【絵本の紹介】「きゅうりさんあぶないよ」【313冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

私はほとんどテレビを見ないんですが、この前スズキコージさんが出ると聞いて「日曜美術館」を息子と一緒に録画視聴しました。

代替不可能な感性を持った絵本作家・画家。

現在71歳。初めて知ったんですが、緑内障を患われていて、片目を失明されているんですね。

去年亡くなられた加古里子さんも、同じ病気で苦労されていたのを思い出しました。

 

以前「コーベッコー」という作品の記念展でスズキさんとお会いしたことがあります。

 

≫スズキコージ「コーベッコー」出版記念絵本原画展とサイン会に行ってきました。

 

息子はもう忘れているだろうと思ってたんですが、自分あてにサインをもらったこともちゃんと憶えてました。

野外で巨大なキャンバスに素手で絵を描く「ライブペインティング」のシーンが特に気に入って、何度もリピートしてました(見終わると微妙にスズキさんっぽい喋り方になってて笑えました)。

 

とにかく絵の個性が強烈で、読者を選びかねないスズキ作品。

その圧倒的独自性ゆえに絵の仕事も断られることが多く、堀内誠一さんに見出されて絵本の道に入ったものの、不遇の時期も長かったそうです。

 

独特なのは絵だけではなく物語の内容も同様で、ほとんどの作品が従来の絵本の枠組みに収まらないようなハチャメチャな展開と理解しがたい世界ばかり。

絵柄の変遷はあっても、キャラクターのアクの強さは変わらず。

一種黒魔術的な危なさを感じてしまう読者も少なからずいるのではないでしょうか。

 

今回紹介する「きゅうりさんあぶないよ」もまた、とても他の作家には描けない唯一無二の絵本です。

作・絵:スズキコージ

出版社:福音館書店

発行日:1998年11月10日

 

主人公「きゅうりさん」は、きゅうりに顔があり、蔓のようなぐるぐるした手足を持ち、斜め掛け鞄を持ったヘンなキャラクター。

彼が一言も発さずにずんずんと進み続けます。

それに対し、くま、トナカイ、ハリネズミ、やまねこといった動物たちが

きゅうりさん そっちへいったら あぶないよ ねずみがでるから

と注意します。

意味わかりません。

きゅうりさんは忠告を聞いてるのか聞いてないのか、とにかく進み続けますが、動物たちと出会うたびに、彼らの身に付けている物を少しづつもらって装備していきます。

この変化・進化が面白い。

何度もページを行ったり来たりしてしまいます。

帽子、眼鏡、ほうき、手袋、やかん(?)、旗、リュック、エプロン、ローラースケート、ベルト……。

もはや最初の姿からは想像もつかないような変貌を遂げ、最後にはヤギから白いあごひげをもらい(どうやってもらったんでしょう)、ついに件の「ねずみ」と対峙。

 

ねずみはきゅうりさんの神々しい姿を見るなり「あぶない!」と叫んで逃げ出し、きゅうりさんはそれを追いかけます。

 

★      ★      ★

 

自分で書いてても、何だかわからないから、説明されてもわからないでしょう。

一度読んでみるしかない、そんな絵本です。

 

ナンセンスと言えば途方もなくナンセンスなんですが、スズキさんの作品は例えば同じ絵本作家の長新太さんとか佐々木マキさんのナンセンスさとは違う気がします。

長さんの描く絵本は頭の固い大人の怒りを買ったりしますが、スズキさんの場合は怒ることすらできない、といった風でしょうか。

 

これほど異質な作品を描きながら、挑発的な匂いも実験的な意図も感じられないのがスズキさんらしい。

とにかく自分のイメージを素直に表現したら「こうなっちゃったよ」と、自分でも感心してしまってるような気配がします。

 

例の「日曜美術館」で、スズキさんはあまり読者である子どものことは考えてないと話してますが、そうだろうと思います。

子どものことを考えてたらこんな絵本は描けませんよ。

子どもだってこんなのは意味不明です。

 

だけど、子どものいいところは意味が分からなくてもそこにある「おもしろさ」には気づいてくれること。

シンプルに捉えれば、きゅうりさんの装備の変化を追うだけで充分すぎるくらいこの絵本はおもしろいんです。

まるで古臭いRPGゲームみたいにだんだんと重装備になっていって、裏表紙では勇者のように銅像まで建てられている。

なんかわからないけど、こういう「増えて行くおもしろさ」というのは確かにあります。

 

もう結構長い期間「個性を大事に」なんて的外れなことを教育現場で掲げていますが、その割にはこの国には個性的な大人というのは驚くほど少ないです。

むしろ個性的・個人的であれば生きにくい社会ですから、当然と言えば当然です。

 

