してきました。

 

あかずきんちゃんは大きな石を集めてきて、それを狼のお腹に詰めます。

目を覚ました狼は石の重みで倒れ、死んでしまいます。

 

おばあさんはお菓子と葡萄酒で元気になり、あかずきんちゃんはもう二度と言いつけに背いて道草を食ったりしないと心に誓うのでした。

 

★      ★      ★

 

作者のガルドンさんはアメリカで200冊以上の絵本を手掛けた作家です。

鮮やかな色彩と軽やかな線を用い、明るい印象の「赤ずきん」となっています。

 

これは私たちにとって最もなじみ深いグリム版「赤ずきん」ですが、グリム兄弟に先駆けること100年前にシャルル・ペローが「赤ずきん」の物語を書いています。

その内容は、赤ずきんが狼に食われたままで終わるバッド・エンドで、最後に「若い娘が見知らぬ人間の話に耳を貸すことの危険」についての教訓が添えられています。

 

ペロー版では赤ずきんが狼に言われるままに服を脱ぎ、ベッドに入るというエロティックな描写まであります。

割と露骨に「狼=若い娘を誘惑する不埒な男」という図式が示されているわけです。

 

グリムはこのあたりを改変し、子ども向けの童話に仕立てましたが、最後にはやっぱり説教臭い「教訓」が残っており、これはペロー版の名残りでしょう。

 

しかしグリム版も、フェミニズムの観点から非常に多くの「問題点」を指摘されています。

まあ、主人公が美少女で、なおかつ「ちょっとバカ」というだけでも、現代の女性から反発される要素は十分です。

しかも、彼女を助け出すのは結局男性である猟師で、赤ずきんの母親もおばあさんも無力なあたり、やはり当時の女性観はその程度であったと言えるかもしれません。

 

が、実はペロー版「赤ずきん」も、さらに元をたどれば民間の口承に残された昔話から作られていることがわかっています。

そちらにはもっとえげつないカニバリズム表現などもあり、しかし反面、主人公の少女は自力で狼から逃げ出します。

そして驚くことには主人公の女の子は「赤ずきん」をかぶっていないのです。

つまり、昔話絵本界のファッションリーダーのシンボルであるあの赤マントは、ペローによる創作だったのですね。

 

かように、昔話というものは時代の要請ともにどんどん形を変えて行きます。

それ自体は自然なことだと思いますが、一方で改変前の物語を子どもに見せることが「悪い」とまでは私は考えていません。

 

それぞれの時代には偏見と不自由があり、現代から見れば首を傾げたくなるような表現もあるでしょう。

しかし、それらから子どもを遠ざけるよりも、偏らない、多数の物語を与えてやることのほうが、結果として自由で幅広い視野が得られると思うからです。

 

いずれにせよ、「赤ずきん」の物語で、子どもたちが最も喜ぶシーンはおばあさんに扮した狼と赤ずきんのスリリングな掛け合いにあることは明らかです。

最後の蛇足じみた教訓など、忘れてしまっている子どもがほとんどではないでしょうか。

現に私は忘れていました。

 

また機会を見つけて、他の絵本作家による「赤ずきん」も紹介したいと思います。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆

美少女度:☆☆☆

 

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【絵本の紹介】「ランパンパン」【228冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

海外の民話というものは、設定や道具立てが私たちから見ると変わっていて、非常にユニークに思えるものが多い一方で、普通の人々の暮らしや願い、情愛などは国境を越えて共感できるところがあります。

自分以外の国の生活を知り、親近感や理解を育む上で、たくさんの海外民話絵本を読む経験は大きいと思います。

 

今回はインドのお話。

ランパンパン」です。

再話:マギー・ダフ

絵:ホセ・アルエゴ、アリアンヌ・ドウィ

訳:山口文生

出版社:評論社

発行日:1989年6月20日

 

簡単に内容をまとめてしまうと、「搾取される民」の代表存在である「クロドリ」が、己の大事なものを横暴な権力者に奪われ、それを取り戻すために戦うお話。

日本の昔話で言うと、「猿蟹合戦」によく似た話型の物語ですね。

道中で(けったいな)仲間を得る点も共通ですし。

 

さて、主人公のクロドリがとてもいい声で鳴いているのを聞いた王様が、これを捕まえて宮殿に連れて行こうとします。

が、捕まったのはクロドリの女房。

 

クロドリは怒り狂い、「どんなことをしてもつれもどす」ことを決意します。

クロドリは戦いのために装備を整えます。

とがったとげの刀

カエルの皮のたて

クルミのからの兜

そしてクルミのからの残りで作った「たたかいのたいこ」。

 

こう書くとRPGの初期装備みたいに頼りないですが、これらを身にまとったクロドリは滑稽ながらもどこか凛々しく、鋭い眼光に固い意志を感じさせます。

 

クロドリは太鼓を「ランパンパン、ランパンパン、ランパンパンパンパン」と打ち鳴らして行進を始めます。

 

途中、「ネコ」「アリのむれ」「木のえだ」「」を味方につけます。

彼らはそれぞれ、王様の仕打ちを恨んでいるのです。

面白いのは、彼らが全部、クロドリの「耳のなか」に入ってしまうこと。

この荒唐無稽な展開を、絵の力で納得させます。

 

ついに王様の宮殿に辿り着いたクロドリは、門番に通されて王様に直談判します。

しかし、王様は女房を返してくれません。

 

逆にクロドリは掴まって、鶏小屋に放り込まれます。

しかし、夜中にクロドリは耳の中のネコを解き放ち、鶏小屋をめちゃめちゃにし、勇ましく太鼓を打ち鳴らします。

 

怒った王様は馬小屋や象の檻にクロドリを放り込むのですが、クロドリの仲間たちの活躍でこれらの試練を乗り越えます。

最後は川に部屋を水浸しにされて、王様はついに降参。

クロドリは女房を連れ帰り、そののちずっと幸せに暮らすのでした。

 

★      ★      ★

 

クロドリの様々な武装は、実際には使用されません。

あれは一種の象徴であり、「民衆の怒り」を表現したものです。

 

クロドリの装備の中で最も効果を発したものは、「ランパンパン」と打ち鳴らされる太鼓です。

あれは横暴な権力者に対する「抗議の声」「怒りの叫び」です。

ちっぽけなクロドリなど王様が恐れるはずはありませんが、彼はあの太鼓の音には我慢できなかったのです。

 

いつの時代も、独裁的な権力者が最も恐れ、疎ましく思うものは力なき民衆の「声」です。

つまり、クロドリの行進は「デモ」なのです。

古い民話には、時代を超えて貫かれている芯部分があるものです。

 

権力者は手を変え品を変え、この「声」を封殺しようとします。

それは時間が経つとはっきりすることもありますが、時代の只中にあっては幻惑させられてしまうことが多いものです。

 

けれども、あらゆる歴史が教えるものは、独裁者を倒し、人々の暮らしを変える流れは、路上の「声」から始まるのだという事実です。

よくよく見渡せば、まさに今の世の中にも、そうした光景が広がっているのです。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆

夫婦愛度:☆☆☆☆☆

 

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