【絵本の紹介】「かさ」【378冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今年は新型コロナウイルス感染症の話ばかりしている間に、気づけばもう6月です。

花見もGWも入学式や卒業式すらまともにできず、季節を感じることも薄いままに梅雨ですか。

花粉症だけは感じましたけど。

 

今回は太田大八さんの「かさ」を紹介します。

作・絵:太田大八

出版社:文研出版

発行日:1975年2月20日

 

太田さんの作品は、自身の子ども時代をモデルにした「だいちゃんとうみ」をこのブログで取り上げたことがありますね。

≫絵本の紹介「だいちゃんとうみ」

 

素朴で力強い色使いが素敵な太田さんですが、この「かさ」ではあえてモノクロに赤一色だけを効果的に用いる手法を取っています。

また、テキストを排し、すべてを絵によって語らせるまさに「絵本」というスタイルの作品でもあります。

 

主人公の女の子が、雨の日に傘を持って駅まで父親を迎えに行くというお話。

引いたアングルで雨の街並みを描写し、少女の傘だけがぽつんと赤の配色をなされています。

この印象的な赤色によって、読者はすぐに主人公の位置を確認することができます。

女の子は何も語りませんが、何を見、何を感じているのかは容易に伝わります。

駅前の街並みは、時代を感じるところもありますが、今見てもそこまで古臭くはありません。

この絵本が出た当時ではかなり都会的な描写だったのでしょう。

 

女の子は友だちとすれ違いざまに挨拶を交わし、犬に水をかけられそうになり、ドーナツ屋や人形屋のショーケースを覗き、駅前の交差点を渡り、父親に会って持っていた傘を手渡します。

そして帰り道、先ほど見ていたドーナツ屋で父親にドーナツを買ってもらい、今度は父親が少女の傘を持ち、二人は一本の傘に入って帰ります。

 

表紙・扉絵から始まって裏表紙の後ろ姿まで物語は続いています。

 

★      ★      ★

 

地味なように感じるかもしれませんが、読んでみると非常に印象深い絵本です。

そして不思議と温かい気持ちになります。

 

個人的に太田さんの作品にノスタルジーを刺激されることが多いのですが、この絵本も昭和後期を感じさせる描写がとても懐かしく心に残ります。

ま、実際には私は「傘を持って駅へ親を迎えに」という経験はないんですけど。

今ではもう見ることもないでしょうね。

携帯電話もあればコンビニでも駅でもビニール傘売ってますし。

 

「雨降ってるから迎えに来て」とか父親が言ったらフルボッコにされそうですしね。

だいたい子どもも塾や習い事で忙しいし。

 

確かにここで描かれているような光景は、現在では旧弊な家父長制の象徴として映るかもしれません。

どうしていつも「父親」なんだ、迎えに行くのが当然のように「女の子」なんだ、と言われれば、返す言葉がありません。

 

こういう絵本をあっさりと「古き良き時代」ということにためらいを覚えてしまうのが現代です。

でも、この絵本を読んで「いいなあ」と思うのは、すでに希薄になってしまった人同士の繋がりを感じるからです。

そういう心情は普遍的なものです。

別に家父長制を懐かしんでいるわけではない(そういう人もいるかもしれませんけど)。

 

いくら懐かしもうとも、時代は逆戻りしません。

そして現在でさえも、未来には懐かしく「いい時代」だったと思い返す人がいる一方に「あんな古臭い思想がはびこっていた時代」と身震いする人がいるのでしょう。

 

そういうものだと思います。

そのどちらが正しいとか悪いとかいう問題ではなく、今自分がどういう時代を生きていて、そこにどういう問題があり、自分自身が時代の空気によって考え方を規定されている事実を自覚することが大事なのです。

 

一冊の絵本を読んだとき、そこから何を吸収し、何を排出するのか。

それは個人的な力に左右されます。

 

子どもにとって「いい絵本」と「悪い絵本」があるのだと論じる大人たちは、まず自分自身が子どもに与える影響の大きさを自覚するべきです。

「いい絵本」がいいからといって、その一冊を読んだ子どもたちすべてに良い影響を及ぼすほどの力を発揮できるかと言えばなかなかそうはいかないでしょう。

同様に一冊二冊の絵本が「害」を与えるようなこともまたないと私は思うのです。

 

子どもに影響を与えるほどの力を発揮させようと思えば、やはり数多くの、本当にたくさんの絵本を読むことが重要です。

そして審美眼や真実を見抜く目というものは、そうした多くの読書経験によって育まれるものなのです。

 

また作品紹介から遠ざかってしまいましたが、「かさ」は1975年以来、現在でも重版が続くロングセラーであり、それは時代を超えて子どもたちが支持し続けている名作であることを証明しています。

作品の良し悪しを決めるのに子どもの目ほど確かなものはありません。

それだけは時代が変わろうとも確かなことです。

 