スズキさんはずっと理解されない孤独や生きづらさを感じてこられたのではないでしょうか。

普通の人はそこで個人的であることを諦めて、周りの価値観に自分を合わせて生きることを覚えるのですが、スズキさんはけっして自分を諦めなかった人なんだと思います。

 

本来人間はこれくらい個人的であっても自由であっても構わないはず。

スズキさんの作品や生き方を見ているとそんな気持ちになるんです。

 

推奨年齢:2歳〜

読み聞かせ難易度:☆

銅像の文字が読めない度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「きゅうりさんあぶないよ

■これまでに紹介した絵本のまとめはこちら→「00冊分の絵本の紹介記事一覧

■えほにずむでは、このブログで紹介した以外にも、たくさんのよい絵本を取り扱っております。ぜひ、HPも併せてご覧ください。

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【絵本の紹介】「わたしいややねん」【312冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回は障害というもの、そしてそれに関わること、私たちの社会の在り方について強烈なメッセージを投げかける絵本を紹介します。

わたしいややねん」です。

作:吉村敬子

絵:松下香住

出版社:偕成社

発行日:1980年10月

 

作者の吉村さんは幼い頃脳性小児まひと診断され、手足に障害を抱え、以後車いす生活をされている方です。

実際の自分の経験や思いを絵本とした作品ですが、「だからどう」という話ではなく、単純に一冊の絵本として非常にインパクトがあり、その実験的とも言える構成には唸らされます。

 

縦21横15程度の小さな絵本。

モノクロで精密に描かれた車いすの絵。

そしてストレートに心情を大阪弁で独白するシンプルなテキスト。

それらが組み合わさり、まるで車いすが語っているような印象を受けます。

 

わたし でかけるのん いややねん

みんな じろじろ見るから いややねん

わたし 宇宙人と ちがうでェ

くさいうんこも きいろいおしっこも でるでェ

なんで 見なあかんのん

先生が いわはった 「強い心を もちなさい 強くなりなさい」って

なにたべたら 強なれんねんやろ

徐々にアップになって迫ってくる車いすに押し潰されそうな気がします。

そしてそれは作者の叫びに押し潰されそうになるということでもあります。

 

そやけど なんで わたしが 強ならなあかんねんやろ―――か

 

★      ★      ★

 

私の息子は重度の近視で弱視の治療中であり、私自身は若い頃に患った突発性難聴によって左耳の聴力をほとんど失いました。

私たちはいわゆる障害者とは認定されていませんし、自分でも自分を障害者とは思っていません。

しかし、ほとんどの人が身体的・精神的に何らかの不自由があることは普通であり、大なり小なり他者の助けを借りて生活することは、さほど特殊な事情ではありません。

 

けれども、法律上は健常者と障害者の間にはラインが存在し、それは必要なことではありますが、同時に私たちの意識に入り込み、互いを分断します。

 

息子と出かけて、車いすの方が近くにいたりすると、息子は興味津々で近づいて行き、「車いすだ!」と大声で叫んだりします。

そんな時どう振る舞えばいいか迷ってしまうのは、私が精神的に未熟で不自由であるからです。

相手に失礼なような気もするし、制止すると息子に偏見を持たせてしまうかもしれないし……などと葛藤があるのは、結局のところ私が車いすの方を変に意識しているからです。

心の底から自由な人間なら、いちいちマニュアルを求めず、その時その時に適した振る舞いができると思うのです。

 

作者の吉村さんがあとがきで願っている「すべての人が、なんでもなく、ふつうに、快適なくらしができるような社会」を実現するためには、私たちひとりひとりが精神的に成長し、自由に解き放たれなければなりません。

人間がひとりひとり違うことを当たり前に受け止め、すべての人に敬意を持って接することができなければなりません。

その点において、日本はまだまだ均質的な価値観に支配されており、精神的に未熟だと感じます。

 

そして同時に、障害者が生活する上での物理的・精神的な支障を取り除くバリアフリー化などの対策も当然必要です。

個人的な意識と社会的な制度。

この二つを並行して考える必要があります。

 

そうでないと、「人間は平等であるべきと言いながら、障害者だけが優遇されているのはおかしい」などというグロテスクな思想が生まれてしまいます。

 

この絵本の絵を担当した松下さんは、吉村さんのサークル仲間であり、車いすを押して歩く友人だそうです。

絵がテキストと融合して雄弁に物語り、作品を見事に成功させていることを見れば、二人の関係がどういうものかはこちらに伝わってきます。

 

40年近く前の絵本になりますが、彼女たちの叫びは今の社会に届いていると言えるでしょうか。

 

推奨年齢:6歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆

直球で響く度:☆☆☆☆☆

 

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子どもの行動は大人の(無意識の領域の)鏡ということ

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

新しい生活が始まる4月。

真新しいランドセルの新一年生が道を歩くのを見ながら、来年はうちの息子も小学生か……と思うと同時に、「ほんとにこのままで大丈夫なのかな」と考えてしまいます。

実は最近、以前にもまして手を焼いているのです。

そういう時期なのか性格なのか、息子はちょっとしたことでカッとなることが多くなりました。

「ちょっとしたこと」というのは本当にちょっとしたことで、例えばご飯のおかずが気に入らないとか、作っていたピタゴラ装置がうまく作動しなかったとか、そんなレベルの話です。

 

さらに、カッとなると手が出るようになりました。

グーパンチ、噛みつく、引っ掻く。

ま、これくらいはしたいようにさせておくのですが、一番恐ろしい技はこっちが寝ているところへのジャンピングニードロップ。

当たり所が悪ければシャレにならないダメージを受けます。

 

どうしてこんなに乱暴になったのかはわかりません。

あるいは、自然な成長かもしれません。

ただ、一般的には子どもはそういう時期を迎えたとしても、周囲の同じ年ごろの子どもたちとの喧嘩やふざけ合いの中で、手加減というものを覚えていくのでしょう。

親以外の大人から叱られる経験を通して、ある種の世渡りを学んでいくのでしょう。

 

しかし、何度も書いている通り、息子は保育園にも幼稚園にも通わず、他の子どもと遊ぶ機会もありません。

兄弟さえいません。

そして我が家の方針として、極力叱らない・何事も強制しない育て方をしてきました。

 

今の息子の我の強さ、罪悪感の無さ、抑制されることへの拒否感の強さは、むしろ当然なのかもしれません。

 

もちろん私としてはこのままで良しとは思っていません。

私が体力と精神力を削りつつ目指しているのは、息子の円満な人格形成です。

 

脅したり、痛めつけたり、押さえつけたり、エサで釣ったりといった、現在当たり前のように行われている「教育」に依らずして、「自由な精神を持つ人間」の成長を助けるのが、私の願いです。

 

とは言うものの、いつまでたっても情緒の未熟な息子を相手にしていると、自信がなくなってきます。

実はとんでもない間違った道を選んでしまったのではないかと不安になります。

 

ずっと続けてきた大量の絵本の読み聞かせによって、息子の言語能力は非常に発達してはいます。

「老廃物」とかを初見で読めるくらいの国語力はあります。

これだけ言葉がわかるなら、諄々と理を説けば納得させられるだろうと思うんですが、そうはなりません。

息子が感情を爆発させている時は、どれだけ言葉を尽くしたところで効果がありません。

 

色んな絵本や児童書を読んではいても、感動する話などには無頓着だし、道徳心が芽生える気配もありません。

とにかく今の息子には「楽しいかつまらないか」以外の基準がないように見えます。

 

妻などはとっくに忍耐の限界に達し、すぐに怒ってしまうようになっています。

私も、やはり叱るところは叱らないと駄目なのかな、と悩んだりしていました。

 

そんな時は色々な本を読みます(なるべくスケールの大きい内容のを)。

また、このブログで自分が書いたものを読み返したりします。

偉そうなこと書いてるな、と今の自分が恥ずかしくなったりします。

 

そうやって気持ちをリセットします。

そして最近の自分を振り返ってみれば、無自覚のうちに、余裕がなくなっていたことに思い至ります。

結局のところ、私は息子をコントロールできないことに苛立っていたのです。

思い通りに動いてくれないことに不満を抱いていたのです。

そんな風にコントロールされない人間を育てようとしていながら、です。

 

子どもの教育において最も大切なのは個人の成長を「信じて待つ」ことです。

未来の時代の人間への畏敬の念を持って子どもに接することです。

 

まだ息子は5歳なのです。

他の5歳は……と比べてしまっても、そんなことに意味はありません。

控えめに言っても一般的でない育て方をしている息子が、一般的な5歳と同じになるわけがないのです。

そして本来、人間はそれくらいひとりひとり違うものなのです。

 

私が息子に色々と諭す時、実のところそこには息子をどうにか思い通りに動かしたい、コントロールしたい、世間一般の枠に収まって欲しいという念が入り込んでいたように思います。

あるいは息子は、その念を察知して反発していたのかもしれません(子どもは自分の人生をコントロールしようとする大人に対して極めて敏感です)。

 

そして先日、息子がカッとなった時に、私が本当に心から「息子をどうにかしたい」などと思わずにごく自然に声をかけると、スッと息子が平静に戻ったのです。

 

たまたまかもしれませんけどね。

 

 

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