推奨年齢:2歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆(文字なし)

紙袋のデザインとかさりげないところも注目度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「かさ

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小学校再開の不安

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

緊急事態宣言が解除され、私の住む大阪市では来月6月から学校も再開されることになりました。

私の息子もそうですが、1年生になるはずだったのに入学式もまともにできず、ずっと家にいる子どもたちにとっても、そして親にとっても、早く小学校に行きたい気持ちがあるかもしれません。

待ちに待った学校再開、と言いたいのはやまやまなんですが……。

 

本当に大丈夫なんでしょうか。

正直、不安しかありません。

以前の記事で書きましたが、息子の小学校ではすでに今月から何度かにわたって「登校日」なるものが定められています。

息子は行かせていません(欠席扱いにはならないそうです)。

 

私と妻が交代で課題の提出と受け取りに小学校へ行っています。

その他、学校HPなどで登校日の様子などを確認しています。

 

教職員の方々は本当に大変苦労されていると思います。

でも、率直な意見を言えば、感染対策としては甘すぎます。

 

分散登校で一クラスの人数を減らし、マスクを着用させ、教室では机と机の間隔を開ける。

でも、授業以外の時間、登下校の時間はどうなるのでしょう。

小さな子どもたちはどうしたって距離を保てないし、顔も触るでしょう。

 

そもそもどうしてそんなに学校再開を急ぐのでしょう。

私が息子を小学校に通わせる基準は、「万が一感染した場合、必要な検査と治療を受けさせることができる」かどうかです。

感染率(その数字もイマイチ不透明ですが)の問題ではありません。

「毎日の感染者数が減ってきているから大丈夫だろう」というのは、投資やギャンブルの感覚です。

たとえ感染して重症化する率が2%だろうとそれ以下だろうと、そんなことは関係ありません。

ギャンブルと違って、負けて失うのは金じゃないんです。

 

高熱が出てもそれだけでは検査を受けさせてもらえず、何日も自宅で苦しんだ挙句に亡くなられた方の話もあります。

ワクチンもいつできるかわかりません。

というか、COVID-19に関してはまだまだわからないことだらけで、今後ウイルスがどう変化するかも未知です。

 

私は息子がちょうど1年生の年だからその感覚でものを言いますが、「子どもを小学校に通わせる意味」とは何でしょうか。

教育を受けさせるためです。

教育は子どもの将来、そして人間社会の根幹に関わる重要事項です。

 

しかし逆に言えば子どもに必要な教育を受けさせることができるなら、別に小学校に通う必要はないのです。

憲法26条の定めるところにより、保護者は子どもに教育を受けさせる義務がありますが、それは学校に通わせる義務ではありません。

目的は子どもの健康で円満な成長であって、その順序を取り違えてはならないと思います。

 

私が実母に息子の小学校について尋ねられ、まだ様子を見るつもりだというと「早く通わせないと学校に慣れない」ことを心配されました。

この例なんか典型的だと思うんですよね。

目的と手段を取り違えているという意味で。

 

私が息子に絵本を読んできたのは、早く言葉を覚えさせて小学校で同級生より優位に立つためではありません。

勉強は学校のためにするのではありません。

 

小学校の意味としてはもうひとつ、子どもの(そして親の)ためのセーフティネットという面があります。

ある種の親から子どもは保護される必要があります。

また、子どもを育てる余裕のない親にとっても、子どもを無償で預かって養育してくれる小学校は必要です。

 

けれども、感染症によって上記のような役割(子どもの円満な成長と身の安全)を十分に果たせなくなっているのが現状だと思います。

なら、どうすれば学校本来の目的を果たすことができるのかを考えなければなりません。

 

オンライン授業というのはその本当に小さな一歩ですし、改善されるべき点は山ほどあります。

子を持つ親への補償やケアもその一環でしょう。

 

考えるべきことはたくさんありますが、そうしたことを現場に丸投げしていては、教職員や親だけが多大な負担を強いられることになります。

現実、そうなっています。

 

私を含む大人たちが、社会全体が、子どものことを真剣に考えてこなかったツケが、今巡り巡って押し寄せているのです。

ことここに至ってもまだ、真剣に考えていない大人たちが国を動かしています。

 

私だって本音では息子にさっさと小学校に行ってほしい。

勉強やら公共心やら、そういうところまで責任を負うのはもう面倒くさい。

丸投げしたい。

 

けど、それを許してしまえば、私がこの6年間やってきたことを自分で否定することになってしまいます。

本当に大事なのは何なのか、こんな時代だからこそ忘れてはならないと思います。

 

 

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【絵本の紹介】「あおくんときいろちゃん」【377冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

今回紹介するのは絵本界の哲学者、レオ・レオニさんの処女作「あおくんときいろちゃん」です。

作・絵:レオ・レオニ

訳:藤田圭雄

出版社:至光社

発行日:1967年

 

レオニさんに関してはもう何度もここで取り上げています。

彼の流浪と波乱の生涯や、弾圧と攻撃の中で培われた思想については、過去記事を併せてお読みください。

 

≫絵本の紹介「スイミー」

≫絵本の紹介「シオドアとものいうきのこ」

≫絵本の紹介「フレデリック」

≫絵本の紹介「さかなはさかな」

≫絵本の紹介「アレクサンダとぜんまいねずみ」

≫「みんなのレオ・レオーニ展」に行ってきました。【伊丹市立美術館】

≫文化芸術の危機を「フレデリック」から考える

 

さて、レオニさんの処女作とは書きましたが、この「あおくんときいろちゃん」が出版された1959年には、レオニさんはすでにアメリカでデザイン界の第一人者として認められていました。

有名な話ですが、彼が孫のために雑誌の広告ページを切り抜いて即席で作ったおはなしが「あおくんときいろちゃん」の原型であり、出版関係の友人がこれを絵本化したことで、レオニさんは初めて絵本の道へ入ったのです。

 

「あおくんときいろちゃん」はレオニさんの最初の絵本であり、彼の作品の中でもシンプルの極致というべき構成であり、圧倒的なデザインセンスと独特の物語性を併せ持つ傑作です。

その後の素晴らしい絵本作品を生み出した作者の創造力は、この時点ですでに限りなく高いレベルで完成されていたことがわかります。

 

ことにそのエッセンスが凝縮されているのが、最初のページだと思います。

丸くちぎった青い紙のコラージュと、「あおくんです」のテキスト。

 

絵だけを見ればただの青い模様が中心に描かれているようにしか感じられません。

この青い模様こそが作品の主人公であり、生き生きとしたキャラクターであり、物語の中心であることを、レオニさんはたったひとこと「あおくんです」という削りに削った一文のみで読者に納得させてしまうのです。

 

レオニさん自身が、このページこそが自分のさまざまな作品のなかで最高の出来だと語っています。

 

あおくんはやはり色紙のコラージュで描かれた家に両親と住み、学校に通い、他の様々な色のお友だちと遊びます。

そして印象的な「きいろちゃん」との抱擁シーン。

あおくんときいろちゃんが一つになることで色が混ざり合い、「とうとう みどりに なりました」。

 

みどりになった二人はたくさん遊んでから家に帰りますが、あおくんの両親もきいろちゃんの両親も、みどりの子を見てうちの子じゃないと思います。

あおくんときいろちゃんは悲しくなって青と黄色の涙をこぼします。

するとふたりはもとの青と黄色に別れ、両親もやっとわけを理解します。

その後、互いの両親も抱き合うと嬉しくて「みどりになる」ことに気づくのです。

 

★      ★      ★

 

この絵本が出版された当初、多くの批評家たちはその優れたセンスを高く評価しましたが、同時に子どもには受け入れられないであろうとも評しました。

あまりにも抽象的すぎるというのがその理由でした。

 

ところが、実際には子どもたちはすぐにこの絵本を理解し、大いに喜び、好意的に受け入れたのです。

子どもたちに対する大人の目の不確かさ、当てにならなさというものを再認識させることにもなった「あおくんときいろちゃん」は、その後の絵本に少なくない影響を与えたランドマーク的作品となりました。

 

前述したように、この絵本が生まれたのはいわば偶然の要素が強いのですが、にもかかわらず、そこには後のレオニ作品に通じる深い思想を認めることができます。

「あおくん」と「きいろちゃん」が「色の違い」、それはつまり人種や文化の違いを超えてひとつに結ばれる喜びと素晴らしさが、「みどり」の部分に込められています。

 

子どもたちの「遊び」を出発点として、あおくんたちの両親もまた、「みどりになる」喜びと嬉しさに気づきます。

その感情を通して世界に平和が広がっていくイメージが読者に到来します。

 

そこがこの作品の魅力ですが、一方でそうした思想的部分が作品に入り込むことを煙たがる人々もいます。

特に現代の日本ではそういう面が強いかもしれません。

 

しかし思想とはその人間が生きてきた中で必然的に構築される要素であり、作品を作るとは作り手の思想を形にする行為でもあります。

レオニさんのような人生を歩んできた芸術家が作るものには、それがたとえ偶然生まれたものであったとしても、そこに自然と彼の魂が注入され、結晶化されるのでしょう。

 

また、そこに何の思想もメッセージも読み取れない作品ですら、「私は作品に何らの思想やメッセージを持たせない」という作者の思想が投影されているとも言えます。

創作者は作品にどんどん自分の魂を入れて構わないし、鑑賞者はそこにどんなメッセージを読み取っても自由です。

その当たり前のことを、「あおくんときいろちゃん」を読むたびに再確認させられます。

 

推奨年齢:2歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆

完璧な無駄のなさ度:☆☆☆☆☆

 

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